第11話:第二次ソロン海戦中編~~決死の上陸戦

 小沢機動艦隊の激戦より少し時を遡り、時刻12:00、輸送船団と護衛艦隊は20ノットで何事も無く航行していた、その中に先の海戦で米最新鋭戦艦を単艦撃破した武勲艦、駆逐艦雪風の姿も在った。


 先の戦いで受けた傷は工作艦朝日あさひの応急修理を受け、表面上は直っている様に見えるが、吹き飛んだ魚雷発射管迄は如何にも出来ず、雷装火力は半減したままであった。


「いやぁ〜重いなぁ……ホント重くってまいっちゃうよ、この『金鵄勲章』!」

 艦長席に踏ん反り返り自身の軍服の胸に光る勲章をいじりながら自慢気にニヤけるたいら、悔しそうに歯軋りしながらたいらを睨む山田、呆れた様に冷ややかな視線を送り溜め息をつく小星、半目で苦笑するクルー達、これがここ最近の雪風艦橋の光景であった……。


「はぁ……艦長、勲章がうれしいのは分かりますけど、毎日毎日自慢を聞かされる此方の身にもなって下さい、それに今は作戦行動中何ですよ? もっと気を張って下さい、普段から締まりの無い顔が更にだらしなくなってるじゃないですか……」

「締まりの無い顔って、ひどいなぁ百合さん、これでも中等学校では『黙ってれば男前』って言われてたんだよぉ?」

「……分かってるわよ、ホント真剣な時との落差が激しいんだから……」

「ん? 百合さん何て?」

「な、何でも有りませんっ!!」


「あのぉ、いい加減任務に集中して貰えませんかねぇ? 敵陣のど真ん中なんですよ、此処!!」

 最早痴話喧嘩をしている様にしか見えなかった二人に、山田がこめかみに青筋を立てながら引きつった笑顔で詰め寄ると百合は少し赤面したまま押し黙るがたいらは意に介さず椅子に踏ん反り返ったままであった。


「ふぁ~あ、大丈夫、大丈夫~、対空対潜索敵はうちの優秀な人達がやってくれてるし~今回はこっちにも戦艦が4隻も居るんだから何が来たって頼れる味方が何とかしてくれるってぇ~」

「……っ!」

 大欠伸をしながら手を頭の後ろに組み、より踏ん反り返るたいらを見て山田は口を半開きにしたまま引きつった笑顔で固まる……。


 しかし、たいらの眠た気な瞼の奥の眼光は言葉通りに状況を楽観視してはいない様であった、現在輸送船団護衛艦隊は、先頭に第九艦隊各戦隊が単横陣で展開し対潜警戒を優先に行い、金剛型4隻を擁する第二艦隊が船団前方を、重巡4隻を擁する第五艦隊が後方を護り、第二、第五艦隊が輪陣形を展開、重巡から水偵を飛ばし索敵に当たっている、若し敵潜水艦や打撃艦隊が襲来しても、大抵は容易に撃破出来る布陣であった。


 だが、航空戦力を第三艦隊に集結した為、輸送船団には直援機が一機も付いていない状況であり、もし敵航空機が陽動(第三艦隊)に食い付かず、輸送船団に襲来すれば作戦遂行が不可能なほどの甚大な被害を受ける事は想像に難くない、そしてその可能性が決して低く無い事はたいらも理解している。 


 無論、輸送船団が空襲を受ければ第三艦隊から救援が来る手筈になってはいるし、第八艦隊と合流すれば、その護衛機であるラウバル航空隊の護衛を受けられる、然し、どちらも即対応出来る訳では無く、特に第八艦隊の直援機は インディスベンセイブル海峡に差し掛かる頃に合流予定となっている為、今空襲を受ければラウバル航空隊が到着する頃には輸送船団は壊滅している可能性が高かった。


 やがて定刻通り第八艦隊と陸軍輸送船団が北西より現れ合流する、各艦隊は事前の打ち合わせ通りに動き、陸軍輸送船団を輪陣形の中心に組み込み、第八艦隊もそれに加わる、そして護衛艦隊旗艦、戦艦金剛の艦橋では、司令官である『近藤こんどう 信松のぶまつ』海軍中将が情報を集めていた。


