049. 雷の加護と輝き続ける刀


「出てきたか、女の方は無事か?」


 黒井健吾はマストに対して年上への敬いが足りない。だが敵として相対する人物に尊敬など不必要。マストも健吾もそう思っていた。


「お陰様で」


「やれなかったのはこちらとしては悔やまれる」


 命に別状はない怪我でよかったものの、シルライトが負った傷は深いものだ。マストにとっては仲間を傷つけられて不服だ。今すぐにでも彼を惨殺してやりたいとまで思えるかもしれない。


 我慢の連続だった。仲間を、グルニアを殺された時も自分の手で仲間を手にかけてきた者たちに裁きを下すことは叶わなかった。そこに立ち会えなかったからだ、いついかなる時もタイミングが悪い。


 自分の知らない場所で仲間たちは死んでいった。死に際すら見れていない。最愛の友は自分が負傷したせいで最期の顔さえ拝めなかった。


 誰の最期も見た事がない。今までこれからもずっとそうだろうと、そう思っていた。


 だが、彼が思っているほどに世界は甘くなく、辛くもなかった。傷を負ったシルライトを見ていて彼はそう感じたのだ。

 最期の顔なんて誰も見たくない。でも見なくてはならないとも。


 幸運とまではいかないが、マスト・ディバイドは仲間たちの死に際を見ていない。"だからこそ"これからも見ないように、自分が彼らを生かすのだと。


 今までは運悪く彼らの命の終焉を見れなかったが、今度は自分からあえて見ないようにするのだ。その方法は簡単だ。


 仲間を殺させてはならない、生かさなければならない。

 その為に自分が戦わなければならない、これからもその安らかな顔を見てはならない。


 グルニアに謝らなければならない。彼の最期を見ることは出来なかった。

 だが、これからも自身の中で彼は生き続いてる。彼と過ごした日々を糧に、彼の死を胸に。


 今目の前にいる敵を倒し、仲間を護り生かす。それくらいしかマストに出来ることはなかった。

 ちっぽけだが正しいことをしていると思っていたかった。


「彼女は殺させない」


「なら先にやるべきはお前だな!」


 健吾はマストの方向へ飛びつくように踏み込む。納刀していた大太刀を振り抜く。風を切る音があたり一帯に響くが、その刃はマストには当たっていなかった。


 銃剣をつけたショットガンを両手に持ち、彼の体まであと少しという所で攻撃を防いでいた。

 マストはすかさず攻撃に転じ銃を発砲する。


「ふっ!」


「ヤマト!」


 放たれた散弾は健吾へと向かっていくがイクス、ヤマトの光に飲まれる。

 距離を置きマストは自分の見解を健吾に話す。


「あんたのイクス、ヤマトというのは光を使うのか?」


「半分正解で半分間違いだ、俺のイクスは輝きを使いこなす。輝きとは一瞬の光だ」


 マストの間違いを訂正するように彼は語る。

 一瞬の光、それは抜刀する時や防御する際にも使われる。広義で言われる輝き全てに彼は属する。

 流星が降る時、宝石の一定の角度、才能の閃き、そして刀を振り下ろす時。

 その輝きを増すことができれば人を傷つけられるということだ。そしてそれは扱う者の実力が高ければ高いほどより強さを誇る。


 黒井健吾の刀の使いは確かに上手だ。だからこそ危険なのである。


「はあ!」


 再び近距離に詰められる。マストは防御態勢に入り連撃を防ぐ。一発一発が重いその攻撃に健吾の殺意が間近に迫っているのがよくわかる。


 シルライトが自分に与えた力はその効果を全力で発揮していた。今このようにイクスを使う健吾の攻撃を防げているのはマストの体の中に雷を走らせたシルライトのおかげである。


