第28話:黒き亡霊

 米軍の爆撃機編隊接近の報を受けガーナカタル島ルング基地は騒然となっていた。


 けたゝましく鳴り響く空襲警報サイレン、慌ただしく行き交う軍人と急いで離陸せんと滑走路へと向かう零戦。


 そんな中、基地司令の井上は地下司令部に在り情報を集めながら各所に指示を出している。


「パヌアツに爆撃機が集まっていると言う情報は掴んではいたが、150機ものB17を二ヵ月足らずで集結させるとはな、そして海軍と陸軍が仲良くお出ましとは羨ましい限りだ……」


 井上はエルディウム装甲板で囲まれた地下司令部の司令席に座り、送られた資料に目を通しながら皮肉気に言葉を漏らす。


「全くです……敵編隊はパヌアツ島サントコペア基地から飛来したと思われるB17爆撃機150機、そして軽空母の艦載機F4F戦闘機25機程と推定されます、戦闘機の数でこそ有利ですが、なに分敵はあの大空たいくうの要塞です、零戦と言えど練度不足の基地航空隊で防ぎ切れるかはーー」

「防ぎ切らねばならん、再び此処が落ちれば米国の戦力の全てがキルバード諸島に向けられる事になる、そうなれば遅かれ早かれキルバードは落ちる、キルバードが落ちれば次はトーラク、パレオ、フィルピリンと芋づる式に落ちる事になるだろう、そうなれば後は本土決戦しかなくなる……この意味が分かるかね?」

 

 井上は気弱な発言をした参謀を鋭い眼光で見据えながら低い声で言葉を発する、本土決戦、其れは即ち皇国の滅亡を意味する……。


 井上の鋭い眼光と発言に参謀は押し黙り下を向く。


「……希望は有る、予定通りなら第十一艦隊の飛鷹と隼鷹が新型零戦・・・・を乗せて戻って来ている筈だ、その戦力が加われば防衛は決して不可能では無い」

「なるほど確かに!」

「待って下さい! 新型零戦の搭乗員は輸送船で基地に到着していますが、今から飛鷹と隼鷹に送っても間に合いません!」

発艦要員・・・・の搭乗員にそのまま戦って貰う、慣れない機体だろうが飛鷹と隼鷹に配属されている搭乗員なら此処の搭乗員しんまいより優れているだろうからな」


 そう言うと井上は腕を組み口角を上げる、その言葉を受け参謀達は顔を見合わせると納得した様に頷き合う。


 基本的に基地航空隊の航空機搭乗員達は離着艦が出来ない、いや正確に言うならば戦前から配属されている古参の搭乗員で有れば基地航空隊員であっても離着艦訓練を受けているから出来る。


 然し開戦以降に配属された基地航空隊員に離着艦訓練を施す余裕は無く離着陸訓練のみを行っているのである。


 離着艦訓練は離着陸訓練より遥かに高い技量が要求され訓練中の事故も多い、その為訓練による喪失と訓練期間の長期化を嫌った海軍上層部は艦上航空隊と基地航空隊の教育課程を完全に分離させたのである。


 その為基地航空隊の隊員達は輸送船で現地に赴き愛機の到着を待つ、そして空母で輸送されて来る航空機は其の空母に配属されている航空機搭乗員によって発艦し基地まで届けられるのである。


 尤も、大きな港湾施設の有る基地で有れば空母に設置されているクレーンで直接陸揚げされる事も有るが、都市計画の頓挫したルングには其処までの規模の港湾施設は残念ながらまだ無い。


 因みに当初は自力で基地間を飛行する方法も取られていたが先導する観測機要員の質が落ちた為に、行方不明になる事が有った為、今の方法に落ち着いている。


 そうして手厚く集められたルング基地航空隊で有るが、その練度はお世辞にも高いとは言えず、200機近い大編隊を防ぎ切るには聊か不安があった。

 

 とまれ、逃げると言う選択肢を選べない以上、日輪軍のやるべき事は只一つ、死守で有る。



 ====戦艦大和後部航空機格納庫====


 慌しく整備員が機体の確認をする中、11名の隊員達が大和航空隊隊長『毛利もうり 元政もとまさ』とボサボサ頭の丸メガネの青年、技術科長の『平賀ひらが 源治げんじ』に対面し整列している。


