うしろの席のクール美少女が授業中いつも俺の背中に照れながら「好き」と書いてくる ~背中に指で書いてるからバレてないと思ってるみたいだけど、実はバレバレな件~

せせら木

第1話 あの子の笑顔が見られるのはたぶん俺だけです

「ひぃぃぃっ! ご、ごめ、ごめんなさいぃぃぃっ!」


 いつも通りというかなんというべきか、俺――関谷侑李(せきやゆうり)の所属する二年C組の教室内で、男子生徒の悲鳴がこだました。


 別に喧嘩が起こったとか、世紀末世界みたいに殺されかけてるとか、そういうわけじゃない。


 悲鳴主である男子がとある女子に一方的に恐れをなしているだけだ。


 ――理由は、目を合わせてしまったから。


「あ……あの……え、えっと……」


「す、すすすすみませんすみません! 目を合わせてしまってすみません! 以後気を付けるんで、どうかお助けをぉっ!」


 女の子は男子から土下座され、困惑した様子であたふたしている。


 そんなにビビらなくてもいいということを彼女がハッキリ自分の口で言えばそれでどうにかなるのかもしれないのだが、当の本人はそれをせず、ただうつむき、口元をもにょもにょさせるばかり。だから、土下座されっぱなしだ。


 大方、これ以上ビビらせないよう目を合わせない努力をしつつ、ビビらなくてもいいという旨のことを言っているのだろうが、目も合わせなければ、ボリュームも小さい彼女の声は、残念ながら土下座する彼の耳には届かない。


 それどころか、その小さい声と目つきのせいで、呪詛のように聞こえるのか、土下座する男子はさらにビビるばかりだ。


 本当にいつもの光景だった。こうなってばかりだから、彼女――三月弥生(みつきやよい)さんの『目を合わせれば殺される』というバカげた噂は解消されない。


 他のクラスメイト達も「そんなのあるわけないじゃん」とか言って笑い飛ばすわけじゃなく、ひそひそと陰口を交わし合い、「死んだな、あいつ」と怯え合っている。


 まったくだ。


 俺はそんないつも通りの光景を横目で眺めながら、小さくため息をついた。


 一人、心の中で「殺されるわけないだろ」と呟きながら。



 三月さんはC組のクラス内で完全に孤立している。


 理由はもう今さら言わなくてもいいと思うが、あえて言えば、『目を合わせれば殺される』と言われるほど悪い目つきの他に、キリッとしたクールな雰囲気をいつも漂わせているからだ。


ただ、それでもそんな彼女と俺はひそかにつながりがあった。


 もちろんそれは、俺がクラス内で誰とでも仲良くなれるタイプの人気者だから、とかいうわけじゃなく、偶然が重なった結果だ。


 今から一か月ほど前の四月。委員会決めの際、俺はちょうど運悪く風邪をひき、学校を休んでしまった。


 こういう時にいないと、大抵面倒な役回りを押し付けられることが多い。


 嫌な予感を感じつつ、翌日登校すると、同じクラスで小学校からの腐れ縁的友人の佐々岡弘樹(ささおかひろき)から、予想通りの現実を突き付けられるはめになった。


「侑李、お前一学期は美化委員なー(笑)」


 もうほんと、最悪だと思った。


 だってあの美化委員だ。


 毎朝皆より早く登校して、教室の花に水をやったり、ゴミを無くそうだとか言って校内外を定期的に回ったり、とにかく色々と駆り出されることが多い仕事を押し付けられがちな美化委員。


 何かの間違いで図書室にいるだけでよかったりする図書委員とかに配属されててくれないか、とか思った自分が甘すぎた。


 学期初めだってのにツいてない……。


 そんなことを考えながら、憂鬱にしてたのを覚えてる。


 そうして、美化委員の仕事をするべく、朝早くから登校した日のことだった。


 誰もいるはずがないと思っていた教室に、俺より早く登校していた奴がいたのだ。


 一体誰だ……?


そんな思いを胸に、こっそり教室内を覗いてみると、そこには三月さんがいた。


 いつものキリッとした雰囲気と目つきの悪さはなく、代わりに楽しそうに鼻唄を歌いながら横に揺れている。


 手に持っていたのは小さいジョウロ。


 そう。彼女は俺がやるはずだった花への水やりをやってくれていたのだ。


 美化委員でもないのに、一人で朝早く学校に来て。


「あ、あの……、それ……」


「――へっ!?」


 やり取りはこんな感じで始まった。


 一応花への水やりは俺の仕事だし、やってくれてるからいいや、とはいかない。


 三月さんに声をかけ、彼女は俺が突然出てきたことにびっくりし、体をビクつかせた。


 そして、柔らかかった表情は一転。動揺し、挙動不審に視線を泳がせた後、真っ赤になってうつむいてしまった。


「い、いや、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……。俺、その、美化委員だし……」


「――あ……! こ、こちらこそごめんなさい……! 活動……今日からでしたっけ……?」


「う、うん。そうなんだけど……ちょっとびっくりした。まさか三月さんがいるとは思わなかったから」


「ほ、本当にごめんなさい……! 余計なことして……!」


「い、いやいや! 全然いいよ! むしろこうして水やりしてくれてありがたいというか、美化委員としては見習わないといけないというか!」


 焦りと緊張で、何を言ってるのか自分でもよくわからなかった。


 何が見習わないといけない、だよ。めんどくせーとか思ってたくせに……。


 あたふたしながら、俺は話題をどうにかつなげようと試みた。


「そ、それにしても、三月さん毎日こうして花に水やりを……?」


 俺の問いかけに、彼女は相変わらずうつむいたまま、小さく頷いてくれた。


「は、はい……。やりすぎるのもよくないんですけど……朝来て……様子見ながら水やりしてます……」


「そうだったんだ……。あ、でも様子見ながら……ってことは、単純に同じ量の水を毎日やるのはあんまりよくない……?」


「そ、そうです……。花にもそれぞれ種類があって……水を多くあげないといけないものと……そうでないものがありますから……」


「ふんふん、なるほど。じゃあこの花は先に三月さんに水もらえて幸せだったかもしれないな」


「……? ……そ、そんなことないと思います……けど……」


「いやいや、そんなことあるよ。だって、俺が美化委員として水やるってことになったら毎朝決まった量の水ドバドバやってた可能性があるから。だからこの花、今ちょっと安堵してるかも。『先に水くれ始めたのが美化委員の男なら、絶対枯れ死んでたわ』とか思ったりしてさ」


 俺がそう言うと、三月さんはクスッと笑った。


 初めてだった。彼女が誰かの前で笑ってるところを見たのは。


「そういう知識のある人がこうしていてくれてよかった。美化委員がクラスの花枯らせたってなったら軽くお叱り受けるとこだったよ。牛田先生いるじゃん? あの人が美化委員の担当教師だからさ」


「う、牛田先生は……確かに色々と怖いですね……」


「うん。あのマッチョの怒り買ったら確実に潰される。花壇に顔だけ出して埋められるかもしれない。『花の気持ちを理解しろ。水の代わりに食いもん食わせてやるから』とか言ってさ」


 言うと、また三月さんはクスクス笑う。


 なんとなく嬉しかった。彼女の笑顔を見てるのが自分だけのような気がして。


「だから……その、三月さんが迷惑じゃなかったら、これからもこうして花のこととか教えてくれるとありがたいな……とか思ったりしてるんだけど……どう、かな?」


 途切れ途切れの俺の物言いに、三月さんは頷いてくれた。


「はい。喜んで」


 始まりはいつも偶然に。


 まさにそんな言葉を体現したかのようなことだった。

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