第50話:第三次珊瑚海海戦①~~討滅の尖兵

 1943年5月12日未明、大日輪帝国はポートモレンビー攻略作戦(MO作戦)を発令、ルバウル、ルング、ユールに停泊していた海軍艦艇とサラモルアに伏していた陸軍部隊及びラウバル航空隊が一斉に動き出した。


 ルング泊地からは小沢機動艦隊(第三艦隊)を主軸とする第五、第七、第八、第九艦隊、高速輸送船団50隻からなるポートモレンビー攻略部隊が出撃する。


 ラウバル基地からは第四艦隊と第58海防隊、基地航空隊に護衛された陸軍4万人、海軍陸戦隊1万人を乗せた30隻の輸送船団が出撃しニューギリア島東部の上陸地点で有るブルナを目指した。


 同ニューギリア島サラモルア前哨基地からは南海支隊、陸軍第55歩兵師団2万が陸路でポートモレンビーを目指して移動を開始している。


 そしてガーナカタル島南部のユール泊地からは東郷艦隊(第十三艦隊)と第六潜水艦隊第八戦隊が米艦隊迎撃の為に出撃する。


 これ等の動きに先駆けてラウバル基地より100機を超える陸軍九七式重爆撃機とそれを護衛する70機の戦闘機(隼一型50機、零戦ニ型20機)がポートモレンビー・ジャクセン飛行場に夜間爆撃を敢行するべく出撃している。


 MO攻略艦隊はニューギリア島から東に位置するバルチナイ島から200kmをなぞり南下しポートモレンビー南東600kmの位置より機動部隊が航空機を展開しラウバル航空隊が討ち漏らした敵航空機及び米豪地上部隊を爆撃、ポートモレンビーとブルナの制空権を確保した後、第五艦隊がポートモレンビー南東0.5kmのブートロス海峡へ、第四艦隊がブルナへ突入し上陸部隊を支援、栗田艦隊(第七艦隊)は遊撃隊として航空支援を行いつつ左翼(南方)の安全確保を行う手筈になっている。


 この日輪軍の動きに対して必ず来るであろう米艦隊の迎撃の任を受けた東郷艦隊はレイネル沖より針路を南西に取り対潜対空警戒を厳としながら速力30ノットで航行していた。


 東郷艦隊の編成は2月頃から殆ど変わっておらず、軽空母2隻が航空戦力として追加されたくらいで有りその編成は……。


 旗艦戦隊:戦艦大和、武蔵


 第一戦隊:重巡出雲 駆逐艦島風


 第二戦隊:軽巡九頭竜 駆逐艦妙風、清風、叢風、里風


 第三戦隊:軽巡米代 駆逐艦山霧、海霧、谷霧、江霧


 第四戦隊:軽空母大鷹、雲鷹


 ……となっている。


 陣形は大和を先頭に武蔵、出雲、島風と単縦陣で続き少し後方に離れて大鷹、雲鷹を中心に第二戦隊と第三戦隊が輪陣形で展開している。


 更に東郷艦隊直下を第六艦隊第八戦隊の伊302以下伊201~208の高速潜水艦群が追従する。


 そして上空では15機の零戦五型が直援しており武蔵航空隊の瑞雲6機が航空索敵に従事している。


 この時既にラウバル航空隊による強襲爆撃が行われている為米艦隊がいつ動き出してもおかしくは無く乗組員全員が緊張した面持ちで任務を熟している。


 一方、米陸海軍もこの事態に気付き大騒ぎとなっていた。


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 ====ニューカルドニア・ヌメラ基地沖====



「《まぁだ偵察機を飛ばしておらんだとぉっ!? 飛行場マゼルタの連中は何をやっとるのだ!!》」


 米第七機動艦隊旗艦、空母エンタープライズ艦橋で怒鳴り散らしているのは同艦隊司令ハルゼー提督である。


 彼の率いる大艦隊は空母エンタープライズを旗艦にエセックス級正規空母9隻、インディペンデンス級護衛空母8隻、ボルチモア級重巡洋艦12隻、グリーブランド級軽巡洋艦3隻、フレッチャー級駆逐艦36隻で構成されておりコメリア合衆国の工業力を見せつけるが如く威風堂々蒼海を我が物顔で突き進んでいる。


「《は、はっ! それが滑走路と格納庫の拡張工事が完了したばかりで混雑している上に空軍・・例のアレ・・・・の受け入れの為に海軍航空隊の部隊を再編成したばかりの為ー-》」

