僕らのダイアグラム
小村ユキチ
プロローグ
「9番通路裏手のラウンジが丁度いいよ、誰もいないし」
お菓子とコーラの瓶を詰めたバッグを肩に掛け直し、先客の子に少しずつ近づいていく。女子だ。雪は、知らない人がいるからっていちいち緊張するようなタイプではない。単に騒がしい場所が苦手なだけだ。誰もやりたがらない深夜清掃のバイトを続けているのもそれが理由。このラウンジもたまに掃除に来るけれど、昼間ここがどういう雰囲気なのかについては全くの無知識だった。
座っているその子の暖かな乳白色の髪を見て雪は、多分、どこかで見たことがある人だろうと直感する。
(誰だっけ……絶対に見たことはあるはずなんだけど)
近づいていくにつれ、つむじが見える。ウトウトと眠りかけているようだ。
一歩、二歩と近づくにつれ、まさか……と思う。おかしい。こんなところにドールズの
でもやっぱり、間違いない。
だったらこの子……そもそも女子ですらないじゃないじゃないか。
「ヒナタさん?」
トントンと、未知のリズムを刻んでいた白い指が止まる。ヒマワリよりも優雅な仕草で振り返った彼は広報写真で見るよりもずっと小さくて、そしてやっぱり正面から見ても、全く完璧なほどに可愛らしい女子にしか見えなかった。
「んん? あれ、もしかして、シゲの彼女さん?」椅子の背もたれに寄りかかり、無邪気に微笑む。「
「あの……そのつもりです」
「わーい」
「なんでこんなところにいるんですか?」
「よそよそしいなあ、普通に喋ろうよ」
「ですます口調は素の喋り方なので、勘弁してほしいのです」
「そうなんだ。なんか可愛いね」
「……あの、どうしてこんなところにいるんです?」
「雪ちゃんみたいな子に会いたくて」
「はあ」適当な愛想笑い、を装ってる風の愛想笑いを返しながら、空いている二人掛けのソファに座る。ティーバッグをお湯に
「そのシュークリーム、食べていいかしら?」その大スターが、おやつを詰めた雪のかばんを指差す。彼は今はぶかぶかな黒いジャージを着ていて、ミニスカートみたいに白く細い生脚が覗いているのがとてもあざとかった。
「いいですけど、試合前に大丈夫なんですか?」雪は聞く。
「平気平気」答えを聞くより先に彼はもうカスタードの詰まった洋菓子を口に詰めていた。リスみたいだ。「ちょっと気合い入れて喋ればすぐ消化できるよ。てなわけでしばらく付き合って」
「……噂通りですね」
「なにが?」大きな緑の瞳が、ぱちくり。
「女子見つけると絶対ツバつけに行くって、モリシゲが」
「やぁん、予防線張られてるぅ」彼はわざとらしく大げさにガックリする。「ツバつけに行くって言い方はひどくない? 僕だって彼女いるのにさ」卓に置かれていたコーラに口をつけた。緑色のラベルがついたライム味のコーラだ。「そんなメンドイ展開作らないよ。僕はみんなにフレンドリーなの」
「男女を問わず?」
「もっちろーん。あ、そうだ、ですます口調はとっても素敵なんだけどさ、名前だけはヒナタって呼んでよ。ヒナタちゃんでもくんでもいいよ」
「わかりました、ヒナタ」雪もコーラ(パイン)に口をつけて、頷く。「で、なんでこんなとこいるんですか?」改めてそれを聞いた。
「雪ちゃんと同じ理由」ヒナタはコーラを置いて、モニターを睨む。「あ、もう始まるね」
モニターに真上からのリングの映像が映る。ドールズのリングは艷やかな白い床面の上に黒い大きな輪が描かれた広い舞台だ。そこから更に1mほど大きく同心円状に広がった黒い輪の内側までがバトルエリアのはずである。囲いはなく、リングは単純に一段高くなってる作りだ。
黒い輪と輪の間に並ぶスポンサーや観光地のロゴの上に、銀髪の頭が現れる。反対側には赤い髪。第1試合の選手の入場だ。
「早いんですね」雪はつぶやく。
あまり詳しく彼女は知らないのだが、これから行われる大会はドールズ所属の32名全選手が参加する、年に一度の最大トーナメントである。雪の彼氏のモリシゲも従兄弟の
「余計なものなんて何もいらないのさ」ヒナタは膝の上で腕を組んだ。「戦い、恋愛、美味しいおやつ。僕らの格闘モノなんて、それだけあれば十分だよ」
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