淡く舞う

天の座標

第1話


その日は雨がしとしと降り続いていた。由紀はどこか落ち着かないまま、母に尋ねた。

「今から出るけど、幕井さんのとこに持っていくものある?」

少し間を置き、台所で洗い物を終えた母親が返す。

「ん~、今日は大丈夫かな。」幕井とは長い付き合いでお互いに自家製の野菜やお花をシェアしている。幕井は弁当屋、由紀の家はフラワーアレンジメントの教室を開いていて、お互いに持ちつ持たれつの関係なのだ。その上、家も近くにあるので毎日と言っても過言ではないくらい顔を合わせる。今年23歳になった由紀の中で、何年も続いてきた「ご近所付き合い」の形が少し変化してきた。まぁ、よくある話だ。外に出ると湿気と熱気が襲ってくる。まだ6月にもならないのに梅雨入りが報道されていた。由紀はいつもより一回り大きな傘を差し、歩き出す。


腰が痛いなぁ…少し前かがみになって腰を叩く幕井。50歳にもなるとさすがに一人で回すのはキツイな。パートさんたちには日々助けられているけれど…今年から正規で一人、入れてみようかな。などと考えながらとぼとぼ帰る。家から店までの道はそこまで暗くないのに妙に寂しいものだ。弁当屋が弁当屋の総菜を持って帰る姿だけは客に見られたくない。寂しい以外の表現が見つからない姿を見かけて客に気を遣われるのがこの上なくツライからだ。この歳になると仕事場と家の行き来が億劫で仕方ない。今から帰る家に誰かが待っているのならまだしも…この先は言うまでもない。前は“結婚がなんだ。一人で生活するほうが自由でいいじゃないか。酒は朝まで飲めるし、稼いだ金は自分だけに使うことができるしな!”と既婚で尻に敷かれている友人たちをからかいながら談笑していたが、最近ふと思いにふける。長年一人で居るからこそ、一人の寂しさが積もり積もる今日。どうしようもない感情が渦を巻く一方で手に持ったウインナーパンは真っ直ぐパンの真ん中に納まっている。やめやめ。答えのない考えを張り巡らしても何にもならないのだから。

お得意の切り替えの早さで店を閉め、外へ出た。雨がしとしとと降っていた。明日まで雨が続くようだったら外に出しているのぼりも直さなければ…天気予報を確認しようと携帯を手に取った。取り出した携帯には桜のストラップが揺れている。あの日の事を思い出した。


 「由紀~!一人ではしゃがないで!ちゃんとこっちの準備も手伝いなさい!」

「いま、桜の超絶ベストショット撮ってるから無理ぃ~」SNSに写真をあげることが流行っているなか、遅れをとって、おばさん扱いされてたまるか。その一心で由紀は写真を撮り続けた。

「由紀ちゃん、もうおじさんたちお腹すいちゃったよ。先に食べちゃうからね~。さぁ、亜希さん、僕らは先に乾杯しましょう。」幕井が亜希に缶ビールを渡す。

「ごめんね、幕さん。せっかくのお休みなのにうちおてんば娘は自由気ままで…ゆっくりできないわよね。こんなおいしそうなお弁当を用意して、お酒まで買ってきてくれたのにあの子ったら…」

「いやいや、いいんですよ。綺麗な女性たちとお花見ができるだけで僕は幸せ者だ」幕井はお世辞ではなく本心でこう言った。両親の力も借りず、亜希は女手一つで由紀を育ててきた。それを間近で見ていた俺が断言する。たくましい女性だと。こんな魅力的な女性が僕の奥さんだったらな…そんなことを思いながら。




リレー小説第二作目が始まりました!

小説チームの皆様、お待たせしました!!

今回は前回とうって変わって恋愛モノに挑戦!!!

果たしてどこまで真面目に書くことを続けていけるのだろうか!!!


次のバトンは幕の内さまにお渡しします!

よろしくお願いいたします。




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