第37話 マライヤ杯応募作品 2021.05.30 絶望。
2021年5月30日。仏滅。
他人からすれば何も代わり映えのしない平凡な日曜日。
しかしとある地に住む人間、A澤U(仮名)にとってはちょっぴり特別な日曜日であった。
彼はMacBookAirが置かれた机の前に座ると、もう20年前から使っている旧型のデスクトップFMVのキーボードで、Twitterに入力した。
「い○しーお誕生日おめでとうございます!」
そう、この日は彼が大好きな女性声優、石○○依の誕生日だったのである。
御年32歳。女性的には結婚してもいい頃合いである。
しかしそれでも彼は望んでいた。いつか自分がラノベ作家になり、大ヒットしてアニメ化されてそのヒロイン役を石○○依に担当してもらい、そして仲良くなって……。ということを。
端的に言えば、んほぉ〜。である。キモい。キモいです。
それでも彼は自分の夢を実現すべく、日夜頑張っていたのであった。
しかし、その日は彼は緊張していた。なぜならば。
彼女から──ご報告──結婚の知らせが来るのではないかと……。
先程も書いたように、石○○依の誕生日は5月30日、この日であるが、去年、一昨年とこの日は大安だったのだ。だから、この日に結婚を発表してもおかしくはなかったのだが。
去年一昨年は、それはなかった。一安心、というところだが。
声優や芸能人の結婚発表が誕生日というのは、よくある話なのである。仏滅とはいえ、油断できたものではない。
本人(正確には事務所の人も使っているアカウントだが)のアカウントに誕生日おめでとうございますツイートをツイートしたあとで、彼は未だに緊張を抑えきれずにいた。
まだだ、まだ安心できない。今日という日が終わるまでは油断できない。それに、心配事がいくつかある──。
彼はネットを巡回しながらそう思っていた。
なぜならば。
誕生日だと言うのに、いまだに彼女自身からツイートがないのである。
普通声優や芸能人の誕生日と言うと、午前0時とかにたくさんTwitterやLINEで沢山メッセージが来て、それの返答に0時に起きていてツイートやメッセージを返答するのが普通であるが、彼女は未だにツイートをしてなかったのである。
これは裏で何かをしている。それはもしかしたら──。
彼の手に汗が滲んだ。
そしてもう一つ。彼には気になることがあった。
それは、彼女の指のネイルの件である。
彼女がツイートで自分でセルフネイルをしていたと写真を上げていたのだが。
その指が左手の親指と──薬指だったのだ。
薬指といえば、婚約指輪や結婚指輪をはめるところであり、いわゆる、魔除けの指輪をはめるところである。
その薬指にセルフネイルをするということは──。
──やはり、何かあるに違いない。
彼の灰色の脳の推理力はある結論に達しつつあった。
それでも。
(まあ今年もこのまま何事もなく済んだりして)
淡く儚い希望にすがりながら、彼はネットサーフィンに没頭していった。
しかし。
運命は非情にも、彼の思惑とは正反対の方向へと進み、彼に現実を突きつけることとなる。
彼が某chの某スレを見た所、
>石○○依結婚か
という書き込みが飛び込んできた。
その瞬間、彼は、え、と口を開けたまま、固まった。
──そんな嘘な。
そう思いながらツイッターの方を見ると。
彼女の公式アカウントから通知が来ていた。
その通知リンクを、ゆっくりとクリックする。
そして、そのリンク先には、こう書かれていた。
>
>【○依】誕生日を迎えました。たくさんのお祝いコメント、ありがとうございます。
>
>いつも応援してくださっている皆さまに、大切なご報告です。これからも応援、よろしくお願いいたします!
>
>○依
そして、そのツイートとともに貼られていた一枚の画像。
その画像は、彼女直筆の文章だった。そしてその文章の冒頭には──。
>いつも応援してくださっている皆様へ
>
>私、石○○依は、
>かねてよりお付き合いをさせていただいていた方と、
>結婚する運びとなりましたことをご報告させていただきます──。
その瞬間。
その文章を見たA澤Uの視界から、世界の彩<いろ>と響<おと>が消えた。
……。
…………。
………………。
いつの日かと恐れていた。
いつの日かと夢見ていた。
さらば、やさしき日々よ。
もう、戻れない。
もう、帰れない。
太陽の牙ダ○○ム。
オワタ……。
俺の夢が終わった……。
一つの夢が、一つの希望が、今終わった……。
次の瞬間、彼の脳内で糸○望(CV:神○○史)が叫んだ。
「絶望した! 石○○依が結婚して絶望した!! 僕のほうが先に好きだったのにー!!」
さ○なら絶○○生と言うよりかは、さよ○ら絶○○送の「絶望した!!」のコーナーで神○○史が叫んでその後メールを散々いじりそうなネタではあったが、ともかくそう叫びたい気分であった。
A澤Uは、上を見上げた。
そこには、石○○依のソロプロジェクトのポスターが貼ってあった。
見慣れた顔。見慣れた姿。
それはもう、自分のものじゃない。
ポスター、外すか……。
クロームで常時表示してあった彼女本人の画像とかキャラクターの画像とか、消そうか……。
彼女のCDとかアニメとか、宣伝してるけどもう、いいかな……。
もう、自分には関係ないしな……。
そんなことを思いながら彼はよろよろと立ち上がると、壁に貼ってあるポスターに手をかけた。
これが、彼の青春の一ピリオドであった。
その後。
彼はどうしているのかと言うと。
「上○瞳萌えーっ! 市ノ○○那萌えーっ!」
別の女性声優にお熱なのであった。
どっとはらい。
<終>
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