「《ー-もういい!! エンタープライズからドーントレスを飛ばして即刻ジャップ共の艦隊を見つけろっ!!》」

「《は…ドーントレス……ですか? エセックス級には新型のヘルダイバー攻撃機がございますが?》」

「《馬鹿か貴様はっ!! 練度の低い新型機にこの状況下の航空索敵など任せられるものか!! 己の無能を晒す暇が有ったら俺の指示通りに動けっ!!》」

「《は……失礼いたしました! 即刻その様に……っ!》」


 参謀の発言がハルゼーの逆鱗に触れ艦橋内は一層緊張した雰囲気に包まれる、尤もこれがハルゼーの通常運転である為、艦長や古参の艦橋要員達はそれほど過度な緊張はしていない。


 新任の士官や艦橋要員は固まってしまっているが……。 


 とまれ、まだ日が昇り切っていない薄暗い中、空母エンタープライズより十数機のドーントレス攻撃機が魚雷や爆弾の代わりに増槽バッテリータンクを抱えて発艦する。


 そのドーントレスが飛び立った先に数十隻規模の艦隊が展開していた、暗くて全貌は見えないが護衛空母を主軸とする機動艦隊の様であった。



 ====空母インディペンデンス艦橋====



「《艦長、後方より航空機が接近中です!》」

「《なに? 恐らくは友軍機だろうが、念の為第二種対空戦闘用意、機種確認急がせろ! 戦隊旗艦ベロー・ウッドに状況知らせ!》」


 ドーントレス隊が発見したのは第七機動艦隊前方を航行する第51特務部隊であった。


 この海域に日輪軍が存在する可能性は限りなくゼロに近いがソロン海での教訓から識別不明の艦や機体アンノウンに対しては警戒体勢を取る事が義務付けられている。


 その為ドーントレス隊と第51特務部隊は互いに警戒し暫く出方伺っていたが友軍と分かるとドートレスは主翼を振って飛び去った。


 作戦行動中の艦隊は無線封止を行っている為、余程の近距離に居る艦隊同士で無ければ互いの行動を把握する事は出来ない、最悪同士討ちが起こる事も珍しくは無いのである。


 更にドーントレス隊は第51特務部隊から北西に離れる事40km海域に戦艦部隊と思しき艦隊を発見するが此方は直ぐに友軍艦隊だと判明した、近代戦艦6隻を擁する艦隊など日輪海軍には存在しないで有ろうからだ。



 ====戦艦アイオワ艦橋==== 



「《報告! 艦隊4時方向より接近する機影在り!》」

「《ふむ、味方の基地航空隊か機動部隊の偵察機だとは思うが……オルデンドルフ司令、念の為全艦に対空警戒を取らせた方が良いのでは?》」

「《必要無い! どうせブル(ハルゼー)の放った偵察機だ、奴に先を越される分けにはいかん、我が艦隊も有りっ丈の偵察機を出せ! 何としてもブルより先に魔王サタンを見つけ出すのだっ!!》」


 座席に座り杖を床に突き立てながらは然も忌々し気に言葉を吐き出すオルデンドルフ、彼は根っからの大艦巨砲主義者で有る為、戦艦を時代遅れの鉄屑スクラップと公言する航空機主兵論者のハルゼーとは元々犬猿の仲であった。


 加えて魔王やまとによってハルゼーは手塩にかけた精鋭の艦載機と搭乗員の殆どを一瞬で失い、オルデンドルフは乗艦を粉々にされ両者共に魔王やまとを強く恨み最大の獲物としている。


 そこで協力して憎い仇を共に討とうと言う発想には至らない様で、同じ獲物を狙う両者の関係性は更に険悪なものとなった、その溝は皇京海穴(水晶爆発によって皇京直下に生じた直径、最大水深20kmの海穴)より深いと言われている。


 そうしてオルデンドルフ艦隊からも多数の偵察機が放たれ競う様に日輪艦隊を探し始めた。


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「《報告! スパロウ6より入電、南緯14度32分55秒、東経151度9分13秒の海域にて日輪艦隊を発見、魔王サタンと思しき戦艦2隻と巡洋艦、駆逐艦それぞれ5隻の編成……!》」

