アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-

朱天キリ

Act.1

第一章 歩き出す現実-グレイス・レルゲンバーン-

001. アリアステラ戦線

 光り輝く太陽と透き通るような青空の下、"彼"は人の意志を踏みにじっていた。


「目を開けてくれ……」


 静かに怒る様な声で体内を銃弾で引き裂かれた躰を抱え上げ、語りかけるのは"彼"の分隊の副隊長、グルニア・ベルファング。

 涙を溜め込む彼の瞳に、紅く血濡られた男はグルニアの頬を汚れた左手で触れる。


「お前には、俺以外に視るべき背中がある……それはアイツだ」


 今にも消えかける声でグルニアを説く。


 その男が暇になった右手の人差し指で指す方向には人を殺し回る"彼"がいた。

 空虚から刃を創り出しては目の前にいる人間に剣を突き立て赫い華を咲かせる男、グレイス・レルゲンバーンがいた。


 男はグルニアの顔の向こうにある空を仰ぐ。とても晴れ晴れとしていて、まさに雲一つもない快晴だった。


 陽の光に当たりながら、鉛で穿たれた腹をグルニアに抑えられつつ、見守られる。言い残した事は無いかのような、その青空と同じ程の清々しさの顔をグルニアに診せる。


 やがて敵を下がらせたグレイスや他の魔術師も男の下へ集う。


 抑えきれない血はやがて男の周囲に染み込んでゆく。

 男が逃れられない運命に立っている事に気付き、ソレを理解したグルニアは溜まっていた涙を枯らせ、ようやく先程の彼の言葉に返答する。


「分かったよ、ありがとう、父さん」


 そう言ったグルニアは父、ヴェニアをグレイス達と共に看取る。

 グルニアの頬に触れていた左手はやがて彼の意識とともにそっと堕ちていく。


 こうして、アリアステラ戦線、ひいては国連直属防衛軍 ガーディアンズはヴェニア・ベルファングという一人の才能を失うこととなった。





──────────────





 グレイス達は倒れた仲間を引き連れ自分の根城とも呼ぶべき本部へと戻る。

 仲間たちの身体はトリアージが行われ、黒は彼等を印象づけるモノ遺品を取り除き人ひとり入る袋に包まれる。


 たとえタグは黒色でもソレを渡された者達には鮮やかな色が舞った人生があった。

 ヴェニア・ベルファング大尉少佐も勿論その一人だ。


「悲しい最後、だったな」


 ヴェニアが袋に入れられる最後まで手を掴み続けるグルニアにグレイスはそう問いかける。


 本来、人が哀しみ明け暮れている時に水を差す行為はあまり好まれるものではないが、グレイスは今のグルニアに対する最善手であると知っていた。


「ええ、とても」


 それを聞いたのは彼の父の口からだった。


「だがまだ戦争は終わってない。これが終わってから思いっきり泣くといい」


 冷たい一言を言い放つ。

 酷い物言いだ、グレイス自身もそう思っている。


 五年前の開戦当初から殺すこんな事しかやってこなかったから当然だと思っていたい。そんな言い訳を盾にグルニアに心の死にかけた言葉を言う。

 それを半分ほど理解した上でグルニアは言い返す。


「分かってます、まだ涙はお預けですね」


 嘘だ、本当は今すぐにでも泣きたいだろうに。

 グレイスは心を鬼にしてでもその感情を抑え込み、彼を彼に一番あった方法で鼓舞する。

 それが自分もグルニアにも最も良いものだと信じて。




 それから少しした後、司令の待つ部屋へと向かうレルゲンバーン中尉。

 ドアの前に立ち、ノックをし、入る許可を貰い入室する。いつも当たり前のルーティンだ。

 ドアを開き真正面にある机、それに付属した椅子に腰掛ける初老を迎えた男、クライヴ・ヴァルケンシュタイン大佐。


 戦いが終わり前線指揮官を任されているグレイスとの二人だけの淡々とした事後報告からの世間話、いつもそうだが今日は違った。


「今日は見て分かる通り色々報告がある。報告を済ませておいてから話すとしよう」


