018 好きになる条件
私が景虎くんを初めて見たのは中学1年生の自己紹介の時です。その時は今みたいにしっかり見ていたわけじゃなくて、一番に自己紹介していた男子でクラスにいる男子の一人だなぁっていう他の皆さんとそんなに変わらない印象でした。
それから1ヶ月ほど時間が経って、クラスの新しい友達にも慣れてきた頃。ある日の昼休みに私は友達と一緒に校内をぶらぶらしながらお喋りしていました。その途中で私は廊下である物を見つけたんです。それは配られたプリントを丸めたものでした。素行の悪い誰かが捨てたのか、遊んでいてたまたま廊下に出たものが忘れられたのか。どうしてそこにあるのかわからなかったですけど、そこにある時点でそのプリントはごみとして捨てるべきものでした。
だけど、私はそれを拾うことはできませんでした。落ちているごみは拾った方がいいと思っていても明らかに私以外の友達にも見えている落ちた物を急に私が拾ったらどうなるか。別の誰かが捨てた物なのにどうして拾っているのかと思われます。ルールに厳しいとか、いい子ちゃんぶるとか、そんなつもりじゃなくても誰かがいるとそういう風に思われてしまうとその頃の私は……ううん、今でも時々思っちゃうことがあります。
でも、それはしょうがないことだと思っていました。本来は正しいと思っていることでも周りに誰かがいると、人の目が気になってしまう。そういう経験は中学1年生まででも何回もあったことで、たぶん他の皆さんも思っていることだって。だから、一緒にいた友達と同じようにそのごみを見て見ぬふりをして通り過ぎました。
その時です。私が自分のしたことに少し罪悪感があって、後ろを振り向くと……景虎くんがいました。そして、景虎くんはそのプリントを拾ってその場を去っていったんです。私は驚いて立ち止まってしまいました。一緒にいた友達に理由を聞かれても言えないくらいの驚きです。
その日以降、私は景虎くんのことを少しだけ目で追うようになりました。そうしたら、景虎くんが……目立たない人であるのはわかりました。ただ、それ以上に私がわかったのは景虎くんがずっと正しいことをしている人だってことでした。
教室でも廊下でもごみがあれば拾って、掃除の時間もサボらず一生懸命で、日直の仕事になる黒板消しやプリント配りもきっちりやる。それだけ言うと本来なら当たり前にやるべきことだとは思うんですけど、景虎くんは周りを気にすることなく、常に正しいことをしていたんです。
私はそのことを友達に共有してみました。でも、友達はそもそも景虎くんがどんな男子か知らないとか、それくらい当然じゃないとかあんまり興味を示してくれません。私は景虎くんの行動に驚きや感動を覚えていたのに、それが伝わらないのはちょっとだけ寂しかったです。だけど、それとは別の感情として、そんな景虎くんのことを見ているのは私だけなのかもしれないと思いました。
その後の私はもっと景虎くんのことを見るようになりました。すると、今度は景虎くんが正しいことをするのは優しい人だからということがわかりました。皆さんは景虎くんの印象が薄いなんて言いますけど、景虎くんは困っている人に手を差し伸べていたんです。それは校内だけじゃなく、帰り道で今日みたいにお年寄りが重い物を持っていたり、お子さんが泣いていたりしたらが必ず声をかかて助けていました。
そんな風に景虎くんを気遣いができるところや優しいところを見て、1年生が終わる頃。私は……凄く恥ずかしいんですけど、頭の中で景虎くんをイメージするようになってて……も、もちろん、変な意味じゃないですよ!? ちゃんとそれまで見てきた景虎くんの姿を参考にしたもので、こういう時にはこんなことを言ってくれるんだろうなぁみたいな常識の範囲内のことです! 本当に!
おほん……内容は置いといて、景虎くんを見たり、イメージしていったりするうちに気付きました。私は景虎くんのことが気になっているんだって。結果的に3年間同じクラスになりましたけど、その中でほとんど喋ることはなかったのに、勝手にその気持ちがどんどん大きくなりました。
だから、景虎くんがさっき言ったように私が景虎くんに期待し過ぎているところはあるかもしれません。ちょっとだけイメージの中の景虎くんが混ざっちゃってますから。それでも……景虎くんのことが気になって……好きになった最初の部分は私が私自身の目で見た景虎くんのいいところなんです。今の景虎くんも変わらずに持っている、私が一番好きな碓井景虎くんという人の。
◇
「ご、ごめんなさい。もっと短く話すつもりだったんですけど、いっぱい喋っちゃって」
頬を赤く染めながらそう言った黒口に対して、僕は首を横に振る。そんな僕の顔も恐らく熱を帯びているんだろう。お互いに目を合わせらなくなった。
黒口が言ったことは確かに中学時代の僕がやってきたことだ。実際にやった僕よりも見ていた黒口の方が内容を覚えているほど、無意識にやっていた。そんな部分を見ていたから黒口は今日の僕の行動を信じて、良いように解釈してくれたのだ。
黒口が以前言ったように僕との出会いは特別なものじゃない。僕にとっては黒口と出会ってすらないのだから黒口が好きになった理由を言い出しづらかったのは何となくわかる。ただ、僕は今日告白するつもりだったけど、それを知らない黒口がそのことを突然言い出したのはなぜなのか。
そんなことを考えていると、ひと呼吸おいた黒口がまた喋りだす。
「景虎くん、これが私が景虎くんを好きになった理由なんですけど……もう一つだけ聞いて欲しいことがあるんです」
「もう一つ?」
「はい……私が中学を卒業する前、景虎くんと同じ高校に行けることはわかっていました。でも、そこでいきなり同じクラスになれるとは思ってなくて、自己紹介で名前を聞いた時、びっくりしたんです。でも、もっとびっくりしたのは……景虎くんが髪を染めて、ちょっと着崩して、おまけに口調までチャラい感じになっていることでした」
「ご、ごめん……」
「あっ、今はそれが悪いって話がしたいんじゃなくて……そんな景虎くんの変わり果てた姿を見て、私思ったんです。景虎くんに文句を言ってやろうって」
黒口はにこやかに言いつつも言い回しが今でも気に入っていないようだから悪い話なのでは……と言いそうになってしまったが、今日はそういう空気じゃないから何とか引っ込める。
「それで景虎くんを呼び出して話してみると、景虎くんはやっぱり景虎くんで。安心したと同時に私は凄いことをしたんだって気付きました。……ずっと好きだと思ってたのに話しかけられなかった私が初めて景虎くんと話せたんだって」
「あっ……」
「そんな風に私が一歩踏み出せたのは景虎くんが高校で変わってみようと思ってくれたからです。もしも景虎くんが中学と見た目が変わらないままなら私も景虎くんに喋りかけることなく、ずっと見ているままだったかもしれません」
噛み締めるように言う黒口を見て、僕は気付いた。黒口がなぜ好きなった理由を話してくれたのか。
「だから、あの時はひどいことを言ってしまってごめんなさい。そして……変わろうとしてくれてありがとう、景虎くん」
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