第22話:第三次ソロン海戦中編~~泥沼の海峡

 サヴァ島東20km、時刻23:15 天候曇り 蒼燐粒子乱流・中


 砲声響き渡る漆黒の海峡を息を潜めながら15ノットの速度で航行する4隻の巨大戦艦、大日輪帝国第二艦隊第一戦隊の戦艦扶桑、山城、伊勢、日向である。


 その第一戦隊旗艦伊勢の艦橋頂上の防空指揮所で双眼鏡を覗き周囲を見回す者達数名が居る、服装から見張り員では無く将校で有る事が分かる。


「松田司令、ここは危険です戦闘指揮所かせめて主艦橋にお戻り下さい!」

「戦闘指揮所では戦局を即座に把握する事が出来ん、そして此処が吹き飛ぶ程の攻撃を受けたら主艦橋もどの道ただでは済まんだろう、なら見晴らしの良い此処の方が良い」

 双眼鏡を覗いたまま穏やかな口調でそう言うのは第二艦隊第一戦隊司令『松田まつだ 秋将あきまさ』海軍少将であり46歳と言う若さで戦隊司令を務める有能な軍人である。


「間もなくルング北20km、予定射撃地点です。 ……然し旗艦や僚艦と逸れ電探も頼りにならず、こんな星も島も見えない状況で本当に我々は予定地点に向かえておるのでありましょうか……」


「航海長の腕を信じるしかないさ、どの道僚艦と合流せねば我々は何も出来ん、よもや憶測で陸地に砲弾を撃ち込む訳にはいかんからな」

「……陛下のお言葉ですね」

「ああ、『決して無辜の民を巻き添えにしてはならない』これが陛下の御心だ、陛下の臣たる我々はそれを厳守せねばならん」 

「方位1,3,5距離5000より駆逐艦と思しき艦影見ユ!」

 戦場のど真ん中で穏やかに会話していた松田で有ったが、その報告を聞いて表情を一変させ双眼鏡で報告の有った方位を凝視する。


「……短距離無線で呼び掛けてみろ」

「危険では?」

「無論対策は取るさ、全艦取り舵45,右舷副砲対艦戦闘用意!!」

 松田の指示で4隻の戦艦内に警報が鳴り響き艦内要員が素早く動き出す、艦も一糸乱れぬ艦隊行動で左に旋回し同時に鉄の歯車の音を響かせながら右舷副砲を暗闇の先に潜む不明艦に向ける。


「……応答は有ったか?」

「いえ、呼び掛けていますが応答有りません!」

「不明艦、此方に急速接近!!」

「司令っ!?」

「この針路に友軍が展開している可能性は低く呼びかけにも応じず急速接近、か。 ……不明艦を敵と断定する! 全艦右舷副砲撃ち方始めっ!!」

 松田の号令の下、日輪戦艦4隻の側舷副砲が一斉に火を噴いた、程なく砲弾は弾着し複数の水柱を立ち上げるが、その本数が明らかに多い事に松田は即座に気が付き疑問を持つ。


「何だ? 我々以外が不明艦に攻撃しているのか?」

 松田の胸中に疑念が生まれ、自身の判断の過ちを思考した次の瞬間、不明艦が此方に向けて発光信号を発信して来たのである。


【撃つな ワレ ユウダチ】


「っ!!? いかん!! 砲撃中止!! 直ぐに砲撃を止めろっ!!」 

 普段は冷静沈着な松田で有るが、この時ばかりは焦りを露わに慌てて攻撃中止を指示する、迅速な対応も有り同士討ちと言う最悪の事態は避けられ松田は両手で手すりにもたれ掛かり大きく息を吐いた。


「夕立後方より不明艦接近、数2……いや3っ! 夕立と交戦に入りました!」

「援護射撃は出来るか?」

「入り乱れて戦っているので難しいですね……」

「副砲は何時でも援護出来る様そのまま待機、周囲の警戒を厳としてくれ、特に夕立を砲撃していた敵艦、あれは何処から……」

 松田が思考を巡らせていたその時、突如日輪戦艦周辺に巨大な水柱が十数本立ち上がった。


「な、何事かぁっ!!」

「え、遠距離からの砲撃と思われます!!」

「落ち着け! 全艦最大戦速! 左舷砲撃戦用意!!」

 突然の砲撃を受け日輪戦艦隊が蜂の巣を突いた様な騒ぎとなる中、松田は冷静に指示を出し次の一手に思考を巡らせる。


「司令、現在我が艦隊は対地攻撃用の『対地榴弾』を装填しております、徹甲弾に換装した方が良いのでは?」

「ん……いや、今の砲撃は明らかに戦艦だった、この海域に進出している米戦艦なら例の新型艦・・・・・の可能性が高い、そうで有ればどのみち46㎝砲の徹甲弾では装甲を抜けんだろう……」

