第54話 女王の計画

 翌日、一晩眠って魔力を完全回復させたマリカは機関室へと赴き、魔道推進機関にリペアスキルを行使する。燐光が手から迸り、機械全体を包み込んで癒していくのだ。

 

「リペアスキル・・・本当に素晴らしい能力ね。マリカ・コノエは機械達にとっての救世主となれる素質があるかもしれないわ」


「少なくともマリカ様はわたしにとっての救いの女神であることは確かです」


「でも真の救世主とは、あのお方のこと・・・・・・」


 そんなアレクシアの呟きを掻き消すように、魔道推進機関が唸りを上げて起動する。マリカによるリペアが完了して元の機能を取り戻したようだ。

 アレクシアは正常に推進機関が動作していることを確認しながら満足そうに頷いている。


「流石ね。完璧な仕事だわ」


「よかったです。大きい物が対象だとキチンと直せているか不安だったので・・・・・・」


「自分の才能をもっと評価してもいいと思うけれどね。ともかく、ありがとう。報酬はフリーデブルクにて渡すわね」


「はい。あの、一つ訊いていいですか? 魔道推進機関の使い道なんですけど」


 仕事を依頼された時の事前の話では、この装置を欲しているのは女王だとのことで、その理由を知りたいと思った。どうやら国家プロジェクトに関わっているというのだから気にもなるだろう。


「そうね、教えてあげましょう。アナタ達がエーデリア・アールム・カイネハインと訪れた王都三番街の地下を憶えているかしら?」


「勿論。あそこではグロット・スパイダーという気持ち悪い魔物に襲われましたから・・・・・・確か、日ノ本エレクトロニクス社の施設跡なんですよね?」


「ええ。アナタ達の活躍によって採掘は順調に進み、もう間もなく最下層まで到達できそうなの」


「その三番街地下が何か関係しているんですね。日ノ本の施設というのですから」


 アンドロイドも魔道艦も開発したのが日ノ本エレクトロニクスである。その会社の地下施設が関係するというのは間違いなく、魔道推進機関だって有効に活用できる何かが眠っているのだろう。


「あそこには旧世界末期に日ノ本が建造していた魔道艦が埋蔵されていると分かったの。発掘された資料によるとほぼ完成した状態であるも、推進機関を乗せる前に情勢の変化によって破棄されたとされている」


「つまり埋まっている魔道艦に使うため、ということですか」


「そして稼働させ、ザンドロク王国の戦力として活用する。これで我が王国は他国を大きく上回る戦力を獲得し、魔物をも圧倒できるようになるわ」


「なるほど・・・古代兵器を蘇らせるため・・・・・・」


 魔道艦の性能はマリカの想像できる範囲を超えているが、アレクシアの言う通りに現代においては絶対的な戦力となるのは確かで、女王が入手したいと考えるのは当然であろう。

 しかし兵器や武器とは使い手によって性質を変える。つまり、人を守るための盾となるか、人の命を悪意を持って奪う槍となるかということだ。

 女王の人柄も知らないマリカには期待も不安もあって、正しく力を行使してくれることを願うしかない。


「マリカ・コノエには更なる仕事を頼むことになるわね。その魔道艦にリペアスキルを使うという仕事をね」


「あまりにも大きすぎて効果があるかどうか・・・・・・」


「推測だけど魔道艦の保存状態は良好で、このターミナートルのように激しい損傷や劣化は無いはずよ。長い年月が経っているので多少の修復は必要だろうから、そうした細かい部分なら直せるでしょう?」


「多分ですけど・・・・・・」


「結構。さあ、まずは魔道推進機関を運び出さないとね」


 アレクシアは作業ポッドのワッドに再び乗り込み、四本のアームを駆使して魔道推進機関を持ち上げる。どうやって王都に持ち帰るのか疑問であったが、これなら問題なく運べるだろう。


「あの地下に魔道艦が埋まっていたとはねぇ・・・・・・」


「マリカ様の活躍の賜物ですね。魔道艦も推進機関も。まさしく歴史に名を遺す偉業を成し遂げたと言っても過言ではありません」


 魔道艦が就役すれば、ザンドロク王国興成の助力となった人物の一人として教科書に掲載されるかもしれない。別にチヤホヤされたいわけではないので気恥ずかしいだけだが悪い気はしなかった。