「現在南方パヌアツから飛来したと思われるB17編隊150機とF4F編隊25機がルング基地に向け接近中だ、今回の出撃からかねてより懸念で有った航続距離の問題を解決した改装と新型増槽を搭載しての戦闘となる、その為技術科長の平賀技術少尉に来て貰った、少尉頼む」


 普段の温和な口調では無く、真剣な溌溂とした口調で言葉を発する毛利は横にいる平賀に発言を促す、すると平賀は面倒くさそうにボサボサ頭を掻くと白衣のポケットに手を入れたまま猫背姿勢で口を開く。


「あー……はい……それじゃあ説明します……今回瑞雲の動力回路と推進機の伝達回路を弄り900kmだった航続距離を1400kmまで伸ばす事に成功しました、勿論性能は維持した上でね……加えて新型増槽は容量を今までの1000kmから1400kmに増やし且つ機体形状に合わせて特注したもので空気抵抗を抑えた密着型になります、その為理屈の上では・・・・・・増槽を装着したまま空戦を行う事が出来る筈です……勿論今まで通り投棄する事も可能なのでご安心を……これで良いですか……?」


 平賀は言葉の頭と最後は面倒臭そうにしたものの、説明時には流調に喋っていた、その説明に納得した様に毛利が頷く。


「おお! 其れはつまり航続距離が今迄の1.5倍になったと言う事かっ!?」

「空戦時にも増槽を投棄しなくて良いなら行動範囲は実質2倍になったと言っても良いですね、素晴らしい!」


 平賀の説明に武田が拳を握り歓喜し、冷静な上杉も少し興奮している。


 然も有ろう、増槽を抱えたまま戦闘出来ると言う事は、今まで半分以上蓄力が残っていても投棄せざるえなかった粒子を全て使えると言う事である。


 其れは即ち機体に搭載される蓄力総量が純粋に3倍になったと言っても過言では無く着艦時に通常の機体より蒼粒子を消費する瑞雲にとっての恩恵は計り知れない。


「……まぁ……とは言っても、軽量化を重視した新型増槽に防弾能力は無いから……蒼粒子が残ってる状態で下から撃ち抜かれでもしたら……蒼粒子残量分の爆発に巻き込まれるから注意が必要だね……」


 平賀が白衣のポケットに両手を突っ込んだまま聞き捨てならない事を気だるげに話す。


「はっ! 撃たれんのが怖くて戦闘機に何ざ乗れっかよ! 時間が勿体ねぇ、とっとと行こうぜ!」

「私も賛成です、B17は頑丈と聞きます、なるべく早く迎撃に出ませんとーー」

「落ち着いて下さい、まだ出撃は下令されていませんよ……」


 織田が口角を上げ歯をむき出しに獰猛な笑みを浮かべ右拳を左手で受けやる気を見せる、それに斎藤も食い気味に賛同するが上杉が冷静に諫める。


「え、いや、今のかなり重要な事ですよね? つまり新型増槽って防弾保護の無い蓄力炉が剥き出しになってるって事だから……爆弾を抱えて飛ぶのと同じって事何じゃ……?」

「ああ……君、良い事言うね……その通りだよ……だから危ないと思ったら投棄した方が良いよ……特注の高価な物・・・・・・・だけれどね……」


 不安そうに発言した立花の言葉を平賀が気だるげに肯定する、が、『高価な物』と言うくだりの言葉は強調され光る眼鏡の奥の眼光が立花を捉え、暗に『気軽に投棄するな』という圧を感じる……。


「ふん、死を恐れて尽忠報国の義を忘れるなんて、所詮異人・・ね、そんなに死ぬのが怖いならさっさと増槽棄てて米国まで逃げ帰れば良いのよ!」

「……っ!? 僕の帰る場所も家族も日輪に在ります、其れを護る為には危険を見過ごし無駄死にする訳にはいかないだけです……」

「……なっ!? 無駄死にですって! アンタ私がーー」

「その辺にしておけ斎藤、出撃前だぞ? それに立花の発言は間違ってはいない、そもそも今迄の増槽の投棄は重量と空力の問題だけでなく安全確保の為でも有った、新型増槽はその重量と空力の問題を解決しているに過ぎない、危険だと判断したら各機の判断で投棄も脱出もして良い、この中で最も高価な特注品・・・・・・は我々人間であると言う事を忘れるな」