「ふむ、小沢艦隊は予定通りルングを攻撃している様だな、これで敵が向こう・・・に食い付いてくれれば良いが……」

「寧ろ、小沢艦隊だけで敵を殲滅してしまうのでは無いですか? 少しは我々にも残しておいてくれないと手柄が上げられず困りますな、ははは!」

 思案顔の近藤提督とは逆に楽観的な副官で有ったが、米戦力が情報通りであれば彼の言葉も強ち間違いでは無かった、この時誰も米航空戦力が日輪軍の3倍近いとは予想すらしていなかったのである……。


「司令! 我が艦隊の進路上、距離70kmに敵艦隊を捕捉しました、戦艦2、重巡6、軽巡乃至駆逐艦20の打撃艦隊です!」

「ちっ! やはり簡単には通らせてはくれんか、全艦隊面舵20! 敵は我が艦隊と第五艦隊で相手をする、輸送船団と第八、第九艦隊は後方に下がれ、全艦、左舷同航戦、砲雷撃用意っ!!」

 近藤提督の指示が飛び、戦艦隊は面舵を取りながら主砲を左へ旋回させている、キリキリと金属の噛み合う様なその音は大きな鉄の歯車のそれであった。


 金剛型巡洋戦艦は46㎝連装砲4基を前後に背負い式で備える1913年から1915年に掛けて建造された艦である、一番艦の金剛は英国から購入した最後の外注艦であり、姉妹艦3隻は金剛を雛形として日輪海軍工廠で建造され、その造船技術の基礎となった、その後1936年の大改装時金剛は紀伊型戦艦のテストケースとする為、艦橋と電探等に近代改修を施し、他の同型艦3隻とは艦橋形状が異なっている。


 金剛型も昔ながらの木の葉型・・・・船体の中央に艦橋設備が設置され、その前後に背負い式で主砲塔を備えている為とてもバランスが良い艦容をしており長く日輪国民に愛されて来た軍艦である、甲板には木張りがされているが全面木張りではなく、艦首錨鎖周りと、艦尾甲板の一部はエルディウム甲板となっている。


 閑話休題……。

 

 同航戦を予測し動く日輪艦隊に対し、米艦隊も日輪艦隊の動きに合わせる様に僅かに取り舵を取って来た為、近藤提督の予測通り同航戦の様相を呈していた。


「偵察機より報告、米戦艦の種別は不明、例の新型艦と思われます!」

「むぅ、司令、駆逐艦雪風の報告では敵新型戦艦の主砲は50㎝を大きく超えているとの報告でした、だとすると4対2でも此方の分が悪いのでは……?」

「なら如何するね? 輸送船団を見捨てて逃げるかね?」

「い、いえ、それは……」

 不安がる副官に比べて近藤は落ち着いていた、無論近藤も艦の性能では分が悪いとは思ってはいるが、練度では帝国海軍随一であると自負している第二艦隊である、組織されたばかりの新鋭艦であれば練度は低い、そこに勝機は十分に有ると考えていた。 


 対する米戦艦はサウスダコタ級一番艦サウスダコタと同6番艦ノースカロライナであった、両艦は旧式の金剛型とは違い、軽快なモーター音を響かせスムーズに主砲を旋回させ、日輪艦隊に照準を合わせていく。


 日米艦隊の距離は徐々に縮まり25kmに差し掛かった瞬間、両艦隊が同時に発砲を開始する、しかし数秒早く着弾したのは米戦艦の砲撃であった、流石に命中弾は無かったが、砲性能に圧倒的な差がある事は証明されてしまった。


両艦隊共、戦艦隊前列に展開する重巡隊は砲撃で敵水雷戦隊をけん制し、水雷戦隊同士は互いにけん制し合いつつ魚雷発射の好機を狙っている。


 そんな中、距離18kmに差し掛かった所で最初の命中弾を受けたのはサウスダコタであった、金剛の放った主砲弾がサウスダコタの右舷中央側舷と2番主砲バーベットに直撃し爆炎が上がる、命中弾に喜んだ日輪海軍であったが、バイタルパートに直撃した事は寧ろ不運であった、


 厚さ600㎜の装甲に守られたサウスダコタのバイタルパートは金剛型の46㎝砲では撃ち抜けなかったのである。


 然しだからと言って幾らでも命中弾を受けて良いと言う訳では無い、上部建造物に被弾すれば副砲やレーダー、測距儀の破損、最悪艦橋直撃で指揮系統壊滅の危険も有り、艦体で有っても非装甲部に被弾すれば浸水し速度低下は免れないからである。


