つくられる偽りの記憶 vol.1
1.記憶はつくられる……?
読書後の感想は、「人間というものは奥深いなぁ」である。
目に見えない、人間の記憶というものや、精神、心理などというものは奥が深く、それゆえ非常に難しい。
「時は思い出を美化させる」「生きて行くために嫌な思い出は忘れていく」……
そのように、記憶というものが移ってゆくことは、私も以前から認識していた。
しかし、この本の読むと、タイトルの通り記憶が「つくられ」ているのである。「つくられる」となると、記憶が、おぼろげになったり忘れてしまったり、少しばかり美化されたり、というレベルの話ではない。
この本に書かれていることは、読み終わった後でも受け入れがたいことが多い。
名声を得るために、経験していないことを偽ったり、こんな自分であったらいいな、と思いを馳せることがあるのは理解できる。しかしそれらは、「つくられたもの」だと、自身でも認識しているであろう。
本当に「過去の記憶」として疑いなく「思い出される」ことなどあるのであろうか。つまり、本人が「間違いなく本当の記憶だ」と考えいる記憶が、「つくられた記憶」であるなどといういうことが、あり得るのであろうか。
ありもしないことを本当のことのように信じ込んでしまうという症状は、統合失調症などの精神疾患なのではないか……と考えた。
しかし、専門家はそういう人たちのことはよく知っている。そのような妄想を語る精神疾患の人々と明らかに違うのである、と本書にも書かれている。
産まれたときの記憶がある、エイリアンに攫われたことがある、などという人を、私もテレビや雑誌で見たり、実際で会ったこともあるが、彼らが統合失調症であるようには思えなかった。
彼らの証言がリアルに感じられるからこそ、「産まれたときのことを覚えている人もいる」という話や、「エイリアンに連れ去られた人がいる」という都市伝説のような話を、あり得るかもしれないと、信じる人が少なくないのであろう。
この本は、6章立てになっている。章ごとに順番に見ていきたい。
2.第1章 その目撃情報は本物か?
「第1章 その目撃情報は本物か?」について、私なりに大きく3つに分けて説明する。
始めに「事後情報効果」について、実際に行われた実験のデータを使って説明されている。
まず、実験の参加者に事故のスライドを見せ、目撃者になって貰う。
このスライドには、車が事故を起こす前に『一時停止』の道路標識で停止している場面が描かれている。
半数の参加者に「車が『徐行』の道路標識で止まっていたとき~」という質問をして、『徐行』という情報を入れる。
その後、2つのスライドを見せ、最初のスライドはどちらだったかと質問をする。
すると、『徐行』の質問をされていない参加者は、75%が正しいスライドを、『徐行』の質問をされた参加者は41%が正しいスライドを、つまり59%が『徐行』の標識が写った誤ったスライドを選んだのだ。
後から入った情報が、目撃情報を変えてしまったのである。
2つ目に、「無意識的移転(ソースモニタリング)」について。
人の顔の情報は、残りやすい記憶であるが、どこで見たのかという情報は、忘れやすい記憶である。別の場所で見た、見覚えのある人の顔を「事件現場で見た」と錯覚しまうことがあるのだ。
ウォルター・シュナイダー事件を、皆さんはご存知だろうか。
レイプ事件の捜査で、刑事が被害者に、容疑者のリストを見せる。その時、その中に、被害者が犯人だと確信する男の写真はなかった。
数日後、被害者は近所である男を見かけ「この顔どこかで見たことがある」と既視を感じる。それは、実際は刑事が見せた写真の中で見たのだが、レイプ現場で見たと思ってしまうのである。
この被害者の証言で、この男は逮捕され、投獄されてしまうことになる。
3つ目は、「質問するだけで記憶が変わる」ことについて。
実験で事故を目撃させ、「その車がぶつかったとき、どれくらいのスピードが出ていましたか?」をという質問をする。
その質問を「激突した」「衝突した」「ドスンとやった」「ぶつかった」「接触した」と、表現を変えてそれぞれの参加者に尋ねる。すると、同じ映像を見たというのに、使う動詞によって回答が変わってくるのである。
捜査官による無意識の誘導。捜査に協力したい、捜査官にがっかりされたくない、という感情。曖昧にでも「そうだったかもしれない」と答えてしまうと、後からその発言と矛盾したことを言いにくくなる。権威を持った人の発言や質問が大きな影響力を持つ……
