004 真・碓井景虎の終わり
ああ、確かに俺は高校生活で目立つスタートを切りたいと思っていた。そうすれば今までの人生は変わって陽キャ……になれるかは別として、それなりにいい感じのスクールライフを送れると思っていたからだ。
「ヒューヒュー! やるねぇ、景虎!」
「うっそ、入学式からいきなり!?」
「ほら、早く行ってやれよ、景虎~」
だが、これは……どう考えても悪目立ちだ! そりゃあ、みんなから見ればいきなり同級生の女の子から呼ばれたモテ野郎みたいに見えるかもしれないが、現実は違う! なぜなら、目の前にいる黒口は俺が真・碓井景虎じゃなかったことを知るこのクラス唯一の存在だ! そんな黒口が二人きりでしたい話なんて……一つに決まってる。
「碓井くん? 行ってあげないのかい?」
佐藤、黙っていてくれ。俺は今、この高校生活における重要な分岐点に立っているんだ。でも、この状況で断るのはダサいし、とりあえず話を聞いて……いったい何を要求されるんだ!? 今日は持ち合わせはあんまり……
「わかった、話を聞くよ。そういうわけで、ファミレスには……用事が済んだら行くかも」
「おっけー!」
「来なくても今度聞かせてね」
「それじゃ、行きますか~」
未練がましい台詞を残して、みんなが去って行くのを見送ると、黒口は手招きをするので俺はそれに付いて行く。
冷静に考えよう。そもそも黒口は俺が聞く限りではゆるふわ丁寧系女子なのだから、金銭を要求されるなんてことはないはずだ。人は見かけによらないと言うが、俺はそんなことはないと思う。だって、元々の俺は見かけ通りの人間だった。
だったら、俺を呼びつけてまでしたいお話ってこの外見に対する疑問なのだろうか。黒口がおっとり優しいのだとしたら、俺が高校デビューしたことを察してくれて、敢えてクラス内ではその疑問を言わないようにしてくれた。その可能性もある。うん、そうだ。物事はポジティブに考えよう。今の俺にはそれができる。
「ここの教室、空いてるみたいです。ここで話してもいいですか……?」
「も、もちろん!」
いろいろ考えてたら廊下を結構進んでいて、空き教室に着いていた。黒口が先に入った後に続くと教室内はカーテンが引かれていて、昼間だけどちょっと薄暗い感じだ。捉えようによっては秘密の話に最適な空気。
そうか、わかったぞ。黒口はあまりに最高の変化を遂げた真・碓井景虎に見惚れてしまったのだ。そして、我慢できなくて俺を呼び出し、いきなりの告白したくなってしまった。このシチュエーションならあながち間違いじゃない……もちろん、めちゃくちゃポジティブに考えた結果の話だ。
「こうやって……二人で話すのは少し恥ずかしいですね……」
……あれ? 黒口の顔が若干赤いぞ……? おいおい、さっきの考えはポジティブだとしても半分、いや、8割くらい冗談だったんだ。本当にそんなことがあり得るわけがない。そんなに簡単な話ならこのイメチェンは……大成功だ。何を焦ってるんだ俺は。
「そ、それで、二人きりで話したいことって何?」
「その前に……碓井くんは私のことご存知でしょうか?」
黒口にそう聞かれて、一瞬どう答えるか迷う。俺は黒口を知っているけど、詳しくは知らない。だから別に知らないと答えるのは気持ち悪がられない答えとして正解だと思う。でも、全く知らないわけじゃないから、知らないと言い切ると、それはそれで黒口を傷つけることになるかもしれない。自分は知っているのに相手から知らないって言われるのは……結構辛いものだ。
「え、えっと……同じクラスだったのは知ってる……くらいかな」
「……はい! 中学の3年間ずっと同じクラスでした!」
「ああ、そうだったね。まぁ、全然話したことはなかったけど……」
「そうですね。私から話しかけることは一度たりともありませんでした」
一度たりとも……事実なんだけど、やっぱりちょっとショックだ。クラスの同級生全員と話すのが学校生活ってわけじゃないと思うが、一度も話さないのは同じ空間にいるのに違う世界の人ってことになる。俺の場合は……同級生全員がそうだった。
「じゃあ、そんなキミが俺に話したいことって何?」
「はい。それは……どうしてそのような見た目になっているのか、ということです」
「どうしてって……それは本来、俺はこういう感じにしたかったんだ。中学までは校則のせいでできなかったから。でも、そもそもな話、キミは俺の昔の見た目なんて覚えてるの?」
「はい。ずっと見ていましたから」
「そうか、ずっと……ずっと?」
「私は碓井くんの姿を3年間ずっと見てきました」
中学時代の影が薄かった俺を3年間……? そんなバカな。そこにいてもいないものとされて、返事をしてもしてないものとされた俺をそんな長い間見ていた人がいただって? 横目に見た? 授業中前の席だからたまたま目に入った? 他の好きな人の隣の席だから嫌でも目に焼き付いた?
