とあるひとつのものがたり
みお
序章
とある一部屋のおはなし
ここは剣と魔法の世界『エルヘイム』、人が暮らし獣が暮らし、精霊が住み神秘が存在し、神が信じられ魔が潜む世界。
太陽がひとつに月がふたつ、春夏秋冬が存在し、昼と夜が存在する。
平和と呼ぶには少々物騒で、混沌と例えるには少々長閑すぎる。
そんな極々ありふれた普通の世界、しかしそんな世界の中に一つだけ他とは違うところがあった。
『それ』は退屈していた。
人と魔が生存権をかけて争った『人魔戦争』より百年が経過してからというもの、世界は刺激に欠けている。
人間のやることと言えば仕事に仕事、鍛錬に狩り、祈りに休息に仕事。
魔の行うこととすればただひたすらに種を増やし、兵を鍛え潜み住むばかり。
『それ』にとって百年など数分にも満たないわずかな時間であったが、『それ』は僅かな退屈を許容できるほどに気は長くなかった。
ああ退屈だ、何か面白いことはないかな。
…そうだ、つまらないなら面白くすればいいんだ。
そうして『それ』はせっせと何かを作り始めた、『それ』が自分の思いつきに夢中になってる間に四百年が経過したが、『それ』にとっては小一時間にも満たない程度の時間に過ぎなかった。
「よし! できた!」
そうして『それ』が歓喜の声を上げた時、エルヘイムに住む全生命が天啓を得た……らしいが、そんなことはどうでもいい。
『それ』が見下ろす先にあったのは一つの箱庭だった。
一辺が部屋を埋め尽くすほどの正方形の箱庭の中に所狭しと並ぶのは、森に山に村に街。川には水が流れ海には潮が巡り、上空には雲が浮かんでいる。
そして小指の爪ほどもない大きさの蠢くミープルが無数に存在し、それらは気まま勝手に動き回っている。
「……なんかこれ、ちょっとキモい?」
その時エルヘイムに住む全生命は神の怒りを感じた……らしいが、そんなことはどうでもいい事だろう。
「まあいっか! さて、まずは何をしようかな〜。あいつとあいつと…あいつも呼んであげよう! ボクは優しいからね! 四人が一番丁度いいし、そろそろあいつにも一泡吹かせてやらないと!」
『それ』の声は誰にも聞こえず誰にでも届き、誰にも理解出来ず誰もが知っている。
『それ』は部屋を出ていくと大声で誰かの名前を呼びながらかけて行った。
戻ってくるまでにエルヘイムでは更に五百年の時が流れたが……家事に食事に風呂に買い出し、遊ぶ前の準備の時間と思えば取り立てて気にするようなことでもないだろう。
そうして五百年の後集まったのは四……人? のプレイヤーだった、『それ』は既に集まっていたモノに向かって声をかける。
「ごめん待たせちゃったね、どう? 面白そうでしょ?」
「オマエはいつも急なんだよ、まぁ……ここんとこ退屈してたからな、付き合ってやる。いつもみたいに負かされてもキレんじゃねえぞ?」
「ソリッド! だぁれが怒ったって!? 」
「オマエだよグレンダ! この前もこの面子でド〇ニオンした時、一人負けが続いてキレてたじゃねえか!」
逆立てた赤い髪に捻くれ曲った黒い角が特徴的な男が叫ぶ、対して瞳に六芒星を浮かべる黒髪の少年は手に持ったジュースがこぼれそうな程に腕を振り回し、それに対しての反論を始める。
「だってあれは仕方ないだろう!? 毎回毎回みんなでボクを虐めてくるんだからさ!」
「ありゃ魔女やら山賊やらの入ってるセットで、真っ先に書庫取りに行ったアンタが悪いわよ。一人で坂を転げ落ちに行ってるようなものじゃない」
煙管から赤煙をくゆらせる紫髪の美女が呆れたようにそう呟く、ふうと吹いた息がガラス玉を作り出すとその中に過去のものと思しき映像が流れ始める。
そこには確かに呪いと銅貨ばかりの手札に頭を抱え、なけなしの金で買った金貨を山賊に捨てられ喚き散らすグレンダの姿が映っていた。
「だってさストラノ! 書庫は楽しいだろう!?」
「あのセットでやる構築じゃないって言ってるのよ、そのくせダイス運だけはいいから頭に来るわ」
もう一度ため息をつくとガラス玉は砂へと変化し朽ちていく、そのせいでエルヘイムに蜃気楼と砂嵐の地域が生まれることになるのだが……そんなことよりゲームの方が大事に決まってる。
「スーちゃんはダイス運悪いですものね〜、この前も20Dちょっと振って命中が十五とかでしたし〜」