「だ、だとしたら逃げ……あ、いや転身・・した方が良いのでは!?」

「……正直そうしたいのは山々だが、今の砲撃を見る限り完全に捕捉されている、速度的にも逃げ切れる可能性は低いだろう……(それでも扶桑と山城の事を考えるならば逃げ切れる事に賭けるべきか、手数を武器に挑むにしても小型艦艇無しにどうやって敵の位置を割り出すか……この状況で照明弾をばら撒く事は自殺行為だ……流石に手札が少な過ぎる)」

 松田は眉間にしわを寄せ思考を巡らせる、通常夜戦の場合、主力打撃艦隊の周囲に展開する駆逐艦等の小型艦艇が索敵を行い敵の位置を割り出す『目』の役割をする、電探レーダーによる哨戒や索敵は近年実用化されたもので有り、艦隊規模での運用は開戦後に開始された新戦術である為、日米共に試行錯誤中でありソロン海域やオストラニア周辺の様なフォトン粒子が乱れる地域では使い難いと言う欠点も浮上している。


 また照明弾をばら撒くのも一つの方法では有るが、夜の海の光は思いのほか遠くまで見える為、孤立している第二艦隊の状況だと距離的に味方より周囲の米艦隊を一斉に引き寄せてしまうリスクの方が大き過ぎるのである。


 その時、再び第二艦隊の周囲に巨大な水柱が立ち上がり、そして轟音と共に爆炎も立ち上がった、松田が音のした方向に振り向くと僚艦日向の後部から爆炎が立ち上がっているのが見て取れた。


 日向は4番主砲塔に直撃し砲塔が吹き飛び即応弾が誘爆したのか炎上している、その時、松田の視界に一条の光が飛び込んで来る、それは爆炎の袂、僚艦日向から放たれた探照灯サーチライトの光で有った。


「なっ!? 日向から探照灯照射だと!? 大林艦長か……」

 松田が沈痛な面持ちで呟く、この状況で探照灯を使用する事は攻撃が集中しかねない非常に危険な行為で有る、が、敵の位置を特定するには必要不可欠な行動でもあった、損傷し火力が落ちた日向の艦長大林中佐は即座に其れを自分達が行うべきと判断し危険を顧みず自ら引き受けてくれたのだと大林を良く知る松田は察していた。


 そして自艦に受けた損傷から敵の大凡おおよその位置を割り出した日向は的確に米戦艦へと探照灯を向けていた。


「敵戦艦位置判明、方位1,1,2,距離9200! 反航20ノット!!」  

「っ!? よし、日向の行動を無駄にするな、左舷反航戦、撃ち方はじめ!!」

 松田の指示の下、日輪戦艦隊の主砲が一斉に火を噴いた、特に扶桑型の片舷8基16門の火力は46㎝砲ながら凄まじく大気を震わせ水面を押し退け16発の砲弾を高速で飛翔させた。


 就役から二十余年、欠陥戦艦と揶揄されながら幾度も工廠で改修を受け耐え忍んだ艦の晴れ舞台で有り其れを知る両艦の艦長の瞳には熱いものが込み上げていた。


 日輪艦隊が放った砲弾は命中弾こそ無かったが数発が至近距離に着弾し米戦艦の動き鈍らせる。


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「《くそシット日輪軍ジャップの鬱陶しいサーチライトを今直ぐ潰せぇ!! 電探射撃の精度を上げろ!!》」

「《し、然しあの、艦長……》」

「《黙れ!! 通信兵風情が艦長である私に意見をするなぁ!!》」

 日輪艦隊の反撃の正確さに驚いたノースカロライナ艦長ベンソン・J・ガブリエルの怒号が艦橋内に響き渡る、艦橋員は素早く指示に従う行動を取るが艦長の視界外では呆れたような表情をする者や肩をすくめる者が多数おりベンソンが尊敬される艦長では無い事が窺える。