 その為、米海軍もこれ以上の接近を危険と判断し、両艦隊は18kmの距離を保ったまま同航戦で撃ち合う事となる。


 そして最初に犠牲になったのは米グリーブス級駆逐艦であった、日輪戦艦に魚雷を発射しようと接近した所に重巡衣笠の主砲弾を2発受け大破機関停止、更に3発の主砲弾を受け魚雷が誘爆し爆沈した。


 しかし日輪海軍も重巡加古が米重巡からの主砲弾を左側舷後方と3番主砲に受け中破、蓄力炉2基が停止し出力が半減、艦隊から脱落していった。


 その後も撃ち合いは続き、日輪艦隊はサンタ・イザベル島とサン・ホルベ島を背に、米艦隊はフローラ諸島ブエル・ピスタ島を背に砲火を交えていた、この先からサヴァ島を掠めてガーナカタル北西エスペランサ岬まで南下したい日輪海軍と、それを阻止したい米海軍、必然的に互いの距離は更に縮まり、両艦隊は15kmにまで接近していた。


 この為、両艦隊共に最前線で戦っている水雷戦隊に多数の被害が出る、米駆逐艦3隻と軽巡1隻が撃沈され、駆逐艦4隻が大破戦線離脱、日輪海軍も駆逐艦深雪と有明が撃沈され、軽巡鬼怒きぬ、駆逐艦吹雪、初春、子日ねのひが大破若しくは中破し戦線を離脱した。


 こうなれば当然主力艦隊の被弾率も跳ね上がる、互いの指揮官が額に冷や汗と背筋にうすら寒いものを感じながら必死に指揮を執る。


「ちぃ! 夾叉きょうさ弾を受けたか……! 速度第三戦速に上げっ! 取り舵20っ!」

 続け様に至近弾を浴びた金剛の艦橋で近藤提督は次の弾を逃れる為の回避行動を指示する。


 然し次の瞬間、金剛の左側舷より爆炎が上がり装甲と側舷砲が宙を舞う、そして爆圧で艦体が左に傾き、その衝撃と傾斜で立っていた者は体勢を崩し倒れ込み、椅子に座っていた者にも強く力がかかる。

 

「ひ、左舷大破っ!! 四号蓄力炉損傷っ出力低下っ!!」

「喫水線下、外殻破損、浸水が発生していますっ!!」 

 通信員達の悲鳴に近い声が艦橋内に響き、体勢を崩した者の中には頭から大量の血を流している者が多くいた、艦は左に20度程傾き速力も低下した為、後方を航行していた他の姉妹艦3隻が庇う様に金剛の左舷に展開する。


「ぐ、ぬぅ……っ! たった一撃でこの様とはな……」

 米戦艦サウスダコタ級の砲撃は金剛の最大厚防御区画バイタルパートの装甲を容易く打ち抜き、内部奥深くで炸裂、主機関の一つを破壊し、その爆圧で外殻が損傷した為、大量の海水が流れ込んでいた、その為復元力は発揮されず金剛は左に傾き、その傾斜が25度を超えた所で主砲の射撃に障害が出ていた。


 金剛型は火力と速度を重視した巡洋戦艦に分類される為、装甲は最大厚区画ですら対28㎝砲装甲である300mmに留まっており、想定交戦距離は20km以遠であった、それが15kmの距離で58㎝砲艦の砲撃を真面に受けたのであるから、轟沈しなかっただけマシで有ったと言える……。


