第14章 トカゲ姫 竜に乗る
第64話 ちはやぶる 神の力を 天地にひらく
「さて、この後どうするか?
このまま、ここにいても、恐らくまた、ゾロゾロ戦闘員を投入されて、イタチごっこだ」
「そうですね。向こうとしては、何としてでもルゥさまを手に入れたいと思っているでしょうしね」
琉旺さんの呟きに、シュウちゃんが答える。
ムウさんは、唱子さんと会えないのがショックなのか、竜口の親方様が竜家を裏切っていたのがショックなのか、“フゥゥゥッ“と長いため息を吐いて
こんな時、何の経験もない私にはどうすれば良いのかが分からない。
『ひなこ、ひなこ……』
何処かから、私を呼ぶ声がする。
けれど、その声は、耳の鼓膜を通して聞こえてくるのではなくて、頭の中に直接話しかけてきているような感じだ。
今まで聞いたこともないような、深い声音。
「え……?誰?何処?」
『ひなこ……ここじゃ。お主の足元じゃ……』
そう言われて、足元を確認する。と、砂色の体のアルマジロトカゲが、こちらを見上げている。
「え?若しかして、ロンちゃん?」
『ふふ……、そうじゃ。我は、お主らの言うロンと呼ばれるトカゲよ』
「な……なんで、ここにいるの?」
『それなる、ムウと呼ばれる男に連れてきてもらったのじゃ』
なんと……、ロンちゃんは、ムウさんにここに連れて来てもらったという。
ってことは、ムウさんのカバンの中に今まで居たって事か?
「結構長い間、カバンの中にいたけど、お水とか大丈夫?」
心配になった私は、私の体をよじ登ってきた、愛するロンちゃんをじっと眺める。
ロンちゃんと、お話ができるのって、この数珠のおかげかな?なんて素敵なパワーアイテムなんだ!!!
こんな、大変な状況だけど、癒される〜。
「え……ねぇちゃん、とうとうトカゲとお話ししちゃってるよ……大丈夫かな?」
「いや、もう、そおっとしといたげて。色々と、心が疲れてんねよ」
遼ちゃんと、三嶋さんの会話を聞くに、実際に、ロンちゃんは声を出して喋っているわけではなさそうだ。
私1人が、トカゲに向かってブツブツ言っているように、周りには見えるらしい……。
良いさ!別に。本望だよ!!
『ひなこ……願えばいいのだ。ひなこが願えば、その飴色の珠が力を引き出してくれようぞ』
ロンちゃんは、抱き上げた私の腕の上に足をついて、さらに上によじ登るようにして黒い瞳をこちらに向けて話かけてくる。
「力を引き出す?」
『そうだ。その数珠はお主の力を振るうための道具に過ぎぬ。
力の源は、お主自身の中にあるのだ。
さあ、願うのだ!そうして、我に力を与えよ!我の姿を元に戻せ!!』
私は、ギュウッと目を瞑ると、手に持っていた数珠を握りしめた。
数珠は、溶けるほど熱くなり、手を焦がすかと思った。
数珠を握って、ロンちゃんを抱いたまま、両足を踏ん張る。
そうすると私の口からは、するすると言葉が出てくる。
「ちはやぶる 神の力を
(荒々しい神の力を天地に向けて解き放つ)
濁りなく 千代をかぞへて 生まれし珠よ 光放つ
(汚れがなく、長い年月をかけて生まれ出た珠は光を放つ)
願わくは 高き山も 麓の塵泥よりなりて天雲棚引くまで生ひ上れるごとくに この言葉も 届け
(出来ることならば、高い山も、麓の塵や泥から生じて雲のたなびく(高さ)まで成長しているように この言葉も届いてほしい)」
飴色の半透明の膜が、私を包み込んで、外からやってきた
甘い香りと、サーっと吹く一陣の風が、私の中を吹き抜ける。
珠の琥珀に内包されている、太古の樹脂が小刻みに震えて、大地の震えと共鳴し始める。
飴色のモッタリとした液体が、ビビビビっと震えて、微かに表面が波打つ。
コップの中の水、雨後の水溜り、池、湖、そして海。
どれもが震えて、四方に水紋を広げていく。
私も、自然と口が開き、喉の奥が震えて音が溢れ出てくる。
風のうねり、水が落ちる音、岩が揺れて、潮騒が響く。
その全ての音が私の体の中にはあったのだ。音は、私の五臓六腑を震わせながら、喉を伝って、口から体の外へ解放される。
足元の大地からは、いつの間にか小さな葉が芽吹き、茎が伸びて、葉広がり天を目指す。
白や黄色の花が咲き乱れ、辺りを芳しい香りで包み込んだ後、花は枯れ落ち、実を結ぶ。
大地の営みが、早回しされるようなスピードで繰り広げられる。
私の目には、琉旺さんも、遼ちゃんも、シュウちゃんも、三嶋さんも、ムウさんも写っている。
けれど、自分の体は地球の一部となって、足は根を張り、体も腕も、風を受けてソヨソヨと揺れ、頭の中は何も考えられない。
それは、一体どのくらいの時間だったのか?
気がつけば、部屋の中には木が茂り、花が咲き、細かい織が施されていた絨毯からは、草が生えている。
その景色を掠めるように吹き抜ける風が、白い煙のような霧を運び始めていた。
私の手の中にいたロンちゃんは、姿が見えない。
どこに行ってしまったのだろう?私は、足元をキョロキョロ探した。
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