「その力、先程までのお前とは何か違うようだな」


 その強さは敵として立ちはだかる健吾も察していたようだ。彼としてみれば正体はわからないものの強くなったのは確かである。


「たが殺せばそれも無力だ」


 過程ではなく結論を求める健吾は防戦一方のマストにさらに連撃を加える。

 すべての攻撃を防ぎきることは出来ず、ちょっとした切り傷ができる。守れない箇所は回避をし最低限に済ませた。


 これは早急に倒さなければならない。体力が切れるのは普段から銃を使うマスト、このままではスタミナ切れを狙ってくるだろう。

 彼には悪いが騙し討ちをするしかない。


「悪いが俺が倒れても俺は無力じゃない」


「なに?」


 彼を突発的な力で吹っ飛ばしマスト自身の魔術フルフィルメントによってマストの中にある四次元空間から新たなショットガンを取り出す。


「俺が死んでも俺は、仲間達の中で生き続ける。俺の仲間がそうであるように、俺もそうでありたいんだ」


「面白い人だな」


 健吾は少し笑みを浮かべる。だがそれさえも一瞬、彼はポーカーフェイスのような顔をつくりあげ刀を納刀する。


「尊敬するよ、そんなふうに思ったことは無かった」


「それはどうも」


 互いに互いを認め合うようになってなお、二人は戦おうとしていた。それが戦場における宿命ならば、そうするしかないのだから。


 彼の鞘からは輝きが抑えきれないように漏れ出す。まるで夜の蛍が大量にいる空間のように綺麗であると思ってると、輝きは一帯に広がりきる。


 両手に銃を一丁ずつ持っているマストの右手に刹那の光が当たると二人は動きだす。



「シルライト、グルニア、どうか俺に力を貸してくれ」


 マストは彼は祈り、突っ込みながらショットガンを撃ち尽くす。


「「うおおおおおおおお!!!」」


 互いに死力を尽くすように、接近しあう。健吾はマストの撃った弾の全てを躱し、防御するといよいよ彼の攻撃範囲にマストが入る。


 一閃、かつ一瞬であった。


 マストは、その攻撃を二つの銃剣で防いでいた。ヒビが入り今にも崩れそうな刃を前に健吾はもう一打マストに与えようとする。

 マガジンに残弾は無く、マガジンを交換するにはフルフィルメントを使わなければならない。だが健吾はその暇さえ与えなかった。


「お前の魔術では遅い!」


 二撃目、マストは両手の銃を捨て胸に備え付けていたポケット部分からナイフを右手で取り、健吾の攻撃が来る前に仕掛けた。


「うあああ!!!」


 勢いでしか彼を攻撃する手段はなかった。健吾が刀を振り抜く前に彼の肩から少し下の部分にナイフをかけた。


 なんの力も持たないナイフが右腕を断った。


 その輝きの名の通り、素晴らしい攻撃だった。

 シルライトに力を譲渡されていなければ斬られていただろうと感じる。


 健吾の右腕は質量を感じさせるように地に音を立てて落ちる。やがて血が滴っていくと健吾は自分の腕が落とされたことを痛感する。


「ううううっ……」


 我慢しているような声を放つ男はイクスを放たせる力さえ残っていないようだった。健吾は膝を折りその場でこちらに背中を見せるようにうずくまる。


「やった、のか」


 息を荒くさせたマストは目を見開き健吾を見ながら佇む。長くも感じたその時間も束の間、ここではないどこかから大きな音が聞こえる。マストはふと我に帰り、その音を疑問に思った。


 途端、戦場に火が起こる。


「これは!」


 ニンバスの炎ではないことは直感的に分かった。このような大規模な火計をするならば事前にグレイスやニンバス本人が伝えているはずだからだ。


 敵の手によって放たれたその火に困惑していた。


「黒井健吾、お前は、お前の仲間は一体何をした!?」


「これが最終兵器、ですか……」


 誰かに問い掛けるような言い方をする健吾。明らかにマストではないことは彼自身でも分かった。


 燃え尽くされる戦場と衰えることを知らない業火の魔の手はマストにも影響を及ぼすようだった。


 黒井健吾を逃がすようで癪ではあるものの、仲間の命には変えられないと思い、マストは怪我をしているシルライトの下へ向かう。


「シルライト、待ってろ……!」


 彼は足早に、炎から逃げるようにシルライトの救助へ行った。

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