「て、提督、大変ですっ!! たった今小沢機動撃艦隊より通信が入り、艦隊は壊滅、是より転身・・に移るとの事ですっ!!」

「はぁっ!? 今、何と言った? 小沢艦隊壊滅したと? 米艦隊では無く、か!?」

 傾く金剛の艦橋内でその報告を聞いた近藤提督は我が耳を疑い報告をした通信員を凝視する。


「は、はい……っ! 壊滅したのは小沢艦隊ですっ! 敵航空隊の数が……600を超えていた様で……」

「なっ!? 600だとっ!?」

「て、偵察機より報告っ! 此方に向け多数の敵航空機が向かって来ているとの事ですっ!!」

「多数とは何機だっ!? 正確な数を報告しろっ!!」

「…………お、多すぎて……少なくとも……100機以上だと……」

「っ!?」

 その報告に艦橋内に重苦しい空気が漂う、近藤提督他首脳陣は砲声と水柱の音を聞きながら暫し固まる。


「……今更引き返した所で鈍足の輸送船団が逃げ切れる筈も無い、このまま揚陸を強行させるしか無い……」

「し、しかし、とっくに来ている筈のラウバルからの護衛機も到着しておりません、護衛機も無しに100機の航空機から輸送船を守り切るのは……」

「ならば見捨てるかね? 帝国陸軍3万の精鋭を見捨てて逃げ、帝国海軍末代までの恥を晒すかねっ!?」

「そ、それは……」

 近藤は弱気な発言をした副官を睨み付ける、しかし近藤もまた内心は無謀で有る事は分かっていた、だからと言って海軍拠点の奪還に巻き込んだ陸軍を見捨てて逃げる事だけは戦略的、戦術的、そして政治的に許される事では無かったのである、例え艦隊が壊滅しても陸軍輸送船団だけは何としても上陸させる、近藤はそう決意していた……。


 小沢艦隊の壊滅と護衛艦隊の置かれた現状は送られてきた無線通信から全艦の知る所となっていた、その為、艦隊各艦には様々な動揺が見て取れた。


 僅かな希望としてはサヴァ島を挟み米艦隊の砲撃が止まった事と、上陸予定地点であるエスペランサ岬が肉眼で確認出来る事であろう、然し其れでも事現状至ってはその道のりが果てしなく遠く感じる……。


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「か、かか艦長、大丈夫ですよね? 艦長のが有れば航空機の爆雷撃も避けられますよね? ねっ?」

 雪風の艦橋でおろおろと縋る様にたいらに詰め寄る山田、その表情はとても帝国軍人とは言えない情けない表情をしている……。


「勘ってねぇ……是でも色々と計算してるんだよぉ? それにぃ、前みたいに単艦で動けるならやり様もあるけど、今回は護衛対象もいるし配置を決められた艦隊行動中だからねぇ、正直、運否天賦かなぁ……」

「そ、そんなぁああああああっ!!」

相変わらず緊張感の無い飄々とした態度のたいらの発言に、山田は両手で頭を抱え絶望した様に膝から崩れ落ちる、その情けない姿に蔑んだ視線を送る子星や呆れた様に溜息を付く艦橋員達に山田は全く気付いていない……。


「はぁ……しかし、無謀では無いでしょうか? 制空権を完全に失い援軍も当てに出来ない現状で上陸何て……良い的になるだけでは……?」

 子星は山田を一瞥し溜息を付くと、視線をたいらに向けで不安げな表情で自身の思いを吐露する。


「それは司令部も分かってると思うよぉ、けどねぇ、現在地からだとね、退くも地獄、行くも地獄、かと言って(見捨てて)逃げれば(威信が)奈落の底、選択肢何て有る様に見えて実は無いって事だねぇ……」

「……っ!」

「ああ、駄目だぁ今度こそ終わりだぁっ! 母ちゃんごめん、オラもうえれそうにねぇっ!!」

 飄々と艦隊の現状を語るたいら、その言葉に押し黙る子星、その脇で方言丸出しに泣き喚く山田、たいらは眠たそうな瞳を山田に向けると眉を顰めて溜息を付く。


「……あのねぇ山田君、今更君に率先して闘えとは言わないけどさぁ、せめてお口を閉じる努力位はしようよ? 士気に関わるって分かるでしょ?」

 そのたいらの言葉を受けて山田がぐちゃぐちゃの顔を上げると冷ややかな表情の艦橋員達が視界に入る。


「うっ……うぐぐ……か、顔を洗ってきましゅ……」

 自分の醜態と置かれた状況を理解した山田はぐちゃぐちゃの顔を項垂れさせたままゆらゆらとゾンビの様な足取りで艦橋を後にする……。


「はぁ、最初は艦長なんかよりずっと頼れる人だと思ってたのに……あんな底辺の人だったなんて……」

「百合さんて、そう言う所、容赦無いよねぇ……」

 山田の出て行ったドアを、心の底から軽蔑した様な眼差しで一瞥する子星にたいらは少し引きつった表情で苦笑する。


「艦長っ! 左舷八時方向より、敵航空機を目視で確認、間もなく射程に入りますっ!」

「はぁ、やれやれ、んじゃ、お仕事をしますか……進路速度はそのまま旗艦に合わせ、全艦対空戦闘用意、主砲、九六式対空弾装填、戦隊指令の指示を待て……ってとこかな?」 

「わ、私に聞かないで下さい! そ、それで良いと、思いますけど?」

 たいらは引き締まった表情で指示を出した後、子星にヘラっと緩んだ笑顔を向ける、それを受けた子星は眉を顰めてそっぽを向くが、少し尖らせた唇に頬はほんのりと赤く染まっている。


