第22話 カナエの手腕
権力者や金持ち貴族達が住まう王都一番街。その中心部のマーケットを訪れたマリカは周囲を見渡した。装飾過多な店舗が立ち並び、旧世界で言うテーマパークのような様相で物珍しさに興味津々のようだ。
「はえ~・・・すっごい。あんな巨大な像まで」
マーケット前の広場には全高約十メートル程のオブジェが佇立していて、それは植物のユリの花を模している。黄金で造られており、豊かさのシンボルとしての意味合いがあるらしい。
「しかし何故にユリ・・・?」
「ザンドロク王国の国花がユリの花だからさ。ここ以外にもオブジェがあったりするけど知らなかったのか?」
「むむ・・・まさかカナエに知識差で負けるとは・・・・・・」
「まあ、あたしはエーデリアに聞いたんだけどな。エーデリアはユリが好きで部屋に飾ってよく眺めていたよ」
感傷に浸るカナエだがそんな暇は無いと首を振り、マーケットの奥にある大きな建物の一つを指さした。
「あれはリシェス・マルクト。ここらで一番人気の商業施設で、幾つかのテナントが中にあって食料品や日用品、その他様々な物を取り扱っているんだ」
「なるほど。デパートメントストアのようなものですね」
「でぱーとめんとすとあ?」
「わたしが製造された旧世界における大規模商業施設の俗語です。一つの建物の中に多数の小売店が入っていて、多岐に渡る商品を取り扱っていることが特徴です」
「ああ、ならまさにソレと同じだよ。時代が違っても同じことを思いつくんだな」
古い世界が滅亡して新時代に移行したとはいえ、人間自身が進化したかといえば全くそんなことはない。だから同じ発想しか生まれないし、人の営みも変わることはないのだろう。これは人類種が形成する社会への最適化を行った結果かもしれないが、ある意味人類が行き詰って進化の袋小路に陥ってしまった事の証左とも言える。
「そのリシェス・マルクト内で商売するわけね?」
「知り合いの宝石商が店を構えていて、そこを間借りするのさ。後で手数料は払うけど、自由に設備とか使わせてくれるんだよ」
怪しげな自称トレジャーハンターに店を貸すとは、世の中には懐の広い人がいるもんだとマリカは変な感心をしていた。それとも店主は何か弱みを握られているのだろうか。
「さて・・・一儲けしてやろうぜ!」
リシェス・マルクトは全四階のフロアからなる施設で、旧世界で実際にデパートとして使われていた建物を流用している。永き時を超えて本来の用途で使われた施設内はマリカの予想を超えて繁盛しており、これは金持ち達にとって買い物という行為そのものが娯楽であるためである。
その二階部分、階段の近くという割と良い立地にあるテナントに入り、カナエが店主の女性と何やら話している。
「お待たせ。この方があたしと業務提携しているララミアさんだよ」
カナエに紹介されたララミアという恰幅のよい女性がニコやかに手を差しだし、マリカは会釈しながら握手に応じた。ララミアの指全てに宝石付きの指輪がはめられていて、肉感のある掌の感触と硬い指輪の感覚が同時に伝わってくる。
「初めまして。カナエちゃんのお友達に会えて嬉しいわぁ」
「どうも、マリカ・コノエです。この度は店舗設備を貸していただけるとのことで、ありがとうございます」
「いいのよぉ。カナエちゃんには色々とオイシイ思いをさせてもらってるんだもの。お互いに利のあることだからねぇ」
そう言って扇子を靡かせながら笑うララミアにカティアを紹介し、コンテナラックに格納した木箱を降ろしてあげた。
「まあ! こんなに貴重なお宝達をどこで?」
「ハーフェンで沈んだ商船から引き揚げたんすよ。フラッド・クラーケンって化け物とも戦って・・・いやあ、あの時はさすがのあたしでも死ぬかと思いましたね」
「ふむ・・・あら、このマークどこかで見たことがあるわねぇ」
木箱に記されたドクロのようなマークが気になったララミアが顎に手を当てる。何か思い当たることがあるようだ。
「ああ、思い出したわぁ。このマークは商船ドレッズ号のものねぇ」
「知ってるんすか、ララミアさん?」
「ドレッズは悪名高い連中なのよぉ。島々にある旧世界の遺跡で集めた財宝を脅迫紛いの方法で高く売りつけているんだけど、時には他の船を襲って乗組員を皆殺しにして積んである物資やお宝を奪っているらしいわぁ。自分達を商売人と騙っているけれど、れっきとした海賊よぉ」
「とんでもない連中っすね・・・あたしらも褒められるような商売はしちゃいないけど、少なくとも人の道は踏み外しちゃいませんもんね」
「うふふ。ホント、私とカナエちゃんは似た者同士よねぇ」