「黒口、さん。その、言ってることはよくわからないけど、それが言いたいことなら……」
「名前を覚えてくださっていたんですね!」
「えっ。ま、まぁ、3年も同じクラスだったし……」
「嬉しいです……でも、言いたいことはまだ終わっていません」
そう言った後、黒口は大きく深呼吸した。
ま、待ってくれ、俺の心の準備ができてない。
でも、この流れならあるよな?
ポジティブとかじゃなく、現実にあるよな?
あっ、来る。
言いそうだ。
よし、構えろ!
真・碓井景虎!
覚悟の時だ!
「碓井くん」
「は、はい!」
「私は……前の碓井くんの方が良かったです!!!」
「……へ?」
予想よりも大きな声でちょっと息を切らしながら言った黒口は俺を見て満面の笑みを見せる。
「はっきり言えました♪」
「い……いやいやいやいや! えっ? ま、前の俺って……」
「本当にびっくりしたんです。自己紹介の時にまさか同じクラスだなんて!と思ったら変な茶髪になって、制服もだらしなく、しかもチャラチャラした喋りなっているなんて……」
「へ、変……!? そ、そんなに変じゃな――」
「変です! しかも今は嗅いだことのない香りまでしています。そういうのはまだ若いので必要ないんですよ!」
「は、はい、すみません……」
「そうしたらいきなりわけのわからないお友達に囲まれて、碓井くんが見えなくなったからどうなっているか心配で……」
「お、俺は別に何も……」
「そもそもその俺ってなんですか!? 解釈違いです!」
「す、すみません!」
どうして俺は謝っているんだ? ああ、ダメだ。今叱られてる内容より、ちょっと前の言葉が処理しきれていない。
「く、黒口さん。ちょっと待って貰っていいかな……」
「はい。私はいくらでも待ちます♪」
「ありがとう。ふー……はー……ふー」
「大丈夫ですか? 私、お飲み物は教室に置いているので、それでも良ければ……」
「大丈夫! そこまでじゃない……よし。黒口さん、つまりキミが言いたいのはお……僕のことを中学の時から見ていて、その頃の見た目の僕はいいと思ったけど、高校からいきなりイメチェンしたのにびっくりして、それが全然似合ってないと言いたかった……ってことでいい?」
「わかってくれたんですね!」
「うん……自分で言っててちょっと凹んだ」
感激でぱあっと明るくなる黒口は今の僕と対極の状態だ。似合ってない……か。そうかもしれない。人は見た目による方を信じてる僕が、それに反することをしているんだ。当然と言えば当然だろう。
「でも、黒口さん。例え似合わなくても僕はもうこの高校ではこれでやっていくしかない。最初にそう決めてしまったからそうするしかないんだ」
「それは……」
「いや、正直ありがたいよ。客観的な意見を貰えたこと。心のどこかで似合わないことしてるなーって思ってたんだ。影を濃くしようにも段階を踏めば良かったんだ。こんなすぐにステップアップしようとするから……」
「碓井くん……」
「ははっ。そうだな。これからはもっと控えめに……」
「素晴らしい! それでこそ碓井くんです!」
これ以上僕を驚かせないでくれ、黒口。そろそろ驚く顔のレパートリーがなくなってくる。
「いや! 今の流れは『そんなことないわ、碓井くん!』って言って僕の高校生活を応援してくれる流れでしょ!? 何ネガティブな言葉に同調してるの!?」
「だって、諦めれば碓井くんは元の姿に戻ってくれるんですよね? 私、嬉しいです!」
「そ、そうなるだろうけど! そんなに元の僕がいいの!?」
「はい! 私は元の碓井くんが……好きですから!」
ああ、くそ! 可愛いな、今の言い方……って、待て待て!
「い、今、好きって言った……?」
「何度も聞かれると恥ずかしいです……」
「ご、ごめん。でも、正直ここまでのこと全部飲み込めてないから、今更の確認なんだけど……黒口さんって僕のこと好き……なの?」
「……はい。私、黒口実憐は、碓井くんのことがずっと好きでした」
ポジティブに考えた結果、それは想定していない方向で現実になった。
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