 真剣な表情で語る毛利は高価な特注品・・・・・・の件で平賀を睨みつける、それを受けて平賀はピクリと反応するとバツが悪そうに顔を逸らし「だから危ないと思ったら投棄した方が良いよってちゃんと言ったじゃないか……」とブツブツと独り言ちている。


 その時艦内スピーカーから如月の声が響く。


『艦橋より航空隊各員へ通達、司令部より大和航空隊へ敵航空部隊迎撃が下令されました、速やかに全機出撃を開始して下さい、繰り返しますーー』


「来たか、是より我が隊は敵航空部隊の迎撃任務に突入する、出撃は機番順、各自速やかに分かれっ!!」


 毛利の溌溂とした号令に各員弾かれる様に愛機へと向かう。


 ・

 ・

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 時刻10:35天候快晴、ルング基地航空隊はガーナカタル南東250kmの海上にて米航空編隊を捕捉していた。


「良いか、先ずは一斉射を浴びせる、その後F4F野良猫は極力無視してB17でかぶつを狙え! 図体に惑わされて距離を見誤るな、可能な限り接近して撃たんと奴には効かんぞ!!」


 連隊長の言葉に全員が黙って頷き、前方から接近するF4Fを睨み付け機銃の引き金に親指を掛ける。


 刹那、互いが一斉に射撃し1機の零戦と3機のF4Fが墜ちて行く。


 そして零戦隊は反転するF4Fには目もくれず一斉にB17に向けて突進する。


 するとB17から艦船の対空砲火を思わせる銃撃が発せられ御世辞にも練度が高いと言えないルング基地航空隊を阻む。


 何機かの零戦は怯んだか距離を誤ったか遠距離から銃撃を行うがB17には余り効いていない様であった。


『くそ、固い! 本当に航空機かこいつ等!』 

大空の要塞フライングフォートレスと宣うだけ有るな……!』

『それに艦船並みの対空砲火だ、機銃何丁積んでやがる!』


 年若い搭乗員がおののくのも無理はない、全長50メートル全幅60メートルの防弾板に守られた四発機、其れに備えられた機銃座は計18門である。


 正に空飛ぶ要塞の名に相応しい重爆撃機であった。


 だが其れでも適正距離で20㎜機銃弾を受ければ損傷はする、その証拠に古参操縦士の駆る零戦は次々と大空の要塞を海に叩き落している。


 反面、未熟な操縦士の乗る零戦は一機、また一機とF4FとB17の餌食となり墜ちて行く……。


『く、くそっ! 野良猫がケツに付いて離れない! た、助けてくれぇええ!!』


 運動性能ではF4Fを凌駕する零戦であるが、其れは熟練搭乗員が操縦した場合の話である、未熟な搭乗員では零戦の運動性能を生かし切れず簡単に先を読まれ背後を取られてしまうのである。


 次の瞬間、乾いた射撃音と共に機体が弾け落ちて行く、然し其れはF4Fで有った。


『ぞ、増援か、た、助かった!』


 助けられた零戦の搭乗員が見たのは零戦と似ているが少し違う6機の機影、瑞雲の姿で有った。


『武田、上杉、織田はB17でかぶつを、斎藤と立花は俺に続いてF4Fのらねこを落とせ!』


 無線から聞こえる毛利の指示に全員が『了解!』と答えると隊は二つに分かれて其々の任務に就く。


「はっはー! 狙いが見え見え何だよばぁかっ!!」


 織田は歯を剝き出しにして口角を上げ叫ぶとB17の側面に突撃し左翼の推進機を2基とも撃ち抜き機体を横に向け旋回すると今度は右翼の推進機も撃ち抜く、一気に全ての推力を奪われたB17は力なく高度を下げ墜ちて行った。