「《そんなに怒鳴らなくても聞こえてるって親父ダッド……》」

「《っ!? 艦長キャプテンと呼べと言っているだろう、ヴィクター!! 砲術長、次弾装填はまだなのか!?》」

「《あ、はい! い、今完了したようです!》」

「《ならさっさとあの鬱陶しい日輪軍ジャップの艦を沈めろ!!》」

 目を吊り上げ怒鳴り散らすベンソンにヴィクターは呆れた様に溜息を付くと横にいる砲術長に向け半目で苦笑いをする、それを受けた砲術長もヴィクターに苦笑するが、直ぐに真剣な表情で正面に向き直ると砲撃指示を出した。


 ノースカロライナが放った砲弾は日輪戦艦日向の左側舷中央と後部主砲塔に命中し爆炎を立ち上げるが日向は怯むことなく探照灯サーチライト照射を続けていた。


 続けてサウスダコタも射撃をするがその砲弾は全て日輪戦艦から離れた場所で水柱を立ち上げるだけであった。


「《何だあの無様な砲撃は! サウスダコタは何をやっている!?》」

「《それが、先程の日輪駆逐艦からの砲撃で測距儀を損傷した様です……》」

「《ふん! インディアナと言いサウスダコタと言い合衆国ステイツ最新最強の戦艦を駆りておきながら駆逐艦如きにしてやられおって……》」

 そうベンソンが言い終わる前に突如轟音が響きノースカロライナの左舷中央に2本の水柱が立ち上がり徐々に左に傾き始める。。


「《ぬおおお!? な、何事だぁっ!?》」

「《ぎょ、魚雷です!! 左舷18ブロックと28ブロックに被雷、浸水が発生しています!!》」

「《ば、ばかなっ!? 何故だ!! 何処からだ!!》」

「《……本艦7時方向距離6000メートルからです》」

「《なっ!? 距離6000だとぉ!? この無能めがっ!! 何故報告しなかった!!》」

「《……っ!? しようとしましたが『通信兵風情が意見をするな』と仰られたので……!》」 

「《う……ぐ……ほ、報告を怠れとは言っておらん、この……》」

「《いい加減にしろ親父ダッド、今は言い争っている場合か? 他にやる事は山ほど有るんじゃないのか?》」

 憎悪の眼でベンソンを睨む通信兵と顔を真っ赤に血走った目で歯をむき出しにしているベンソンの間に割って入ったのはヴィクターであった、呆れ果てた様な半目でベンソンを見据え諫める。



「《ぐ……。左舷の日輪駆逐艦ねずみを沈めろ!! 今直ぐにっ!!》」

「《っ!? 親父ダッドそれも必要だが、その前にダメコン指示が先じゃないか?》」

「《ぐっ! い、今やろうとした所だ! 浸水ブロックの隔壁閉鎖! 被害状況を知らせっ!! 右舷に注水し復原を急がせろ!!》」

「《……余計なお世話だろうけど、負傷者の救出もな》」

「《そんな事は放って置いても兵共が勝手にやる、やらんなら私の知った事では無いっ!!》」

「《っ!?》」

 そのベンソンの発言を聞いた瞬間、ヴィクターは僅かに目を見開くと少し悲しげな表情をした後そっと目を伏せ僅かに拳を握り締める。


「《……なぁ親父ダッド、これ以上俺を失望させないでくれ、リー提督も俺を失望させたくて態々親父ダッドふねに乗せてくれた訳じゃ無い筈だぜ?》」

「《ヴィクターお前……っ!? それが親に対する……》」

 ベンソンが血走った眼でヴィクターを睨み付けた次の瞬間、複数の水柱が立ち上がったかと思うとノースカロライナの艦上から次々と爆炎が上がった。

 

 日輪戦艦隊の砲撃が数発直撃したのであった、徹甲弾では無かった様で艦体に大きな損害は無かったものの、この攻撃で左舷副砲2基が大破し弾着点から火災が発生していた。


「《か、艦長、リー提督より【取り舵反転しつつ応戦せよ】との指示が有りました!》」

「《む!? リー提督が? ……と、取り舵反転、右舷対艦戦闘用意!!》」

 リー提督名前が出たとたんベンソンの勢いが衰え直ぐに指示通り反転を命じノースカロライナとサウスダコタは弧を描き反転を始めた、その目的は狭まりつつある日輪戦艦の散布界からの離脱と進行方向距離15000より接近中の豪州艦隊との合流であった、重巡4隻、軽巡4隻、駆逐艦8隻の艦隊である。


