011. マイ・メモリー
潤はまるで山のように大きな巨体を持つセレスのふもとに即座に辿り着き刀を構える。
ガルカも同じようにして近づき潤とつかず離れずの距離を取り彼と同じ方向を向く。背後から来る攻撃は無視するかのように。
歯を食いしばり刀から炎を放つ潤。脚を開き槍から冷たい空気を漂わせるガルカ。
「ガルカ、頼む!」
「任せて!」
息を合わせるように彼女は応えた。地面に槍を突き立て二人の周りに冷気が漂う。
「はあああああ!!」
最大限にまで引き出したガルカの魔術によってあたりは一面凍土と化した。先端に刃が生えた触手はそこへ突っ込んでいくがその冷たさに震え上がるように固まる。
息を吐くと口元は白くなり、その場で足を踏むと霜柱が出来ているのがわかる。
潤はそのまま踏み抜きセレスの心に近づく。巨影は潤の身体を暗くする。
「うおおおらああ!!」
同じ轍を踏むように剣から炎を撒き散らす。学習能力が備わっていると分かった上で潤が突っ込むとセレスであったものは嗤うようにそれを軽々と身体で防いだ。
いくらやっても効かない炎。潤はやっぱりか、と声を漏らすと剣を握り直し叫んだ。
「ウルサヌス、凍てつく力を呼び覚ませ!」
燃え盛り全てを燃やしつくように滾っていた炎は一瞬でガルカと同じような氷に成り変わる。
「うおおおおおお!!!」
喝を入れながらもう一度その身体に突き刺す。ウルサヌスが秘める氷の力を最大まで発揮しているはずだがあまり効いた様子はない。
「対策されてる!?」
既にその属性はガルカで見ていた。学習されているのだ。
どう足掻いても勝てないのか、自我を失い人を殺すことだけを求めるセレスにはもう対抗手段がないのか。
諦めるわけにはいかない。
そうだ、いつだって彼が憧れた英雄は諦めなかった。人の為に戦い続けた。仲間を見捨てなかった。チャンスを逃さなかった。
ここで諦めれば真の意味で負ける。それは自分と仲間の死。それだけは絶対に避けなければならない。彼が追い求めた英雄がそうであるように彼自身もまた英雄になりたいと願っていたから。
「ワンパターンだと、思うなよ!!」
潤が放っていた氷の力は刹那、炎へと化した。たとえそれが既に学んでいたとしても。
「はあ!!」
再び氷へと切り替わる。その次はまた炎。氷、炎、氷。
学習能力があり対策をとったとしてもそれは完全に防ぐ方法ではない。ありえないような戦法を放てば動揺を突ける。あの状態にあるセレスに動揺というものがあるのかどうかは分からないが、それでもやらない訳には行かなかった。
ぐちゃりぐちゃりと気分の良くない音を立てて肉厚の身体は崩れていく。それは奇をてらった戦い方に学習が追いついていない証拠だった。やがて人ひとりが入れるほどの大きさの穴が出来ると、潤は後ろを向き再びガルカを呼ぶ。
「ガルカ、ここを維持できるか?」
「やってみる!」
潤よりも強力であるガルカの氷の力はセレスの再生能力を遅めるように、穴の周りを凍らせた。
「きっとこれも学んでるはず、時間は短いわよ!」
「ああ」
ガルカが開けたとも言っていいその穴へと侵入する潤。そこには先程見たセレスの心があった。
黄金に輝くそれは壊しても良いものなのかをもう一度問いかけているようだった。
思えばセレス・シルバーヘインという男と会った瞬間から苦悩の連続だった。彼を殺していいのか、彼の心とは何なのか、それは壊していいのか。
本当はよくない、悩み続けることなんて彼が描く理想像には似つかわしくない。だが潤はセレスに同情してしまった。それは一瞬だったが確かに可哀想だと思ったしまったんだ。
だからこそ、心を壊し、彼を殺す。それが彼にとって最大の救いであるから。
「ふっ!」
剣を持っていた右手をそれに向かって振り下ろす。
声が潤の脳内に入り込んでくる。幼少期、彼の記憶にあったのは両親との物悲しい会話。魔術に目覚め大好物であっただろう母親の手料理が美味しく感じなくなったその日から彼の歯車は狂い続けた。
学校の先生からは心のこもっていない言葉を投げかけわられ、検査を受けても異常は見つからない。ペットを飼っても生まれたのは生きる活力ではなかった。
両親の会話を聞けば自らの子を普通ではないと言い放ち、彼から逃げるように離れていった。
そうしてようやく彼に話しかけた来たのは彼の人生を終わらせる者だった。
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