 武田と上杉も其れに続き次々と巨大なB17を墜としていく。


 毛利達3機も順調にF4Fを墜として行き大和航空隊が到着して僅か30分でその数を半数の13機に減らしていた。


『あいつらすげぇな!』

『ああ、野良猫はあいつらが引き付けてくれている、今の内にB17でかぶつを全機叩き落せ!』

『間合いに慣れて来た、頂だーー』


 零戦の搭乗員がB17に照準を定め正に撃たんとした次の瞬間、乾いた射撃音と共に風防が吹き飛び操縦席が血で染まる。


『な……!? どこから……ぐわぁっ!!』

『は、早い! 何だこいつ等……う、うわぁあああああ!!』


 零戦を圧倒する速度で一撃離脱を繰り返し次々と日輪軍機を墜としていく3機の黒い双発機、それはXF6Fブラックスペクターであった。


 毛利達も異変に気付き黒い機影を目で追いかける。


『隊長、あれは……!』

『ああ、米国の新型戦闘機だ、早いぞ気を付けろ!』

『鬼畜米帝、よくもぉ!!』


 斎藤はXF6Fを睨みつけ叫ぶと猛然と突っ込んで行く。


 然し斎藤機に気が付いた1機のXF6Fが急上昇し距離を取る。


『う、くぅ、おのれぇ……!!』

『駄目です斎藤さん、罠です!!』


 斎藤はその機の後ろを取るべく追撃し自身も急上昇を掛けるが直後、立花が叫ぶ、然し時すでに遅くXF6Fの2機が斎藤機の背後に取り付いていた。


「さ、斎藤さぁん! ううぅ後ろに2機ぃ!!」

「なっ!? しまっーー」

『《頂きだぜジャップーー》』


 斎藤機の副操縦士、塩谷が上ずった声で叫び、斎藤も自身の失策に気が付いた、その時XF6Fのパイロットは下卑た笑みを浮かべトリガーに指を掛ける、然し次の瞬間横から射撃を受けギリギリで躱す。