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 米攻撃隊は40機の戦闘機と60機の攻撃機、攻撃機は雷装隊と爆装隊30機つづで編成され、互いに撃ち合っている戦艦と重巡の頭の上を悠々と飛び去って行く、そして目標である日輪輸送船団を視認すると同時に護衛艦隊の対空砲火に曝され、先頭を飛行していたF4Fワイルドキャット一機が被弾し錐揉みしながら海面に落下していく。  


 それを合図にするかの様に米攻撃隊は編隊を崩し散開し始め、四方より輸送船団に襲い掛かって来た。


 現在護衛艦隊は輸送船団と重巡|鳥海と愛宕を中心に艦隊前方を第九第一戦隊が、右舷を同第二戦隊、左舷を同第三戦隊が守り、後方に第八艦隊が展開している、各戦隊は軽巡1隻に駆逐艦4隻と言う編成で有り、第二艦隊の戦艦隊と第五艦隊の重巡戦隊が敵艦隊と対峙している今、護衛艦隊の指揮は第八艦隊独立旗艦鳥海の先任中将、三川提督に委ねられていた。


 然し三川提督にとって、いや、愛宕の遠藤中将を含む日輪海軍の殆どの軍人にとって、大編隊に対する対空防御戦闘は経験した事の無い未曾有の脅威であった。


 その為、小沢艦隊の様な防空戦術の構築が成されておらず、所属艦隊も違えば連携と統制の執れた迎撃など出来よう筈も無かった。


 即ち、小沢艦隊が壊滅した時点で詰んでいたのである……。


 必死で敵攻撃機を狙い対空機銃と15㎝連装砲を乱射する護衛艦隊であったが、時速700キロ以上で飛翔する機体を狙って撃ち抜ける筈も無く、穴だらけの弾幕では敵機の侵入を防ぎ切る事は出来なかった。


 そして次々と投下される爆弾や魚雷は、鈍足で鈍重な輸送船に次々と命中し、艦隊中央は文字通り火の海となってしまい陣形は総崩れとなり、生き残った輸送船は各個必死に岬へと進路を取り始めていた。


 艦隊戦に置いても米重巡3隻を大破させたものの、結局サウスダコタ級の装甲を抜く事は叶わず、重巡筑摩と戦艦榛名、駆逐艦初霜が大破し、駆逐艦夕暮ゆうぐれが沈没、艦隊火力は半減していた。


 そんな中、何とか上陸地点に辿り着いた輸送船は物資や人員を必死に降ろそうとしたが、米戦闘機の機銃掃射や米駆逐艦の砲撃で上陸は難航し犠牲ばかりが増えて行った……。


「左舷雷撃戦用意、速度そのまま、……面舵20、……方位10,3、……1番発射! 続いて方位11,2へ2番を発射して!」

 駆逐艦雪風は対空戦闘を行いつつ、上陸部隊を執拗に砲撃する米駆逐艦に魚雷を放つ、米駆逐艦もそれに気付き回避行動を取るが、一本目の魚雷を躱した所に測った様に2本目の魚雷が突き刺さり大きな爆炎と水柱が同時に上がる、そして米駆逐艦は艦が二つに折れて沈んでいった……。


 米航空隊は弾薬を使い果たした機体から帰還して行ったが、米艦隊からの上陸部隊への攻撃は続いており、日輪艦隊はそれを阻止せんと果敢に攻勢に出ている、この時近藤提督は戦線を離脱する金剛から重巡利根に旗艦を移し指揮を執っていたが、第二艦隊で戦線を維持している艦は旗艦の重巡利根、戦艦比叡、霧島と駆逐艦若葉のみとなっていた。