「《おお! よくやった!! やはり現れたな魔王サタンー-っ!!》」 


 アイオワ通信員の報告にオルデンドルフは杖の音を響かせ立ち上がり、ぎらついた眼を見開き口角を上げる。


「《ちょ、ちょっと待て、今、魔王サタンが2隻と言ったか……っ!?》」

「《は、はい、スパロウ6の報告では確かに2隻と……》」


 オルデンドルフとは対照的に参謀の一人が通信員の報告に僅かに狼狽え少し上ずった声で再確認する、その表情には怯えすら浮かんでいた。


「《オ、オルデンドルフ提督……1隻でも厄介な魔王サタンが2隻となると流石に……だ、第七艦隊に応援を要請した方が……》」

「《馬鹿を言うなっ!! 何の為の最新鋭戦艦だ? 何の為の長砲身だ? 何の為の新型砲弾だ? そうともヤツを、魔王サタンを屠る為だっ!! このアイオワ級の58㎝50口径砲と超重量徹甲弾スーパーヘビーシェルを以ってすれば対60㎝装甲でも30kmの距離から撃ち抜けるのだ!! いかな魔王サタンとて2隻で何が出来る? こちらは合衆国ステイツ最新最強のアイオワ級戦艦が6隻も在るのだぞっ!!》」

「《……っ!》」


 鼻息荒く意気揚々と語るオルデンドルフで有ったが、黙する参謀の顔には『合衆国最新最強の戦艦クラス・サウスダコタ魔王サタンに歯が立たずボロ負けしたじゃないか』と書かれていた。


 以前リー提督とヴィクターが懸念した様にアイオワ級はサウスダコタ級と比べて速力と砲口径に多少勝る程度の優位性しか持たず、サウスダコタ級で歯が立たなければアイオワ級でも結果は同じになると言う事は戦艦の知識が有る者ならば当然理解出来る事である。


 然しオルデンドルフはその結果を超重量徹甲弾スーパーヘビーシェル(SHS)で覆せると信じている様で有った。


超重量徹甲弾スーパーヘビーシェルとは読んで字の通り重量を増した・・・・・・徹甲弾であり、58㎝50口径砲で撃てば理論上60㎝45口径砲と同等の破壊力を生み出す事が可能となる代物である。


 そう、オルデンドルフが自ら発言した通り60cm装甲で有れば砲撃距離30kmから撃ち抜く事が可能なのだ、本当に・・・対60㎝装甲で有れば……。


 だが、サウスダコタ級戦艦がたった3発の直撃で撃沈された事実から米海軍技術局の導き出した魔王やまとの搭載砲の推定口径は30インチ・・・(76cm)以上、であった。


 戦艦の防御理論を用いるなら魔王サタンの装甲は対76cm装甲と言う事になる筈である。


 で有るならばアイオワの主砲では超重量徹甲弾スーパーヘビーシェルを撃ったとしても魔王サタンの装甲を抜けない事は明白な筈である。


 然し技術局からその報告を受けた多くの海軍将校の反応は『そんな馬鹿げた性能の艦が存在する訳が無い』『ジャップにそんな技術が有る筈が無い』であった、常識で考えれば当然の反応ではある。


 結果、多くの海軍将校達は魔王やまとの性能を『60cm50口径砲を搭載する対60cm防御を持つ速力55ノットの高速戦艦』と結論付けた、サウスダコタを数発で撃沈した驚異的な砲火力に関しては『超重量徹甲弾スーパーヘビーシェル強装薬スーパーチャージ若しくは過剰装薬オーバーチャージで撃ち出したもの』と推測したのである。


 色々と辻褄が有っていない点があるのだが、それでもこの推論は米海軍内で支持された、何故なら魔王やまとの性能がこの推論以上の物で有れば、現行でコメリア海軍が建造し得る最大の戦艦であるモンタナ級やモンタナ級・・・・・すら上回ってしまう事になる。


 彼等の中では日輪がコメリアを超えた技術を持つなど認められなかった、有る筈が無いし有ってはならない事であった、故に彼らはその思想ありきで結論を出してしまったのである……。


 それによってオルデンドルフもまた都合の悪い事を都合よく忘れ(無意識に考えない様にして)超重量徹甲弾スーパーヘビーシェルと6隻の最新鋭戦艦アイオワ級を以ってすれば魔王やまとを沈められると盲信しているのであった。


 因みに、確かに大和は通常の砲身・・・・・の基準で有れば過剰装薬オーバーチャージと言える装薬量で徹甲弾を撃ち出しているが、大和の64cm砲身は常に蒼燐核動力炉によって自己修復されている為、過剰装薬によって砲身が破裂する事は無い、そのため大和型戦艦に関しては過剰装薬に関する定義が曖昧となっている。