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 この時、先程ノースカロライナを雷撃した夕立は米戦艦隊から距離7500まで離れていたが逆に豪州艦隊には近づいてしまっていた、しかし夕立の旧式電探にはその艦影はまだ映っていなかった。


「このまま米戦艦から距離を取り、距離9000でもう一度魚雷の再装填を行う、各自先程の通り熟してくれ!」

 夕立の艦橋では吉川少佐が細かく指示を出し、艦内では予備魚雷の再装填作業の準備が行われていた(再装填作業は距離を取り速度を落とした上で行う)米駆逐艦との戦闘で魚雷を撃ち尽くした筈の夕立が米戦艦を雷撃出来たのは予備魚雷を再装填したからであった。


 だがこの再装填は容易い事では無く戦艦隊を守る為に取り敢えず2本を再装填し米戦艦ノースカロライナに放ったのである。


 この時吉川は米戦艦の反撃は必至であり死を覚悟していたのだが何故か米戦艦は無防備に魚雷を受け2艦とも反撃をして来なかったので命拾いをしたのであった。


 ノースカロライナが無防備であった理由は言わずもがなであるが、サウスダコタの方はそもそも照準器が破損しており暗闇に潜む駆逐艦の相手は非常に難しい状況にあった、其の為、副砲レーダー射撃が使えるノースカロライナに任せる事にしたのであるが、まさか無防備に被雷するとは然しもの知将リーでも読み切れなかったのであろう。


 『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である』と言う名言を物の見事に体現してくれたという事である……。 

 

 一方で日輪戦艦隊は夕立の援護射撃で米新鋭戦艦と対等の戦いを行う事が出来ていたが、艦中央と6番主砲塔に直撃弾を受けた日向の被害は甚大であった。


 既に艦は30度程左に傾斜し注水による復原も限界に達していた、ノースカロライナの58㎝砲弾は日向の450㎜側舷装甲を易々と貫通し蓄力炉2基を損傷させ速度が大幅に低下していた、そして傾斜により射撃も不可能となり浮かぶ灯台に近い状態となっている。


「……日向は限界だな下がらせろ、探照灯照射は本艦が引き受ける!」

「了解で有ります!」

「敵戦艦隊針路反転!」

「ふむ、探照灯照射開始! 砲撃を敢行しつつ左舷同航戦用意!!」

 松田の指揮の下、日向に代わり伊勢が探照灯照射を行うと日向は徐々に戦列から離れて行く、同時に残り3隻の艦内では慌しく砲術科要員が書類を取り出し同航戦の弾道計算を始めていた。


 米戦艦2隻も反転と同時に主砲塔を右に旋回させている、そして日米両艦隊は程同時に主砲を射撃し刹那砲弾が交差する、次の瞬間両艦隊周囲に複数の水柱が立ち上がると同時に爆炎が立ち上がったのは米戦艦ノースカロライナであった。


 日輪戦艦の放った砲弾はノースカロライナの二番主砲防盾に直撃するが損害を与える事は出来ていなかった、しかし艦橋直前で立ち上がった爆炎にベンソンは尻餅を付いて青くなっていた。


「《……っ!? こ、ここは危険だ! CIC(戦闘指揮所)に移動する、ヴィクターお前も来い!!》」

 ベンソンが血の気が引き恐怖に歪んだ表情のまま上ずった声を上げ慌てて艦長席から立ち上がり艦橋から立ち去ろうとしたその時、耳を劈く音が聞こえたと同時に艦橋が爆炎に包まれ艦橋要員達が吹き飛ばされる。


「《う、ぐっ……! ……親父ダッド……!》」

 ヴィクターは奇跡的に掠り傷で済んだが他の艦橋要員達は殆どが倒れており動いている者は通信員1名と航海士1名だけであった。


「《親父ダッドっ!? そんな……嘘だろ……》」

 ヴィクターの視界に目を見開いたまま血塗れとなり動かなくなったベンソンの姿が映る、ヴィクターは物言わぬ骸となった父に視線を震わせ立ち上がる事も出来ないでいた。


「《……さ! ガブリエル少佐っ!! しっかりして下さい! 艦長も副長も砲術長も亡くなられました……現在の最高階級は少佐になります、ご指示を!》」

 茫然自失とするヴィクターに声をかけて来たのは年若い通信員の青年であった、先程ベンソンと睨みあった通信員『ジム・マクガーソン』伍長である、その後ろには左腕と頭部から出血し左腕を右手で抑えほぼ露天状態と化した艦橋に吹き込む強風に何とか立っている状態の航海士の男性が居た、