『《ちぃぃっ! イイ所で邪魔しやがって!》』


 其れは立花機が真横から射撃したものであった。


 続いて毛利機も援護に入り斎藤機は危機を脱する。


 その時、立花機がXF6Fの1機に向け猛然と突進する。


『よせ立花! 斎藤の二の舞だぞ、隊列をーー』


 毛利がそう叫んだ時には立花機は先程の斎藤同様2機のXF6Fに背後を取られてしまっていた。


 毛利機と斎藤機が援護に向かおうとするが、好機と睨んだF4F数機が毛利と斎藤に襲い掛かる。


「《ハハハ! やっぱりジャップは馬鹿ばかりだなぁ! 今度こそ頂きだぜ!!》」


 XF6Fのパイロットは再度下卑た笑み浮かべ舌なめずりをしながらトリガーに指を掛ける。


 その時、立花機の推進機の光が小さくなり機首が上を向いた……。


「《なにぃホワッツ!?》」


 推力を落とした立花機は機首を上に向けたまま高度を下げる、突然の事に反応が遅れたXF6Fの視界から立花機が消えた……。


 刹那、時間にして0.5秒もない好機、立花機の前方を無防備に腹を晒すXF6Fが通る、立花の鋭い眼光が妖しく光った瞬間、乾いた射撃音が蒼空そうくうに響き渡る。


 するとXF6Fの機体下部の機首から機尾まで瞬時に穴が空いて行き直後、推進機が二基とも吹き飛んだ。


 次の瞬間には立花は機敏に手足を動かし機首を水平に戻すと推進機を最大に噴射させ一気に速度を加速させた。


『《トッシュがやられたっ!?》』

『《な……っ!? トッシュ、脱出しろ!!》』

『《だ、駄目だ! 脱出できねぇえええ! 何でだ、何でだよぉ!! くそっフ●ックくそっフ●ックくそぉおおおおっフ●ーーーーック!!》』


 それがトッシュと呼ばれたXF6Fパイロットの最後の言葉となった、機体下部の損傷により脱出装置が故障したXF6Fはパイロットを乗せたまま海面に激突した。


『《くっそぉ! よくもトッシュをぉ! 糞日輪フ●ッキンジャップがぁあああ!!》』

『《よせオルガ! ジークに格闘戦ドッグファイトを仕掛けるな!!》』


 XF6Fの僚機が無線で叫ぶがオルガと呼ばれたパイロットには聞こえないのか猛然と立花機に突っ込んで行く。


「《速度はこっちが上なんだ、少しばかり小回りが利く位で調子に乗ってんじゃねぇぞジャップがぁ!!》」 

「《くそシットっ! オルガの奴……っ! 仕方ない俺もーーなにぃ!?》」


 悪態をつきながらもオルガの加勢に向かおうとしたXF6Fであったが、突如正面に立花機が現れ反射的動作で互いに擦れ違い様に射撃する、銃弾が交差しXF6Fは操縦席左側に数発命中し、立花機も右翼付け根に被弾した、その直後オルガの機体と擦れ違う。


『《くそっ撃たれた……》』

『《ガイル、大丈夫か!?》』 


 一瞬、被弾した僚機を案じたオルガは立花機から目線を切ってしまった、視界を戻した時には既に立花機は宙返りをしていた……。


「《っ!? インメルーー》」


 そうオルガが叫ぼうとした通り立花機は急上昇ピッチアップによる180度反転ループの後180度回転ロールを行う空戦機動マニューバ、インメルマンターンを行っていた。


 インメルマンターンとは第一次世界大戦のゲルマニア空軍パイロット『マクシミット・インメルマン』が生み出した空戦機動で、主に自機と擦れ違った敵機を追撃する為の技術である、即ち……。


『《ガイル、奴の狙いはアンタだっ!! 後ろから来るぞ気を付けろぉ!!》』


 そうオルガが叫んだ時には既に立花機はガイル機に照準を合わせていた……。


「《う、ぐぅ……ちくしょうぉジーザス……》」


 先程の銃撃で負傷していたガイルは苦しそうに言葉を絞り出す、その直後立花機の放った弾丸数発がガイル機の推進機を2基とも吹き飛ばした。


 推進力を失ったガイル機は急速に高度を下げ脱出装置を起動する事も無く海面に激突した……。


「《ガ、ガイル……っ!? な、何だよこれ……は、話が違う……っ!!》」


 そう叫ぶとオルガはUターンを始め、戦線から離脱し始める、XF6Fの最高速度は時速950㌔、対する瑞雲は900㌔、本気でXF6Fが逃げ出せば理論上瑞雲や零戦では追いつけない。


 すると立花機は最大出力で加速すると降下し速度を更に上げる、そして増槽を投下すると一気に急上昇しオルガ機を照準に捉えた。


「《な、何でホ、ホワットっ!? 何で追いつけるんだっ!?》」


 狼狽えるオルガ機に立花は冷静に照準を合わせると射撃するが直後F4Fの妨害が入りオルガ機は推進機を1基吹き飛ばされたものの、辛くも戦線から離脱して行った。


「推進機が1基残った? おかしいな2基ともに命中させた筈なのに……浅かったのかな?」

「如何する、追うか?」

「いや、爆撃機が主目標だから邪魔な敵機の排除を優先しよう」

「了解した」


 そう言うと立花は機首を妨害して来たF4Fに向ける……。


 ・

 ・


「《XF6F-2ブラックスペクターからインディペンデンスへ、損傷した、着艦許可を求む!》」

『《インディペンデンスよりブラックスペクター,着艦許可が下りた誘導に従って着艦してくれ》』


 無線交信を終えたオルガは緊張感は持ちつつも安全圏内に辿り着きホっと胸を撫で下ろしていたが同時に激しい憤りも有った、それは仲間を失った事も有るが其れよりも事前に聞いていた話の内容と現実が全く違っていた事に対してであった。


 本来であれば零戦ジークを圧倒する速度と防弾性能を持つXF6Fの華々しいデビュー戦となる筈であった、数で劣り零戦と相性の悪いF4Fの苦境に颯爽と現れてヒーローの如く勝利をもたらす、そう言う筋書きで有った。


