第6回DDトーナメント・一回戦
Aブロック
A 第1試合 幽鬼
DOLLS & DIAGRAMS ~史上最も美しき最強争い~
反則は目を突くこと、噛み付くこと、及び髪の毛を掴むことのみ
ダイアを示せ
ダイアを壊せ
提供
SweetScience社
花倫工業
ELファーム
~フードのお求めはジャッキーズ・ピザ、デザートのお求めはコアぽか・アイスクリンまで~
Aブロック第1試合
「
vs
「
『いよいよ開幕のベルが鳴りました!! 第1回戦、DDトーナメントの始まりを謳うは、幽鬼ウェンくんと神の手ヒウマくん!! 相反する精霊の名を掲げる両ドール、立ち上がりは共に不動の構えで睨み合います!』
実況を務めるペコリナという女子の上品かつ凛とした声が、
「ゴッドハンドって、すごいカッコいい呼び名ですね」
「わかる、イケメンだし」
ゴッドハンドことウェンは、銀の髪をちょっと長めのおかっぱ風に切りそろえた柔和な面立ちのドールだった。薄く開いた目が印象的で色っぽくて、一筋だけ紫に染めた前髪が明るい照明の下で良く目立っている。ファイトウェアは柔らかそうな白い布の袈裟懸けで、下は同じ素材の道着のズボン。
対するヒウマはウェンとは対照的で、どことなく人生に余裕のなさそうというか、暴力的で危うくて甘酸っぱいアウトローな雰囲気を漂わせていた。見るからに雪とは性格が合わなさそうだ。髪は真っ赤で、服装は黒いトランクス一丁。二人ともヒナタや雪よりもだいぶ背が高いが、雪の彼氏のモリシゲよりはずっと低いだろう。
こんな感じで、ドールズの選手というのは一人残らず美形である。ドールとはそういうものなのだ。
「
「そうなんです?」
「
「……信仰? 個人的?」
「ヤバい奴でしょ」肩をすくめる。「ほら、あれが神の手」
モニターの中で、ウェンは手のひらを重ね合わせている。目は閉じず相手を睨み続けているが、優雅な所作は祈りそのものである。
一見、隙だらけのように思える。
だがヒウマは動かない。
妙な緊張感……と言っても、格闘技の試合なんてほとんど見たことのない雪には何もかもピンとは来ないのだが。
ともかく、均衡を破ったのはゴッドハンド・ウェン。
川の流れのように静かな足運びでまたたく間に距離を詰めた。
その脚を、赤髪のヒウマの鋭いローキックが刈り取る。
振り切った一撃に体勢を大きく崩されたウェンだったが、構わずもたれかかるようにヒウマに食らいつく。
たったこれだけの攻防でも、普段格闘技を見ない雪には目を見張る迫力があった。
ヒウマは続けてウェンの左腕を脇で掴み、腰を捻って投げようとした。
刹那、
白い白いウェンの手のひらが、ヒウマの肩に触れた。
「
気合一閃。
波紋が見えた……気がした。
衝撃と、何かが凹む音。
ウェンを掴んでいたヒウマの腕が強引に引き剥がされる。
解放された左の手を、ウェンは、ヒウマの胸に優しく添える。
心音を測るようにピタッと止まって。
パァンっと肉が弾かれる音と共に、ヒウマの体が一瞬、たしかに宙に浮く勢いでぶっ飛ばされた。
『ヒウマくん吹っ飛んだああー!!! 寸勁を超えし奇跡の無寸勁、神のゼロインチ掌底<ゴッドハンド>が炸裂です!!!』
バイクに
吐血。
「あれが、ウェンのゴッドハンド」と、ヒナタ。「心を込めて祈り、神に感謝した手には、触れるだけで岩をも
「……さいですか」
「ま、ようするに死ぬほど鍛えたただの無寸勁なんだけどね」
「むすんけい。なんかかわいい」
「うさんくさいでしょ」ヒナタは肩をすくめる。「困ったことに、威力だけは本物なんだ、あれ」
リングの上で派手に吹き飛ばされたヒウマは、口元の血を拭い、胸を抑えながら、膝立ちになってウェンを見据えている。
追撃は来ない。
神の手ウェンもまた、ヒウマの視線の先で膝をついていたから。
『おおっと、ウェンくんどうした!? 絶好のチャンスに膝をついている!! どうやらヒウマくんのカウンターがクリティカルヒットしていた様子! なんということでしょう! 不覚ながら放送席の
舞台の上。
「すごいね……いつ殴り返したの?」
頭をおさえながら、"ゴッドハンド"ウェンはヒウマにそう聞いた。
「……っるせえ、殺すぞ」
「余裕がないなあ」ウェンは微笑む。「神を知らないドールは迷うばかりだね」
「黙れ」吐き捨てながら、ヒウマは猫科の肉食獣のように油断のない目でウェンを見据え続けている。本当に心に余裕がないドールだ。
だがなるほど、これがヒウマの幽鬼拳。
カウンターを食らったのはわかるのだが、攻撃そのものはまったく見えなかった。
どういうからくりだろうか。
(もしかして、僕と同類かな?)