「《……通信機は使えるか?》」

 そのヴィクターの言葉にジムは即座に反応し比較的無傷そうな通信機を調べ始め「《使えます!》」と答えた。


「《よし、先ずはCICに繋ぎ操舵を其方に委譲、針路2,9,2を指示してくれ、あと此処に衛生班を寄越す様に……それから、本艦の現状をサウスダコタに伝える様言ってくれ……》」 

 先程の攻撃で艦の舵が大きく左に逸れている事を感じたヴィクターは艦体中央にあるCICに待機中の補助要員に連絡させ、その後の細かな指示を出す、彼らはこう言う事態に備えている司令室要員であり、操舵手、通信員、航海士等が一通り揃っているが指揮権限を持つ者は居ない。


「《……OKです、全て少佐のご指示通りに伝えました》」

「《……よし、次は上の射撃指揮所は無事なのか確認してくれ、そこの君は動けるか?》」

「《はい、何とか……!》」

「《良し、なら済まないが衛生班が来るまで生存者の確認をしてくれ……》」 

「《了解ですイエッサー!》」

「《少佐、数名が負傷しているらしいですが射撃指揮所は健在です!》」

「《そうか……! 俺は射撃指揮所に上がって操艦と射撃指揮を執る、君も付いて来てくれ》」

 そう言うとヴィクターはおもむろに立ち上がり悲しげな表情でベンソンの遺体を一瞥するとジムを伴って艦橋を後にする。


 ・

 ・


「《カブリエル大佐が戦死したと? 何という事だ……》」

「《現在、艦の指揮はご子息のガブリエル少佐が執っているとの事です》」

「《カブリエル少佐は士官学校を卒業したばかりだったな、重責だろうがやって貰うしか無いか……》」

 サウスダコタの艦橋でベンソンの訃報を聞いたリー提督は痛まし気に目を伏せる、しかし脇に控えていた副官は嘲笑を浮かべ鼻を鳴らし肩を竦めると半目となり口を開く。


「《はてさて、金とコネで階級を買った男の息子に艦の長が勤まりますかな?》」

「《……よさないか、それより日輪艦の手数が多い、4隻であの手数と言う事はフソー級である可能性が高い ならばサーチライト照射の艦は後回しにフソー級を狙うよう指示してくれ》」

 リー提督は眼鏡に手をかけ副官を一瞥し諫めると紳士然とした姿勢を崩さぬまま落ち着いた口調で指示を出す、開戦前から米海軍の仮想敵国である日輪海軍の軍艦の性能を研究し把握していたリー提督は、日輪戦艦扶桑型の欠陥を看破していた、軍艦の知識の有る者が見れば扶桑型の外観や砲配置からその欠陥は浮き彫りとなってしまうのである。


 一方扶桑と山城の艦内は士気高揚極まっていた、就役以来度重なる改装の為、海上より工廠に居る事の方が多く正面から見た形状が下膨れの様な外観から『あざらし』や『おたふく』と揶揄され嘲笑されて来た扶桑と山城が米最新鋭戦艦を相手に一歩も引かず奮戦しているのである。


 砲手の中には感涙し目を拭いながら装薬を詰める者も少なくなかった、艦橋で片舷8基16門のつるべ撃ちの様を眺める艦長達も身を乗り出し満足げな笑顔をこぼしている。


 この時誰もが錯覚に陥っていた、事前に一隻が照準装置を破損していた事、駆逐艦夕立の活躍、そして何より砲撃を一手に引き受けていた日向の存在。


 そのどれが欠けても扶桑と山城の奮戦は在り得なかった、扶桑型の欠陥は事実であり『決して攻撃を受けてはいけない戦艦』で有る事もまた事実だからだ。


 そして米戦艦は『決して攻撃を受けてはいけない戦艦』にその照準を定めて射撃を開始する、然しその攻撃は全て外れ空しく水柱を立ち上げる。


 返礼とばかりにつるべ撃ちされた日輪戦艦の砲撃は米戦艦の副砲や非装甲部の艦体を吹き飛ばし爆炎を立ち上げる。


 それを見てより歓喜し沸き立つ扶桑と山城の乗員達は完全に浮き足立ちまるで浮沈要塞に乗っていると錯覚していたのである。


 爆炎に包まれながらも砲身を日輪戦艦に向け射撃準備を完了した米戦艦ノースカロライナが誤差を修正し指揮を執る年若き青年が射撃命令を出す、するとノースカロライナの3基9門の主砲がつるべ撃ちされ、秒速1200メートルで飛翔する砲弾は吸い込まれる様に扶桑の舷側前部と中央に当たると泥の様に穴を空け内部に侵入した。