 当然、その事実を米海軍関係者は知る由も無い、いや冷静に分析し推測出来ている者も居るがその意見は米海軍内では少数派マイノリティとなっていると言った方が正確かも知れない。


「《やっとだ、やっと雪辱を晴らす時が来たのだっ!! 艦隊針路3.1.5、全艦両舷最大戦速!!》」


 オルデンドルフは杖を床に突き立て立ち上がると口角を歪めて吊り上げながら鼻息荒く指示を飛ばす、その指示に従い最新鋭戦艦6隻、重巡8隻、護衛駆逐艦隊26隻の大艦隊が一斉に速度を上げ蒼海を北上する。


「《そう言えば……距離的にはブリスベルから出港したリー分隊の方が近いな? 連絡機を出してリーに魔王サタンを足止めをする様に伝えろ!!》」

「《は……サウスダコタ級で魔王サタンの相手をさせるのですか……?》」

「《そうとも、奴はソロン海で魔王サタンからおめおめと逃げ出した臆病者だ、その汚名を返上させてやろうと言うのだよ、何か問題が有るかね?》」

「《……っ! い、いえ……》」

「《よろしい、即刻行動に移したまえ!》」


 自慢の大艦隊の驀進を満足げに見ていたオルデンドルフで有ったが、突如思い出した様に口元に歪んだ笑みを浮かべると参謀の一人に指示を出す、その目的は明らかに私怨による逆恨みだが戦術的に破綻している訳では無いので誰も異を唱える事は出来なかった。


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「《報告、本隊からの連絡機より入電あり、南緯14度32分55秒、東経151度9分13秒の海域に魔王サタンの存在を確認、リー艦隊は本隊到着まで是を足止めせよ、との事です……!》」

「《なっ!? 我々だけであの化け物モンスターを足止めしろだと! オルデンドルフ提督は我々に死ねと言ってるのか!! リー提督、こんな無謀な命令を聞く必要は有りませんぞ!!》」


 戦艦サウスダコタ艦橋にてオルデンドルフの命令を伝えられた参謀の一人がその内容を聞き激怒する。


「《オルデンドルフ提督はソロン海での事でリー提督を逆恨みしているのでしょう……》」

「《自身の判断ミスを棚に上げ適切な判断をされたリー提督を恨むとは、恥を知るべきですな!》」


 リー提督付きの参謀達は口々にオルデンドルフへの不満を口にする、それは今回に限らずオルデンドルフはリーに対して色々な嫌がらせをして来たからであった。


 別働隊と称して旧式重巡3隻とサウスダコタ、ノースカロライナの5隻だけでブリスベルへ派遣されたのもその一旦であった。


 その事を知ったニミッツがオルデンドルフに苦言を呈した事で護衛駆逐艦隊が一部隊割り振られたが、その部隊も駆逐艦の数を他の護衛駆逐艦隊より減らされたもので有った。


「《確かに私もオルデンドルフ提督には思う所が有るし魔王サタンを前に逃げ出したい気持ちも有る、然しそれが許されないのが軍人だ、何より合衆国海軍の誇りとして盟友の海たるこの珊瑚海でこれ以上魔王サタンの跳梁を許してはならない、以ってオルデンドルフに先んじ超重量徹甲弾スーパーヘビーシェルの有用性を実践し我々の開拓フロンティア者魂スピリッツ日輪軍ジャパニアに見せ付けてやろうじゃないか!》」


 リー提督は実に清々しく言い切った、そのリーの言葉と姿勢に毒気を抜かれた参謀達は皆良き軍人の笑顔となりリー提督に敬礼する。


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「《報告、日輪艦隊を本艦隊正面距離52000で補足! 大型艦2、中型艦5、小型艦5、空母の存在は確認出来ず!》」

