019.5 レポート


二月二十五日。


 あの日、あの人物が放った言葉は私に、私達に深く刻まれただろう。その場にいた誰もがその言葉の意味を独自に解釈し、それを成すために動くだろう。

 私もその一人、その思想は壮大にも思えたがそれを成し遂げるだけの力が、その人間にはあった。


 たとえ私の意思が真理とは違おうとも、それが私の行く末だとするのなら受け入れようとも思える。






五月十七日。


 自分が自分であることの立証の一環として平行世界を研究した。

 様々な事実と偉大なる先人の言葉を借りれば、平行世界はあると答えることしか出来ない。


 私はこの目で平行世界を確認した訳では無い。しかし、かつて保有していた技術によって私は交信には成功した。

交信したその世界は日本だった。彼は大学の研究員だとか言っていた。実に興味深い会話をしていた、彼もまた平行世界があると信じていたからこそ交信が可能となった。


 他にも世界は広がっているだろう。この地球とは地形が変わり果てているが、それなりに平和に暮らしている世界、勇者と魔王という空想の産物が実際に存在している世界、日本の研究者と外国人の老耄おいぼれが世界を越えて交信している世界。

 そして今まさに、再び戦争が起ころうとしている世界。


 これは自分が自分であることの立証に繋がる実験だ。ここでは無い世界でも必ず私たちはどこかに生きている。死んでいたとしても生きていた証拠があるはずと信じる。そしてこのように自己を考える意識とこうして資料として残す私は他のどの世界を見ても今ここにいる私だけなのだ。




七月一日。


騙されていた。平行世界なんてどこにも無かった。

私が私である為の立証は失敗に終わった。私はそれでしか私であることを認識できない気がしている。


実験への執着と成功したと思っていた喜びで私は囚われていた。愚かで浅ましい人間だ。

君が私を見ていたらどう思うか、今ではそれが聞きたい。




七月十二日。


立ち直りはしたが生憎自分の心を補う手段を持ち合わせていない。

研究に全てを捧げていた私は研究を取り上げられると出来ることなんて何も無いと、今初めて分かった。


これからは何もすることなく、ただ静かに他人の夢への邁進を眺めていればいい。






九月八日。


 彼らがそろそろ来る。自分を代償にした結果がこれならば受け入れよう。


 生きる観測者としての役目は終わりを迎える。世界の役に立てたのなら嬉しい。

 どこにでもいる大学の研究員だった男がここまで来れたのだ。本来なら何も無い平坦な人生を歩んで死ぬはずだったのに。


 そこまで来れたのは他でもない我が教え子のおかげだ。感謝の念に尽きる。

 だが最後に確認しておきたかった。




 私は、正しい事をしたのだろうか。

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