カナエと似た者というならマトモな人間ではないのだが、多少は善良なる理性があるようだ。でなければ海賊ドレッズを非難せずに、むしろ加わっていてもおかしくない。
「じゃあマリカ、始めるとしようぜ」
使われていないショーケースにお宝達を並べていく。マリカのリペアスキルで新品同然の綺麗さを取り戻した金銀財宝が陳列された様子は壮観であった。
すると、その様子を目ざとく見ていた貴婦人達が集まり始める。
「わわ、もう結構な数のお客さんが」
「いつもこんな感じさ。言ったろ? 光る物に集まる虫のようだって」
「ウチの店じゃこんな繁盛しないから、接客しきれるか不安だよ」
「へっ、まあ見てな。あたしの華麗なる客捌きを」
自信満々にウインクしたカナエが商品を手に取り、貼り付けたような接客スマイルで貴婦人に近づく。
「そこのアナタ! とっても綺麗な耳の形ですねぇ。この黄金のイヤリングを付ければ魅力がより高まって、人々の視線を独占できること間違いなしですよ!」
どんな売り文句だよとマリカは心の中でツッコむが、
「あらそうかしら! 実は昔からこの福耳は自慢だったのよ」
「そうでしょうそうでしょう! あたしも思わず見惚れてしまいましたもの。是非このイヤリングでアナタの美しさを引き立たせるお役に立たせてください」
「おっほっほ! 嬉しいこと言ってくれるじゃないの! 言い値で買わせてもらうわ」
「ありがとうございます!」
なんと商談が成立してしまった。貴婦人は金貨の束をカナエに渡し、黄金のイヤリングを受け取ってご機嫌な鼻歌を奏でて去っていく。
「マジかよ・・・・・・」
「どう? あたしの手腕は」
「まさか、あんな明らかな媚びたお世辞でコロッと買うなんて・・・・・・」
「ここらの金持ちは承認欲求が強いから、下手に出て褒めるだけで簡単に財布の紐を解くんだよ。これはララミアさんに教わった手法さ」
マリカに耳打ちするカナエはドヤ顔で自分の成果をアピールしている。はっきり言ってゲスな売り方ではあるが結果が伴っている以上は何も言えないし、ここで日頃接客しているララミアのやり方を模倣しているわけだから正攻法なのだろう。
「マリカもやってみ」
「私には難しいな・・・普通にやるよ」
ヘンに演技がかったやり方でなく、普段通りに客に対応するマリカ。きっとカナエを真似してもボロが出てしまうのは目に見えているし、そもそも人付き合いが得意でないマリカには赤の他人におべっかを使う能力は無い。
「ふむふむ・・・あれも店員としてのスキルなのですね。勉強になります」
「いや、カティアは今まで通りでいて」
コノエ・エンタープライズの看板娘であるカティアには元気で清純なままでいてほしかったし、嘘を織り交ぜてゴマすりするようなカティアは見たくない。
こうしてお宝達は順調に捌けていき、マリカもビックリするほどの売り上げが立っていくのであった。
「まさかあの量を一日で捌き切れるとはね。思った以上の成果でしたな、わっはっは!」
上機嫌なカナエはサイドバッグに収められた金貨の重みにニヤニヤが止まらない。これなら暫くは生活費に困らないし、多少の贅沢もできるだろう。
「マリカ様、やはりわたしの分け前はコノエ・エンタープライズに納めさせていただきます」
「カティアがそうするなら私も店に入れよう。もともと仕事の一環だったしね」
アオナの指示、つまり上司からの業務命令であったわけなので、利益は店へと納めるのが筋というものだ。そこから給料として配分してもらえばいいし、アオナはキチンとマリカ達の頑張り分の手当てを出してくれる人間である。
「これでエーデリアに会えれば完璧だね」
「どうかなぁ・・・・・・」
リシェス・マルクトを出たマリカ達は、その足取りでエーデリア宅へと向かっていた。せっかく王都一番街まで来たのだから再会したいものである。
「この角を曲がったところに・・・・・・」
入り組んだ道の先には城塞のような大きな門があって、これがエーデリアの家へと繋がる入口らしい。もはや王家の者が住まうような雰囲気があって圧倒されるマリカだが、突如として門が開いて更に驚く。
「もう結構ですわ!」
門から飛び出してきたのは同い年くらいの少女だ。そしてその少女にマリカとカナエは見覚えがある。簡素なデザインのドレスを纏う金髪の少女は紛うことなくエーデリアに相違ない。
「エ、エーデリア・・・!」
「カナエさん!? それにマリカさんまでどうして!?」
ここにいるはずの無い旧友の姿を蒼い瞳に映したエーデリアは、時すらも静止したかのように足を止めるのであった。
-続く-
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