「あったなそんなことも、『固定値は正義、固定値は裏切らない』とか言って固定値ビルド組んだのに結局ピンゾロでファンブってるしよ」
「ありましたね~、あれは私も笑ってしまいました~」
透き通るほどに美しい白磁の肌の女性が上品に笑う、彼女が笑った時にエルヘイムでは白夜が続いていたようだが……これはほんとにどうでもいいな。
「あったなそんなことも! んで、その横でグレンダが4Dで五十とか出してんだぜ、あんなんされたらGMは溜まったもんじゃねえよ。確か八千万年くらい前だったか?」
「最近はあのシステム遊んでないし一億三千万年くらい前じゃない? 最近はボドゲの方が多かったし、そろそろ重ゲー遊びたいなあ」
「仕方ないわよ、厄神の奴が風邪引いたせいで大騒ぎしてる世界もあるのよ? ほんとイデア様々よね」
「だな、イデアがいれば厄神なんて怖くねえしよ。あの野郎、自分の権能の癖に体調悪いのはなんでなんだ?」
赤髪の破壊神が首を捻る、その度頭に生えた捻くれ曲がる黒い角が揺れるのだが周りの三人……いや三柱はそれに対して何も言わない。
「あらあら〜、そんなに褒められても何も出ませんよ〜? でもシーちゃんのことは心配ですし、そのうち皆でお見舞いに行きませんか〜?」
「えぇ! 嫌だよ! だってあいつの家遠いじゃん! 向かうだけで軽く二百年はかかるよ!?」
ゲームの準備に五百年も使ったのはいいのか。と他三柱の視線に気付いているのかいないのか、黒髪の神はまた駄々を捏ね始める。
「こ〜ら、我儘言わないの。シーちゃんだって寂しいはずですし、グレちゃんも私達がこうして集まらなかったら寂しいでしょう?」
そうして『グレちゃん』をあやす様に抱きしめ頭を撫で始めるイデア、身長差のせいで彼女の主張の激しい双丘が黒髪の頭の上に乗っかっているのだが気にした様子もない。
「むぇ……イデアが言うなら、行くけど……」
「んふふ、よしよしいい子ですよ〜」
見慣れた光景なのかほか二柱は興味なさげに離れると、とっととゲームの準備を始め思い思いの酒やつまみを皿に盛り席へと着きはじめる。
「っつかとっとと始めようぜ、コイツがゲーム作るなんて久しぶりなんだし、俺達がテストプレイしてやらねえとな」
ソリッドはそう言うと手元に置かれた説明書を手に取り目を通し始める、その目は真剣そのものでページに目を走らせ「なるほど」「面白いじゃねえか」としきりに呟いている。
先程までの偉そうな態度はどこへやら、すっかりゲーマーと言った具合だ。
「そうね、まあといっても……『創世神』のアンタが致命的なミスをするとは思えないけど、私も久しぶりに遊ぶから楽しみだわ」
煙管を仕舞い代わりになにかの枝を取り出しくわえるストラノ、それはエルヘイムでは妖精が守り続けていると伝えられている世界樹の枝なのだが……これまた見慣れた光景なのかとくに突っ込みが発生することはない。
「そうですね〜、ほらグレちゃん、私達も早く席に着きましょう? 楽しみで頑張ってお仕事終わらせてきたんですからっ」
イデアはその場でぴょんこぴょんこと飛び跳ねる、その度に凶悪な肉袋がゆさゆさと揺れて黒髪の神の頭を叩くのだが気にした様子もない。
『それ』も既に慣れたのかとりたてて鼻の下を伸ばすでもなく。
「そうだね! それなら最初にルール説明して質問会、一巡みんなで確認しながら遊んだらゲーム開始にしよう!」
各々が各々の返答を返す、反対の者はいないようだ。
厳つい見た目とは裏腹に気さくな『破壊神』ソリッド、頭はいいが運は無い『魔神』ストラノ、のんびり屋な『光神』イデア。
そして。
「それじゃあ始めよう、このボク『創世神』グレンダ謹製ボードゲーム『ラ・リベルタ』! プレイ時間は一万年くらいかな? 遊び方はサマリーを用意したからそれ読んで、わかんなかったらボクに質問してね! え? インスト勝ち? 安心してよ、ボクもこういった趣向のゲームは初めてだからさ! 目一杯楽しもうじゃないか、それじゃあ……まずは出番を決めようか、ダイスでいいよね?それじゃあ1D100で! せーのっ!」
真っ白い部屋にダイスの転がる音が響いた。
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