 しかし第五艦隊には重巡3隻、軽巡1、駆逐艦2隻が残っており、第八艦隊と第九艦隊は未だ無傷で有った為、艦隊戦で有ればその防衛力はまだまだ健在であった。


 この時点で米艦隊は戦艦2、重巡3、軽巡1、駆逐艦9隻にまで数を減らしており、サウスダコタ級の性能的優位は有ったものの、数の不利を警戒した米艦隊は20km程の距離を取り上陸地点への砲撃をするに留めるようになった。


 是に対して近藤提督は未だ無傷であった第九艦隊と重巡3隻を擁する第五艦隊に米艦隊撃滅を命じ、戦艦比叡と霧島には引き続き米戦艦への砲撃を指示した。


 しかし、この日輪艦隊の攻勢に対し米艦隊は反撃しつつも距離を取り始めた、この時点で日輪輸送船団は先の空襲で5割を喪失し、1割が上陸に成功したものの1割を喪失、残り3割が懸命に上陸作業を行っていた。


 その上陸を阻止する為に存在する防衛艦隊が放置同然に距離を取っている、近藤提督は再空襲はそう間を置かず行われると予想し、第九艦隊のみを呼び戻す様指示を出した。


 その指示を受け、雷撃戦の準備をしていた第九艦隊が転舵したその時、対空レーダーに先程と同等の敵機が感知され、僅か数分で目視できる距離にまで迫って来ていた。


 近藤提督にはその姿が故郷の田舎に巣食う獰猛なスズメバチの大群に見えた、一度ひとたび標的にされれば熊でも命を落とす凶暴な蜂、子供の頃に目撃した熊の無残な死骸を思い出し、近藤は自らの未来の姿をそれ・・に重ねてしまっていた……。


 そして、悪夢の空襲が再び始まったのである……。


 


【後書き】

 ~~登場兵器解説~~


◆古鷹型、青葉型重巡洋艦


 全長240 全幅24 最大速力55ノット 


 側舷装甲:20㎜~120㎜VC(最大厚防御区画50%)


 水平装甲:10㎜~90㎜VC(最大厚防御区画60%)


 武装:28㎝連装砲4基 / 12㎝連装高角砲4基 / 九二式四連装80㎝魚雷発射管4基 / 28㎜三連装機銃14基 / 九七式水上偵察機1機


 主機関:ロ号艦本八〇式蒼燐蓄力炉4基


 概要:1922年に起工され26年に竣工した日輪海軍最古の重巡洋艦である、青葉型は古鷹型の発展型で有ったが、その後古鷹型が青葉型と同様の改装を受けた為、準同型艦となった経緯を持つ、この古鷹型、青葉型を含む1929年迄に建造された軍艦は蓄力炉を金剛型巡洋戦艦の模倣品で補っていた為、御世辞にも質が良いとは言えなかった、その為、各国の軍艦と同程度の性能を維持する代償として航続距離が犠牲となっていた、それを補う為に補給艦の随伴を想定しており、将来的な作戦立案に支障を来す可能性が有った、然し1928年に艦政本部に第六技研が新設され、その統括責任者に八刀神景光が就任すると僅か一年で従来の蓄力炉の問題点を修正し、完全とはいかないまでも航続距離の問題を解決した。




◆金剛型重巡洋戦艦


 全長290 全幅38 最大速力50ノット 180度主砲旋回速度30秒


 側舷装甲:50㎜~300㎜VC(最大厚防御区画50%)


 水平装甲:10㎜~100㎜VC(最大厚防御区画60%)


 武装:46㎝連装砲4基 / 15㎝単装砲10基 / 25㎜三連装機銃12基 / 九七式水上偵察機1機


 主機関:ウィッカース式蒼燐蓄力炉フォトンエンジン6基([こんごう]のみ)/ ロ号艦本七〇式蒼燐蓄力炉6基


 概要:英国ウィッカース社に発注建造された金剛を雛形に姉妹艦3隻(春名、比叡、霧島)を日輪海軍が建造し、後の日輪軍艦の基礎となった、金剛と比叡は第一次世界大戦において英国の要請を受け連合国側として参戦、ユトラント沖海戦で多大な戦果を出し武勲艦として称えられた、1936年に金剛型4隻は近代改修を受けるが、金剛は特に艦橋部分を大改装し、紀伊型戦艦のテストモデルとなった、因みに、この世界で御召し艦の名誉を賜ったのは戦艦扶桑となっている。



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