「《敵艦を目視で確認、日輪の新型戦艦です、数は2、左に舵を取っている模様!》」

「《2隻だとっ!?》」


 サウスダコタのレーダー員の報告に参謀の一人が思わず声を上げる。


 当然である、レーダー員の報告はサウスダコタの同型艦を文字通り粉々にした悪魔が2隻居ると言ったのだ。


「《ふむ魔王サタンが2隻か……軍艦の運用を考れば姉妹艦が存在するのは当然か、ならば真面にぶつかっては分が悪いな、全艦取り舵45右舷反航戦砲撃用意!!》」


 日輪艦隊が取り舵を取っている事を確認したリー提督は自艦隊も取り舵を取り反抗戦に持ち込むため艦隊指揮を取る。


 先ずは教本通り日米共重巡が全面に出て砲火を交え、それを援護するべく駆逐艦隊が滑り込み、そして後方より互いの巨大戦艦が主砲を向け合う。


「《主砲照準レーダーリンク開始、超重量徹甲弾スーパーヘビーシェル強装薬スーパーチャージで装填急げ!》」


 戦艦サウスダコタの後方で戦艦ノースカロライナ艦長ヴィクター・F・ガブリエルが指示を飛ばし艦内では乗員が任務を全うせんと慌しく動いている。


 そうこうしている内に日米両戦艦の距離はどんどん近づいて行く、そして距離350000を切った所で両戦艦が一斉に主砲を射撃した。


 刹那、日米の戦艦が放った砲弾が交差し両軍の戦艦の周囲に巨大な水柱を立ち上げる、しかしそれらはお世辞にも至近弾とは言えない距離に立ち上がった。


 日米戦艦は更に撃ち続けるが射撃回数が10を超えても夾叉きょうさの気配すら無く明後日の方向に水柱を立ち上げている。


 同航戦で両軍とも撃ち合う気であれば針路は略変えず射角を維持したまま互いに撃ち合うため命中弾を得やすい(被弾もしやすいが……)対して反航戦の場合、射角を維持する為に針路を変える必要が有るため命中弾を得にくくなるのである。


 これは反航戦を選んだリー提督が臆病な訳では無くサウスダコタ級が魔王やまとの砲撃を一発でも受ければ最悪戦闘不能か航行不能になりかねないからであり、そもそもオルデンドルフ艦隊の到着まで日輪艦隊を足止めする事がリー艦隊の任務なのであるから同航戦と言う選択肢を選ばなかったのは当然であった。


 被弾率を下げ時間を稼ぎ、あわよくば命中弾を出せれば良し、出せなくても本隊到着まで生き延びれば戦術的勝利なのである。


 なので第20射を超えても当たる気配が無いのはリー提督の思惑通り……と言えるだろう、多分メイビー……。


 ・

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「《重巡ニューオリンズより入電、重巡タスカルーサ大破!! 駆逐艦コーレリア大破航行不能、コヨーテ沈没!!》」


 戦艦の射撃数が30に届く頃、比較的近距離(20km前後)で撃ち合っていた米重巡部隊と駆逐戦隊の被害がサウスダコタの艦橋ブリッジに届き始める、対する日輪艦も重巡1、駆逐艦1が大破している。


「《損傷艦は無理をせず下がる様に伝えてくれ、後方のノースカロライナに伝達、速度をー-》」


 その時リーの耳を劈く様な音と振動が襲い艦橋内も激しい衝撃を受ける。


「《な、何事だぁっ!?》」

「《う、右舷に直撃弾です!!》」

「《くっ! 被害状況知らせっ! 各部署から救護班を編成し負傷者の救出を急げ、ダメコンは如何なっているっ!?》」


 撃っては外れがルーチン化し弛緩した空気が漂い始めていたサウスダコタの艦内は一転、蜂の巣を突いた様な騒ぎとなりサウスダコタ艦長が事態の収拾の為に細かく指示を飛ばす、その騒ぎの中に在ってリー提督は徐に双眼鏡を手に取り水平線の手前に展開する日輪戦艦にレンズを向けた。


「《報告、右舷側第11区画及び上甲板中破火災発生、6番、8番副砲大破、浸水は確認出来ず航行には支障無し!》」

「《やってくれる……っ! 第11区画の隔壁閉鎖、消火作業を急がせろ! 並行して負傷者の救助も忘れるな!》」


「《やれやれ、どうやらラッキーパンチが当たってしまったようですな……如何されましたかリー提督?》」


 忙しく指示を出す艦長を尻目に他人事の様に肩を竦める参謀で有ったが、真剣な表情で双眼鏡を覗くリーを見て疑問を呈する。


「《……やはり軽いな……》」

「《は……? 軽い……でありますか?》」

「《魔王サタンの攻撃は僅か数発でサウスダコタ級を撃沈する威力で有った筈だ、現に本艦も一撃で主砲をバーベットごと粉砕された、だが今受けた砲撃は如何高く見積もっても本艦と同程度か少し上と言った所だろう……》」

「《なー-っ!? そ、それは、つまりー-っ!》」

「《ああ、今我々が戦っているあのふねは……魔王サタンでは無いかも知れない……!》」


 そう言いながらリーが双眼鏡越しに見据えるその先には日輪戦艦紀伊・・尾張・・の姿が映っていた……。


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