第6話! 『お願い♪ プリティ☆スター』
『お願い♪プリティ☆スター』は11年前に始まった女児向けアニメである。
「願いごとが叶うという『星の欠片』を集めるために、2人の少女がプリティ☆スターに変身して、星の欠片を悪用しようと企む悪者と闘う」といった内容である。
その作品は人気を博し今もなおそのシリーズが脈々と続いており、女の子たちのバイブル的な存在となっていった。
ただ、このアニメの斬新だったのは女児向けなのにもかかわらず、空手や拳法などの本格的な格闘技を取り入れて作られたことだ。
幼いハガネとチヨはそのアニメに見事にハマった。
2人で『プリ☆スタ』を歌いながら鍛錬に励んだ。
チヨの親におねだりして、二人してプリ☆スタの衣装を着たこともあった。
2人とも格闘技の技を既に得始めていたこともあり、強くて格好良くて可愛いプリ☆スタにずっと応援していた。
劇場版が公開された時には、映画館に足を運んで、子供たちに配布される「スターブレスレット」を身につけ、彼女たちのピンチには全力で叫んだ。
そして2人は誓い合う。
「アタシ!」
「ボクは……」
「大きくなったら……」
「「プリ☆スタに……なるっ!!!」」
「2人で!」
「「プリ☆スタみたいに……」」
(強く……)
(可愛く……)
「「なりたいっ!!!」」
さて、ここに2人の目標が定まったわけではあるのだが……。
「プリ☆スタみたく可愛くなりたい!」
と願ったチヨは、既にその片鱗を見せていた愛らしい容姿に磨きを掛けて、誰もが見まがう美少女……みたいな男の娘になった。
だが、一方で……。
「プリ☆スタみたく強くなりたいっ!!!」
と願ったハガネではあるが、なかなか思うような強さに到達は出来ない。
同年代の女子相手では無敵を誇る彼女ではあるが、いざ武術大会で
本物の強者には苦戦を強いられてしまう。
「こんなんじゃ……敵と戦っても……負けてしまう! アタシはまだ……イザコザーに勝てない!」
と自分の弱さを自覚するハガネだった。
ちなみに『イザコザー』というのは、『お願い♪プリティ☆スター』に出てくる敵の怪人の事である。毎回最終局面では巨大化するお約束の怪人で、プリティ☆スターの2人は等身大のままその巨大イザコザーもぶちのめすのだ。
そう。
ハガネの強さの目標は、プリ☆スタなのである。
それは常人の強さでは満足いかないのも当然だった。
そしてそんな精神面の未熟さが、まだまだ達人たちにつけいる隙を与え、彼女の弱さを証明してしまうのだった。
「どうすればもっと強くなれるのか?」
それは格闘家やアスリートたちにとっては切っても切れない悩みだろう。
そして今、1人の少女がその壁にぶち当たっていた。
「強くなる為には戦う理由が必要。その理由をチヨちゃんに求めてしまっていいの? だけどチヨちゃんがまだアタシを認めていなかったら……」
という思考の堂々巡りに陥ってしまっているのが、今のハガネの現状だった。
そうなるとやはり集中力を欠き、鍛錬にも身が入らない。
どれだけメニューを増やしても、どれだけキツイトレーニングをしても、その成果は少ない。
そんな自分に決別するべく、ついにハガネは決意をするのだった。
「クーちゃん……アタシ、チヨちゃんに告白することに決めた!」
「おおっ! やっと決意したんだね! 私も応援するよぉ! って……あれ? 告白するのって大会が終わってからじゃなかったっけ?」
「うん! 大会が終わってから告白するけど……その前に……きちんと告白しておきたいの!」
「え~っと……なにを言っているのか今一よくわからないんだけど……意気込みだけは伝わってくるから、きっと間違っていないわ! うん! 私も応援する!」
蓬莱クスミ……空手部に所属する彼女もまた、ハガネほどではないが物事をあまり深く考えない脳筋系の思考力の持ち主だった。
とはいえ、ハガネは相談相手を間違ったわけではない。
おそらくは相談内容を間違っていたのだ。
まず一般的に。
相談話をいうものは、その話の内容についての可否ではなく、行動について背中を押して欲しいのがそのほとんどである、という話がある。
ハガネの場合もこれに近い。
というか、ほぼ完全にこれだし、さらにいうなれば相談すらしようとはしていない。
つまり、これはハガネのいわゆる決意表明なのだ。
そう。
有言実行、背水の陣。
言葉に出してしまえば、あとは行動あるのみと、自分を追い込んでいるわけである。
ハガネの脳内にそんな戦略があるかないかと言えば、たぶんおそらくないのが濃厚なのであるが……。
そんなわけで、その日の放課後と相成ったワケである。
学校から、金剛家への帰り道。
途中に小さな公園がある。
子供の頃、よく2人で遊んだ公園だ。
すっかり夕闇が迫っており、遊んでいる子供たちも居ない。
「チヨちゃん、ちょっといい?!」
「えっ? どうしたの、急に……」
その公園を通りかかった時、ついにハガネが動いた!