 零戦より100㌔も勝る速度にF4Fと同等の防御性能、そしてF4Fを凌駕する加速力、開戦初期程の練度を持たない零戦などXF6Fの一撃離脱戦術を以ってすれば一方的に蹂躙して終わる筈の戦いであった。


 然し現実はXF6Fが一方的にやられてしまった、それも実質たった一機の零戦ジークにである。


 実際にブラックスペクター隊を壊滅させたのは零戦では無く瑞雲で有るが、姿が似ている両機の区別を敵である米国が見分ける事は難しい、事前に情報でも有れば別であろうが……。


 とにかく、戦果が零戦三機では不味い、XF4Uは一機で三機を撃墜した、三機で三機を撃墜し二機が撃墜されたでは非常に不味い事になるのは腹芸に疎いオルガにも理解出来た。


 何か言い訳を考えないと不味い、そう感じたオルガは必死で頭を回転させる。


 相手のパイロットが凄過ぎた? いや事実だし最大要因で有るがそれでは自分達が無能だと言っている様なモノだ……。 


 相手の数が多過ぎた? 確かに二倍近い零戦は居たが殆どがB17に群がっていた、言い訳にもならない……。


 機体の性能が性能表カタログスペック程では無かった? いやそれではグラウマン社クライアントを怒らせるだけだし調べられたら直ぐ分かってしまう。


 そうこう考えている内に母艦インディペンデンスの後方に来てしまっていた、考え事をしながらでも見事な操縦が出来る自分はやはり優秀だ、等と心の中で自画自賛しながら着艦体勢に入る。


 その時、艦橋の外部デッキに立つ女性の姿がオルガの視界に映った、クリスである。


「《ちっ! 糞悪ぃ!》」 


 そう悪態をついたその時、無事であった筈の推進機が爆発した、日輪の若きパイロットが放った弾丸は確かに2つの推進機に命中していたのだ。


 着艦体勢で推力を失ったオルガ機は体勢を崩し機首から飛行甲板に激突し機体が二つに折れた。


 刹那、オルガの視界に再びクリスが映る、その表情は驚愕では無く歪んだ笑みでもなく、実に美しい微笑みであった……。


「《……っ!? 魔女め……全てお前の仕業かぁああああああああああ!!!》」


 見当違いの絶叫を発するオルガの視界に映るクリスの姿は、見覚えの有る機体によって覆い隠される。


 其れは他でも無い、自身の愛機XF6Fであった。


「《……え?》」


 直ぐに状況が理解出来無かったオルガは間の抜けた声を発するが、自分のいる機首部分に折れた胴体が降って来ていると理解した瞬間オルガの表情は絶望に沈みそれに潰されて絶命した。


 その光景をクリスは手すりにもたれ掛かり頬杖を突きながら微笑んで見ている、下の惨状を知らない者が見れば聖女の微笑だが、其の惨状と合わせてみれば身の毛もよだつ魔女の冷笑であろう……。


「《どうやら、私の出番も早まりそうね……》」


 そう呟く彼女の表情から先程の微笑は消え、物悲しげに憂いを帯びた表情になっていた……。


 だがその憂いは差別主義者オルガの死に向けられたものでは決して無い……。

 

 




 ~~登場兵器解説~~



◆XF6F試作戦闘機・ブラックスペクター


 最大速度:950㌔   


 加速性能:15秒(0キロ~最大速到達時間) 


 防御性能:C 


 搭乗員:1名 


 武装:12㎜機銃×4


 動力:PWR2800-10Wフォトンエンジン


 推進機:双発・PWR2800-6Wフォトンスラスター


 航続距離:2400km+1000km (バッテリータンク)


 特性:艦上運用可


 概要:グラウマン社が開発した次世代主力戦闘機の試作機、XF4Uグレイファントムが革新的な設計で格闘性能を獲得したのとは対照的に、格闘性能は捨てて一撃離脱に特化した設計となっている。


 これは米陸海軍が生み出した対ジーク戦術と性能が合致しており、その他にも生産性、整備性、操縦性等のカタログスペックに出ない面でXF4Uより優れている為、次期主力戦闘機はグラウマン社で程決まっていると言われている。

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