 マリカとカティアは車に乗り込み、先を行くアレクシアのワッドに付いてフリーデブルクへと帰還するのだった。






「ではこれで。いずれ再びアナタの力を借りることになるだろうから、その時はまた店に訪ねるわ」


 今回の依頼分の報酬を渡してアレクシアはフリーデブルクを去って行く。次に彼女が現れるとしたら、それは王都三番街地下にあるという魔道艦の発掘が完了した時だろう。


「ふぅ・・・一仕事終えた後の達成感って堪らないよねぇ」


 姉のアオナにも仕事の完了を報告して報酬の金貨を預け、マリカは伸びをして庭へと出る。夜風が心地よく、ターミナートルでの出来事を回想しながら星空を眺めた。


「お疲れ様でした、マリカ様。マッサージはいかがですか?」


「いいねぇ。でも、その前に・・・やりたいことがあるんだ」


 ウインクするマリカは倉庫から入浴時に使うドラム缶を引っ張り出して釜の上に設置する。


「一緒に入ろ。二人だとちょっと狭いけどね」


「一緒に、ですか!?!?」


「イヤだった?」


「イヤなワケありません!! むしろ嬉しくて体内の回路がショートしそうです!」


「そしたら私がリペアスキルで直してあげるよ」


 笑いながら二人で風呂の準備を進めていく。マリカもカティアも互いに共同作業する事が楽しくて、面倒な湯沸しの時間もアッという間に過ぎていった。




 本来は一人用として使っているドラム缶の中に二人が身を沈める。三分の二まで張ってあった湯が溢れ、釜の周囲を濡らしていた。


「これがまさしく裸の付き合いってヤツだね」


「えへへへへへへぇ・・・・・・幸せですぅ」


 まだ入浴して間もないのに、カティアはのぼせたように顔を赤くしている。ほぼ二人の体は密着し、マリカの柔らかな胸や二の腕の感触を存分に味わっているからこその体温上昇なのだろう。

 この感触を独占したいという気持ちは以前から持っていたわけだが、そこで一つ訊きたいことがあった。


「あのあの・・・失礼かもしれない質問があるのですが・・・・・・」


「ん? どんな?」


「マリカ様は誰かに体を許したことがありますか!? 昔にお付き合いされていた方がいるとか!?」


「と、唐突に凄い質問をするね・・・?」


 必死な様子で訊いてくるカティアの勢いに押されるマリカは、首を横に振って否定する。


「今まで誰とも付き合ったことはないよ」


「良かったです!」


「良かった・・・のでしょうかね・・・?」


「ああ申し訳ありません!! 本当に失礼なコトを・・・・・・」


 もはやメイドとして有り得ない失言をしたとシュンとしょんぼりするカティア。だがマリカは責める気などないし、カティアの好意を身をもって知っているので、むしろカティアを抱き寄せて頭を撫でてあげた。


「よしよし。私の交際歴がそんなに気になった?」


「はい、あの、少し・・・・・・」


「ははっ、物好きねぇ」


 二人が出会う前の、カティアの知らないマリカの人生がどうしても気になるのだろう。

 特にマリカの交友関係などは知りたい部分であり、マリカに特別な感情を抱かれた人物がいたかという疑問が消えることはなかった。

 そのウブな感情を向けられたマリカは心を暖かくする。これは湯の温度の影響ではなく、互いの想いの触れ合いからくるものだ。


「例え人生を共にして支え合うパートナーを見つけても、わたしをメイドとして雇ってください・・・・・・」


「その心配は不要だし、パートナー探しをする必要もないな。だって・・・もうここにいるじゃない」


「でも・・・わたしはアンドロイドですよ?」


「人は、人以外も愛せる」


 カティアを抱きしめる力がギュッと強くなる。

 人間の長所の一つが、同類である人類ではない他種族を好きになれる点だ。それこそ有史以前から人間は動物と交流を重ねて愛情を注ぐ行為をしていた。

 その遺伝子はマリカにも当然根付いているし、もはや人と違う点を探す方が難しいアンドロイドを大切に想っても全く不思議ではない。


「リペアスキルには感謝してもしきれないよ。おかげでカティアと巡り合うことができたんだもん」


「まさしく運命ですね。様々な運命の果てに今がある・・・・・・」


「たまにイイ事を言うトコロも好きだよ~」


 からかうマリカはカティアの肌をくすぐる。戦闘時などは感覚カットをしているカティアだが、今は逆に感度を高めてマリカの指の細かな動きを余さず感じ取っていた。


「あひゃひゃひゃ! くすぐったいですマリカ様ぁ!」


「おりゃー! 容赦無しでいくぞ!」


「ぷしゅー・・・・・・」


「カ、カティア!?」


 頭から煙を立ち昇らせてカティアの意識はブラックアウトする。マリカからの刺激が耐用オーバーとなって、過剰な負荷がかかったのだろう。


 だが、そんなカティアの顔は幸せそうであった。



    -続く-

 


















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