このような理由で、「質問」によって記憶が変わっていくのである。
故意に偽りの証言をしているわけではない。正しいと思って疑わない記憶が、実際は間違った記憶なのである。
また、双方とも無意識の内に誘導され、記憶がすり変わっていくこともあるのだ。
目撃者の証言というものは、なんと不安定なものであろうか。恐ろしい。
3.第2章 体験しなかった記憶を思い出させることはできるのか
この章で書かれている実験をひとつ紹介する。
子ども時代に体験した出来事について、7つは本当に体験した出来事、3つは実際は体験していない出来事、計10の出来事を参加者に提示し、思い出すよう伝える。
思い出せなければ、順番にヒントを出していく(体験していない出来事については、もっともらしいヒントを出す)。
最終的には、およそ4分の1、25.5%の人が、「実際に存在しない過去の思い出」を想起したというのだ。
なぜこのようなことが生じたかというと、記憶を思い出そうと手掛かりを頭の中で探すと、関連ありそうな様々な記憶の断片が思い出される。その記憶の断片が、ヒントとして提示されたストーリーに従って張り合わせられて、本当の思い出として形成されてゆくのである。
著者は、コラムで『トータル・リコール』の映画について書いているが、これが面白い。
「主人公は、昔からなぜか火星に魅せられ、いつか火星に行ってみたいと思っていました。しかし、彼は一介の下層労働者であり、火星に行けるだけの資金はもちろんありませんでした。
そこで、彼が試みようとしたのは、火星に行ったという記憶を心の中に人工的に埋め込むという方法です。これなら、それほど高い料金を必要としません。彼はあまり評判はよくないけれども、やたらテレビコマ ―シャルをしている「リコール社」を訪ねます。
そこで彼は、いくつかのオプションを提示されます。 彼は、ただ火星に観光に行ったという記憶を埋め込むだけでなく、「スパイ・バージョン」、つまり、じつは自分はスパイであり、火星の危機を救うために大活躍するという記憶を埋め込むオプションを選択します。
そして、記憶を埋め込むための装置にかけられるのですが、装置が作動しようとする瞬間、彼はあることに気がつきます。それは、じつは彼が本物のスパイであり、いまの自分自身のほうが世を忍ぶ仮の姿だったというものです。また、火星には過去にも任務で行ったことがありました。 そのために、彼は火星にノスタルジーを感じていたのです。
これらの記憶は消去されていたのですが、 この装置にかけられたことによってその記憶を思い出してしまったのです」
「この物語はふつうに見てみればこのとおりなのですが、ひとつの大きな仕掛けがあります。それは、 物語の後半、装置にかけられたあとのことは、彼が実際に体験していることではなく、じつは、すべて植え付けられた記憶である可能性があるということです。
これが思い出した本当の記憶であるのか、 それとも、植え付けられた冒険譚なのかは彼にはわかりません」
「この現象は、単に記憶が混同するといった問題以上の問題を含んでいます。
もし、自分がスパイだという記憶が埋め込まれなかったら、クエイドのアイデンティティはあくまで下層労働者のままです。 自尊心もそれほどは高くないと思われます(だから、奥さんの尻に敷かれています)。
ところが、もし自分がスパイであるという記憶がリアルに感じられれば、クエイドは高い能力をもち、強烈なプライドと自尊心をもった人物になるのです(そして、奥さんもたたきのめします)。
つまり、過去の記憶は自分のアイデンティティと密接に関係し、それを書き換えるということは、自分とは何かを書き換えるのに等しいのです」
つまり、記憶によって現在の人格までもが大きく変わるのだ。
この話を読んだとき、私は「予祝」という言葉が頭に浮かんだ。「予祝」とは、叶えたいことを先に「前祝い」することで夢が叶うという思想で、引き寄せの法則として有名である。フィギュアスケートの羽生結弦選手も、この「予祝」を取り入れていると聞いたことがある。
先に、夢が叶ったというイメージ(記憶)を作り、お祝いをする。すると、前向きになり、やる気が出て、夢に向かって進んで行ける(人格が変わる)ようになる。
「予祝」は、何度も繰り返し未来をイメージして、未来の記憶をつくることである! と思った。
※次話に続く
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