第一章 引っ越し。 -3-



 大変だったその時も、過去の思い出となってしまえば、途端に笑えるのだから不思議だ。そんな和月との思い出を知っているから、芽依は新しい生活に胸が躍った。


 和月が過ごした高校生活は、きっと普通ではない。その背を追って、芽依は時輪を選んだのだ。

「一人暮らし、してみたい! 楽しいんでしょ?」


 和月の年齢を鑑みない、明るい髪色は抜ける恐れを知らず。三十代をあと三年残した若さは太陽を受け、眩いオーラを煌めかせた。


 満足そうに輝いた、その笑顔。

「もちろんさ」


 それは高校生活を一週間後にひかえた、新緑の嵐。


 芽依は興奮を抑えきれずに、頬を紅潮させてサンドイッチを食べ切った。

 和月は思い立ったらすぐに行動をする。

 芽依が食べ終わると文庫本に栞をはさみ、大きく伸びをして立ち上がった。

「さ、行こうか」


 どこに、と言わない悪戯心。芽依は、なれっこだった。

 恐らく水啾深荘というところだろう。

(前にも話を聞いたことはあったけど、まさか住むことになるなんて思ってなかったから話半分で聞いてたし)

 あまり覚えてないが、行けば分かる。


 和月は遠くから車の鍵を開ける。外国の、ライトが丸くておどけた顔をした車だ。クリーム色で可愛い。芽依は助手席に乗りこみ、音楽をかけた。いつも流しているショーロだ。


 窓を開け、外の風を全面に感じながら、そうだ、と芽依は由理にメールを入れた。

『パパの知り合いの、李斗さんっていう人が管理してる水啾深荘に、引っ越すことになりました~! 初・一人暮らし!』

(驚くだろうな。別居した意味あるのかな)


 芽依は携帯をポケットに戻し、外を眺めた。和月の車はトンネルを抜け、住宅街を通り過ぎ、段々と田舎っぽくなるあぜ道を走る。さすがにこれは……想像と違う。

「ねえパパ……道、合ってる?」

「少しくらい、なにもない方が慣れれば快適なもんさ」


 悪びれない。

(まあパパの勧める場所だし……)

 言葉の通りであると願いたい。


 周りになにもない、強いて言えば田んぼと空き地が広がる、だだっ広い中を、和月の車が駆けていく。進んで、十分くらいのところに店が一軒見えた。半分息をしていないような店だった。


 車はそのまま通り過ぎ、二本の道が一本に統一された、蜘蛛の糸のように細く頼りない道へ入る。


 そこから五分。


 思い思いに四肢を伸ばす、一面の雑草。一本道を通ってきた和月の車が、砂埃に身を隠した頃。正面にポツンと、一軒の建物が現れた。


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