 刹那、扶桑の艦体が膨張し朱く溶解した次の瞬間、凄まじい閃光の後に強烈な爆風が海面を抉りながら周囲を襲った、扶桑の後方600メートルに展開していた山城はマストと艦橋の一部が吹き飛び前方800メートルに展開していた伊勢もマストが吹き飛び艦が大きく揺れた。


 その直後、海面や艦上に扶桑を構築していたであろう残骸が広範囲に降り注ぎ水柱と金属音を響かせている、余りにも大き過ぎる爆発の規模に日輪軍だけでなく攻撃した米軍も絶句していた。 


 ノースカロライナの放った砲弾は扶桑の前部主砲弾薬庫と左側舷主砲弾薬庫及び機関室を貫き誘爆を引き起こした、浮力に余裕の無かった扶桑は弾薬庫や蒼燐蓄力炉の防御隔壁をも犠牲にしており、其の為にほぼ全ての弾薬庫が連鎖的に誘爆しそれに損傷した蒼燐蓄力炉が巻き込まれてしまった、即ち『疑似・・水晶爆発』引き起こしてしまったのである。


 これにより扶桑は文字通り木っ端微塵となり搭乗員全員死亡と言う日輪海軍史上最悪の戦没艦となってしまったのである、唯一の慰みは搭乗員が感涙したまま苦しむ事無く逝けた事であろうか……。

  

 ・

 ・ 

 

「今の凄まじい爆発音と閃光は何だっ!?」

「分かりません、方角的には第二艦隊の方だと思いますが……」

 扶桑の大爆発の音と閃光は当然9000メートル先で停止し魚雷の再装填をしていた夕立にも届いていた、然し疑似・・水晶爆発を見た事のある人間などそうは居ないため誰もあの閃光が疑似水晶爆発だとは気付け無かった、軍艦であっても通常蒼燐機関は堅固に防御されている為、そう易々と爆発を起こしたりはしないからである。


 因みに動力炉に搭載されている蒼燐水晶と違い蓄力炉や蓄力機に搭載されている蓄力水晶の爆発には空間凝縮は起こらず疑似水晶爆発と呼ばれ、ただ単純に残蒼燐粒子分の反発爆発を引き起こすだけである、我々の世界で言うならば燃料タンクへの引火の様なものと言える。


「艦長! 針路2,7,0距離6200より複数の艦船が接近中です!!」

「正確な数は分らんか?」

「少なくとも巡洋艦、駆逐艦共に6隻以上!」

 夕立の通信員が悲鳴に近い声で報告すると艦橋内の空気が凍り付いた、方向から味方で無い事は明らかであり最低でも12隻(実際は16隻)の敵艦と遭遇した事になる。


「艦長、気付かれていない可能性も有ります、このままやり過ごした方が宜しいのでは?」

「だがそれでは第二艦隊が奴らと遭遇してしまう、全ては無理でも少しでも数を減らして置きたい……魚雷の再装填の進捗はどうなっている?」

「……2本目の装填が間もなく完了するそうです!」

「十分だ、機関始動、針路そのまま両舷第四戦速! 左舷砲雷撃戦用意!!」

 吉川より語気鋭く下された指示に搭乗員は機敏に応え日輪駆逐艦[ゆうだち]は漆黒の海原を駆け出し波頭を切り裂き只一隻、豪州艦隊に立ち向かって行った……。

 




 ~~登場兵器解説~~



◆伊勢型戦艦


 全長310メートル 全幅42メートル 速力40ノット 


 側舷装甲:450㎜VH(最大厚防御区画55%)


 水平装甲:220㎜VH(最大厚防御区画54%)


 武装:46㎝45口径連装砲6基 / 20㎝45口径単装砲16基 / 28㎜連装機銃18基


 主機関:ロ号艦本七五式蒼燐蓄力炉4基


 推進機:4発


 概要:元々は扶桑型の3番艦と4番艦となる筈であったが竣工したばかりの扶桑に多数の欠陥が発見された為、起工されたばかりの伊勢、日向は急遽大幅な再設計が施された、結果金剛型を純粋な戦艦として拡大強化させた形となり従来通りだが無難で優秀な艦に仕上がった。

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