 久しい顔が一人と見た事のない男女が二人、グレイスの両脇に立っていた。

 負傷者、戦死者等の報告を済ませ、クライヴが本題に入る。


「見てわかると思うが言いたいことがふたつある。どっちがいい?」


 タバコをふかし、グレイスに尋ねる。グレイスは迷わず答えた。


「じゃあニンバスの方から」


 左手に見える彼、ニンバス・インディル少尉の話を聞く。


「やっぱ顔見知りからか、ニンバス、自分から話せよ」


 クライヴは本人の口から話を切り出させニンバスはそれに応える。


「久しぶりだな、グレイス。今日から晴れて俺も怪我から復帰さ」


「ああ、本当によかった」


 訓練校からの長い付き合いであるニンバスにはグレイスには多少なりとも相当な情がある。それは握手だけで再確認できるものだと彼が言っていた。


「お前はやはり腕がないとやってけない様なものだな」


「なんのこれしき! 骨折しても俺は行けたというのに向こうの軍医のヤツらがやれ大事をとれだのなんだのと言うから俺は行けなかったんだぜぇ?」


 自身の腕に相当な自信が無いとやっていけないこんな嫌な立ち回りに、ニンバスは自身の力だけではなく、人からの信頼すらもパワーに変えるほどだ。


 正に、両手からを炎を出す彼に相応しい心の熱量だ。

 軍医はその熱さに呆れ、あとすこしで見放した所だろう。それだけニンバスたち魔術師は軍に重宝されている。


「それで? もう一つは?」


 あらかた見当がついているグレイスは確認の為クライヴに聞く。


「聞いて驚け、こんな辺鄙な所に新米兵士だ。しかも魔術師だぞ」


 心の中で正解を当てたグレイスは、美味そうにタバコを吸うクライヴに気を取られている男の方の新兵に挨拶をする。


「どうも、俺はグレイス・レルゲンバーン中尉。好きに呼んでくれていい。」


「え、あ! さ、櫻井さくらいじゅん一等兵であります、よろしくお願いします!」


 そんなに上手いのか、とクライヴのタバコの吸い方に呆気にとられていた潤はグレイスの自己紹介にすぐさま気付き、挨拶をし返す。


「ガルカ・ヒルレー一等兵です、よろしくお願いします」


 抑揚はないが心はこもったその娘の言葉と潤にグレイスは頷く。


「砕けた喋り方で構わない、敬語は最低限でいいさ」


 二人にそう言い、そうやって潤に手を差し出す。

潤は目を輝かせ言葉に出ないのか無言で首を縦に振り、グレイスの手を握る。

 続いてガルカとも握手を済ませると、クライヴが口を開く。


「よし、では櫻井さくらい一等兵はグレイス分隊、ヒルレー一等兵はニンバス分隊へ配属だ」


「了解!」


 二人は息を合わせ猛々しくそう答えた。






 二人に対しての基本概要を終えニンバスとガルカ、潤は挨拶回りの為司令室から退出していった。


「とてもいいんじゃないか?」


 三人が出た瞬間クライヴが発した一言はこうだった。


「なにがです?」


抽象的なその言葉にグレイスは疑問を抱く。


「とてもいいさ、若々しく、未来がありそうで」


「どうしたんです?」


 本当にジジ臭い発言しかしなくなってきたクライヴを心配するグレイス。この状況彼の言葉にあまり意味を持っているとは思えなかった。今の時点では。


「やはり長くないらしいな、俺の体は」


 原因不明の病、とやらが彼の身体を蝕んでいた。

 どこからが持ってきたかもわからないその病はクライヴの身体をあと三、四年で腐らせるものだった。


「あなたが死んだら何が起こるんです?」


 抽象的な言葉には抽象的な言葉を。グレイスは未だにふざけた気持ちでいたかった。


「なにも、起こらないだろうな! ︎︎ハッハッハ!」


 クライヴは高らかに笑う。それに微笑むグレイス。いつまでも続くと思っちゃいないこの会話は二人の安息だった。


 グレイス・レルゲンバーン、彼は戦うことでしか自分を表現できなかった。


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