ウェンのゴッドハンドは、掌底の形で放つ
わざわざ祈る必要はあるのかと、皆は聞く。
答えるまでもない。
絶対に必要だ。
(さて、もう一度祈る時間がはたして……)
「神を、知らないだと?」
不意に、対戦相手のヒウマが、そう吐き捨てた。絞り出された小さな声だったが、その低さが余計にウェンの耳に残った。
「ん?」
「お前が……お前らが、いったい何を知ってんだ?」ヒウマは言う。「命の価値も、努力の意味も知らないお前らが……」
ウェンは眉をひそめる。「……君は、知ってるの?」
ギロリと、ヒウマの黒い目がウェンを睨んだ。
「それを知らない人間はいない」
ヒウマはそう言った。
蝋燭の火を吹き消したように、空気を変えたものがあった。
ウェンは笑う。
「君は……ハハ、そういうことか」微笑みながら、頭を抑え、上体を起こす。「まったく、いきなり何を言い出すんだか。神の声が聞こえないのかい? これ、第一試合だよ?」
「だからなんだ」
「早いよ」
「何がだ」
「何もかも」
「意味がわからねえな」
「そう、意味がわからない」ウェンは告げる。「舞台は今ちょうど幕を上げたばかり。いきなり核心に触れたところで、まだそれがなんの核心かもわかりゃしない。真理の果実を口に入れるには、まずは皮を剥かなくちゃね」
「……言ってろよ、
「そう、僕らはドール」真っ黒な目で、ウェンは答えた。「僕らに必要なのは、戦い、恋愛、美味しいおやつ……他のすべてを捨てた
モニターの中、リングの上に、膝をついたドールが二人。互いに殺意を持って相手を見据え、敵よりも早く呼吸を整えようと
全ては勝つため。
相手だけを蹴落とし、自分だけが生き残るため。
無関係な立場で見ているだけの雪は、それなのに心臓が痛かった。正直、勝負事は見るのも苦手なのだ。どちらかを応援しているわけではなくても、うっかり感情移入してしまったらこのザマである。
どっちも強い、どっちもスゴいじゃ、終われない。
美しくあるだけならいくら並び立っても構わないドールだから。
それが
こんな調子で、
「……見てるのしんどい?」ヒナタが、自分の食べていたチョコスティックを半分に折って雪に差し出す。「大丈夫、もうすぐ決まるよ」
「そうなんですか?」受け取りながら彼女は聞いた。
「僕らそういう
ヒナタの言ったとおり、試合はすぐに動いた。
先に立ち上がったのは、幽霊ヒウマ。
ウェンは膝をついたまま。
一瞬のにらみ合いに、フィルムノイズのように静かな視線の火花が散る。
フッと、ウェンがうつむいた。
迷わずヒウマは飛びかかる。
振りかぶった左の拳。
襲いくる悪霊を前に神の使徒ウェンは、その場で両膝をつき、ゆったりと眠るように白い手を重ね合わせていた。
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