六
碧は場の空気を察したかのように、おそるおそる手を挙げながら、口を開いた。
「神楽さんが無実なのは良かったのですが、尚更収拾がつきません。
これをどう、ツイートの主と皆さんが納得して貰えるように説明すればいいのでしょうか
あと、その様子ですとツイートの主に心当たりが多すぎるのでは無いですか?
本人を特定するまでも時間がかかってしまいます。
一刻を争う事態です、早々にどうするか決めないと」
「ツイートの主なら分かるんじゃない?」
悠は「そうだよな?」とでも言いたげにこちらを見つめている。
「え、誰?」
「この前痴話喧嘩してただろ」
「え?あ……
とっさに出たのは、少し前に繁華街の片隅で、強烈なビンタを食らわせてきた張本人の名前だった。
「あの時絶対に許さないとか何とか言ってただろ、絶対何かやらかしそうだと思ったんだよ」
「確かにあの子ならやりかねないかもしれない。
でも散々話したんだ、取り付く島もなかったけど」
そこまで言うと、隼人がジトっとした目で睨んで来る。
「お前の事だから言い訳しかしてねーだろ」
「いやいやいや、1から10まで説明したんだって」
「あの」
ふと、碧が口を挟む。
「神楽さん、ちゃんと話はしてないと思いますよ」
「碧ちゃんまでそんなこと言うの?」
苦楽を共にしてきた美少女にまで呆れられて、少しばかり凹んでしまう。
「そうではなくて。今言ってくださった恋愛感情が持てない事。性格や中身についてちゃんと話してないですよねって事です。」
碧は真剣な眼差しで、こちらを諭すようにそう言った。
「それは言ってない。言えないし。言っても理解してもらえるわけないから」
「だらだらとした言い訳だけは得意なのに、自分の事についてはちゃんと説明できないんですか?」
碧の語気は段々と荒くなっていく。
「いや、だってあっちからしたら俺は遊び人のクズ野郎だろ?今更恋愛感情がないだとか性欲がないだとか説明したって…」
「違います」
透き通るような、それでいて突き刺すような一言だった。
「彼女達は何に怒ってると思いますか?
甘い言葉で誘った癖に本気じゃなかった事?
蔑ろにされた事?神楽さんの浮ついた態度?
違うんですよ。
あなたが彼女らに正面から向き合ってないからです。
誠意が感じられない事に怒ってるんです」
心臓が、ギュッと痛くなった。
俺は、ちゃんと向き合った事があっただろうか。
自分はこういう人間だから気持ちには応えられない、と。
誠心誠意、真っ直ぐに伝えた事があっただろうか。
否、全く無い。
「…碧ちゃんは、あの子と面と向かって話せって言いたいの?」
「端的に言えばそういう事です」
「そうか……」
碧の答えを聞くと、思わず目を逸らしてしまった。
「いつの間にか感情的になったんだね
ずっと子供だと思ってた」
その独り言のような、小学生並みの感想のような、なんとも言い難い俺の言葉に、碧は反応する。
「きっと、私の体に染み付いている感情なんです。
記憶が無い私には恋愛など微塵も分かりません。
ただ、好きな人に自分の気持ちを踏み躙られるというのは、この体には耐え難い辛さなんでしょう」
そう言って、目の前の彼女は天使のように微笑んだ。
「わかった。今から琴音に会ってくる。」
「本当に大丈夫か?」
隼人が訝しげに聞いてくるが、黙って頷いた。
「僕らは近くでご飯でも食べてくるよ。
何かあったらすぐ連絡して。」
そう言うと、悠達は黙って部屋を出ていった。
何分か経って、ようやく決心がついた頃。
心臓をバクバク鳴らしながら、あの子に電話をかけた。
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