040. きっと生きていける



 恐らくアリアステラで行われる最後の作戦会議は八人という大所帯だった。

 魔術師が一人増えれば"人間"が百人増えたものと、昔から常々言われてきていたせいか一人増えただけで部屋も窮屈に感じるようだった。


 グレイスが司令室の椅子に座っていると部屋に入ってきたニンバスからは彼の気をほぐす茶化しを入れられた。彼なりの優しさはグレイスによく効く。

 その茶化しに対して笑顔で返すとニンバスも少し驚いていた様子だった。


 やがて魔術師全員が入ってくると、グレイスは会議を始めると宣言する。


「それでは、次回の戦闘について作戦会議を行う。まずは偵察部隊から送られてきた情報に基づき敵の物量に関して話そう」


 全員が各々自分らしく部屋に居座る姿を見ながらグレイスは話す。


「あちらもコペンハーゲンから増援が来ている、俺達も全てを賭して戦う」


 それからというもの、彼らは長い間議論をした。

 相手が仕掛けてくるであろう戦略、その為の対処法。誰が誰と戦い、誰を使って時間を稼ぐか。その戦略のキーマンとは、そもそもその作戦は合理的か。

 あらゆる面においてその場にいた八人は議論した。そして。



「切り札はこれで決まりか」


「最後の最後はこいつしかない。俺達諸共巻き込まれる可能性もあるが耐えるにはそれしかない」


 切り札、そう呼ばれる戦術をたてたグレイスとニンバスに潤は問いかける。


「大尉、中尉。なぜ自分とガルカがこの作戦の鍵なのでしょう?」


 その問いにグレイス達ではなくゲレオンが答えた。


「はっきり言ってしまうとシャロンを抜いたここにいる魔術師全員はきっと君たちより強いだろう、そのせいでイクスを相手取らなければならない」


 きっとガルカも潤もアリアステラの為に、他者のために戦いたいと願っているだろう。それでも現実は非情というもの。勝つか負けるかの世界で敗北の可能性が高い方を取るという選択はグレイスの中では有り得なかった。


 ゲレオンは失礼だということを謝っているような顔で話し続ける。


「潤は先の戦闘で疲れもあるし、彼女に至ってはまだ経験不足だ。国連とブレイジスの全体的な勝敗まで分かれそうなこの戦いにわざと増やすリスクは必要ない」


 完璧な料理に味を変えるほどの調味料が要らないのと同じように、戦い続けてきた彼らの完成されたコンビネーションや実力の前に潤とガルカは邪魔なのだ。


 アリアステラは難解なルートのせいで、兵士や物資の供給こそ少ないが最重要として見られているいわば裏道。

 そこにブレイジスが大量の戦力に加え、イクスを何人も投入されれば流石のグレイスたちもたまったものでは無い。


 そのせいで現状ここを取られれば本国にさらなる危機が迫る。それを避ける為に彼らはここにいる。


 ゲレオンは冷静に分析した上で反論すると潤は優しさからくる感情を彼にぶつける。


「そんな、そんなのゲレオンさんだって怪我を!」


「ああそうだ」


 アーリン・ハルと呼ばれる女との戦いにより右目を負傷したゲレオン。だが、それでも戦い続ける理由はグレイスにその技術を託されているからである。


「では聞こう、潤。お前に俺が背負う仕事が出来るか?」


「それは……」


「お前に託された仕事は誰にも出来ないし、俺に託されたことも誰にも出来ない。与えられた役割をお互い果たせばきっと勝てるんだ」


 反論する余地が無いのか俯く潤。何も言わず彼の隣にいたガルカはゲレオンに対して了承する。


「分かりました少尉。この任務、私たちが何としてでも遂行してみせます」


 グレイスを差し置き口論を終わらせた潤とゲレオン。ゲレオンは潤に少しきつく言ったことを謝っている素振りを見せていた。


 二人だけのいざこざが終わるのを目撃するとグレイスが口を開く。


「では今言った通りだ、相手のイクス使いは多くても三人。それぞれ対処に当たるのは分かっているな?」


 そうやってこの場にいる者達に確認を取らせる。


「アタシとマストが黒井健吾って奴で」


「俺があいつニルヴァーナか」


 そう言ったニンバスの瞳は戦意と不安で入り混じっているようだった。比べてシルライトとマストはやる気満々の様子。


「それ以外のイクス使いが出てきた時は俺ってことだな」


 ゲレオンの言葉にグレイスは頷き全員が自分の役割を理解していることも分かった。


「よし、ではターゲットが来るまでは一般兵の対処、シャロンはここで負傷兵の治療、潤とガルカは俺が合図するまで待機だ」


「了解」


 全員の声が同時に重なる。ただ勝ちたい、ただ守りたいという思いのために。


 グレイスは潤とゲレオンの口論を見ても決して止めようとはしなかった。

 どちらも正しく、どちらも間違っているからだ。正解など存在しない話し合いに口を挟む方が野暮と考えていた彼は止めることは無かった。

 そして二人共、互いに持つ信条が同じものだと彼の目には見えた。

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