「その……ちょっと……話があるんだけど……」
「うん、いいよ」
と屈託ない笑顔を見せて手近な遊具に腰掛ける。
「あの……あのね……チヨちゃん……」
「うん、なにかな?」
ごそごそ……。
ハガネはカバンを開けて中から何かを取り出そうとしていた。
「うっ……あ、あれ? どこだっけ……え~っと……え~っと……」
何を探しているのか、大事なものなのか、全然出てくる気配がない。
チヨはというといつものことだと微笑みながら待っている。
「あっ……あれ? えーっと……あっ! そうだ!」
と今度は制服の内ポケットをまさぐりだした。
「あ、あははっ……大切なモノだから、身に付けておいた方がいいからって、懐に入れておいたの忘れてた!」
「くすくすっ……おっちょこちょいだなぁ、ハガネちゃんは」
と軽く作った握りこぶしを口元に当ててくすすっと可愛く笑うチヨに思わず見蕩れてしまうハガネだった。
「で? どうしたの?」
「あの……その……手紙を……書いたのっ!」
そう言ってずっとポケットの中に入ったままで少しよれてしまっている白い封筒を手渡すハガネ。
「手紙?」
「うん。じゃあもらうよ」
「うん……」
「ハガネちゃん……」
「う、うん……」
「指……力入れたままだと、ボク、受け取れないんだけど……」
「えっ? あっ、ああっ!」
そう言われて初めてハガネは手紙から指を離した。
あまりの緊張に力の加減がコントロール出来ないのだ。
「それじゃ、受け取ったから」
と、それをカバンにしまおうとするチヨ。
「だっダメーーーーーッ!!!」
「えっ?」
「読んで!」
「えっ?」
「ここで読んで!」
「うん、わかった」
そう言ってチヨは封筒を開けて、ガサガサと便せんを取り出す。
『お願い♪ プリティ☆スター』の可愛い便せんだった。
「えっと……
『告 高野チヨ様
来たる本日の放課後、いつもの公園にて待つ。
大切な話がある。必ず来られたし。
金剛ハガネ』
って書いてあるね」
コクッコクッとハガネは大きく頷いた。
「はい。来たよ。話って?」
いろいろと……。
本当にいろいろとツッコミどころがあるのだが、見事に全部スルーした。
そもそも何時か書いてないし、まるで果たし状みたいだし、しかもこの短い文章で漢字の書き直しが3カ所もあるし、挙げ句に今渡されてもどうしろというのだとかそこら辺の言葉を一切飲み込んでスルーした。
「う、うん……チヨちゃん……あのね……」
「うん」
「今度、全国総合武術会っていうのがあるの……」
「うん、知ってる」
毎日顔を合わせて、しかも道場に出入りして鍛錬の様子まで見ている相手に、なぜか初めてのように説明するハガネ。
それをおとなしく聞くチヨ。
「それでね……その女子の部に、アタシ、出場するんだけど……」
「うん」
「一応、アタシ優勝を目指して頑張ってるんだけど……」
「そうだね。ハガネちゃんは頑張ってるね」
「それで……アタシ……アタシね……もし……だよ? 万が一の話になるんだけど……」
「うん」
もじもじとしていたハガネだったが意を決したように息を大きく吸い込んでこう言ったのだった。
「もし、アタシが優勝したら、アタシ、チヨちゃんに告白するからっ!!!」
それは、乙女の純真を込めた、金剛ハガネ、一世一代の告白であった。
そんな告白の予告の告白を受けたチヨは、一体どんな反応を取るというのか?
彼はにっこりと天使のような微笑みをハガネに向けてこう応えたのだ。
「うん。わかった。待ってる」
いろいろと……。
そう、いろいろと言いたいことはあるだろうが、全てまるっと飲み込んでスルーして、チヨは待ってるとだけ、優しい声音で返した。
ぱぁああああああああっ!!!
ハガネは自分の目の前が鮮やかに色づいていくように感じた。
「あ、ありがとう! チヨちゃん! アタシ、優勝できるように頑張るから!」
「うん、ボクも『お星さまにお願い』しておくよ」
「うん! ありがとう! アタシ、頑張る!」
『お星さまにお願い』をする……。
それは『お願い♪ プリティ☆スター』の中でも重要な言葉だった。
それが事件の発端になったり、あるいは敵を倒すチャンスになったりという、シリーズ徹してのキーワードなのだ。
チヨもまた、ハガネと同じく、ずっとプリ☆スタを追い続けているファンの1人だった。
そして明日はいよいよ全国総合武術大会の開催日となった。
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