第20話 追憶のカティア

 メイド喫茶でのひと時を終えて宿へと戻って来たマリカ達。特にカナエは楽しんだようで、カジノでの大損を忘れてメイドとはしゃいでいた。マリカに金を出させたことも恐らく忘れているだろうが、必ず請求してやると心に留め置く。


「まったく自由な人間だよカナエは・・・・・・」


 露店風呂で汗を流したカナエは速攻で布団に入って寝ている。その自由奔放さは羨ましいところだが、ハーフェンで収集したお宝を売るための計画を話し合おうとしていたマリカはため息をついて寝顔を見下ろしていた。


「マリカ様もお休みになっては?」


「うーん・・・もう少し起きていようかな。まだ眠気が無くて」


 ゆったりと風呂に入れたことでリラックスできたものの、なんだか眠るのが勿体ないような気になっている。それは王都という普段とは違う環境にいることと、カティアの浴衣姿をもっと見ていたかったからだ。部屋に常備されている浴衣はシンプルなデザインで、それをカティアに着させたのである。

 部屋の奥、窓際に寄った二人は差し込む月明かりを見上げた。


「カティアは何を着ても似合うねぇ。バニースーツも良かったけど、その浴衣も最高に合ってるよ」


 マリカはカティアの背後に回って抱きしめ、うなじの匂いを嗅ぐように鼻を近づけた。風呂に入ったことでとてもイイ匂いがして、それが甘美にすら思える。

 後ろからの抱擁にカティアはビクッと反応しながらも身を任せた。


「この感覚、凄く安心する・・・お母さんみたいな・・・・・・」


 ずっと甘えていたくなるような感覚を覚え、マリカは目を閉じながらカティアの感触を味わう。昔、母親という存在がいた時のことを思い出すが悲しくなるので思考を放棄した。今は何も考えず安寧に浸っていたかったのだ。

 一方のカティアはマリカの心情を察したのかは分からないが、何も言わずただマリカに寄り添ってくれている。これもメイドとしての務めだと思い、役に立てていることを喜んでいるようだ。いや、マリカと密着できていることが嬉しいのかもしれないが。


「ごめんごめん。ちょっと長かったかな」


「いえ、マリカ様さえよければずっと・・・ふふふ、わたしのほうが甘えていたくなってますね、これでは」


「じゃあ交代。ホラ、おいで」


「ま、マリカ様・・・・・・」


 簡素な椅子に座ったマリカは、今度は逆にカティアを自分の太ももの上に誘導する。そして対面に座らせて胸の谷間に抱き寄せた。

 

「もっと早くマリカ様と出会いたかったです。メイドタイプのアンドロイドであるわたし如きがおこがましいのですが、あなただけをご主人様としたかった・・・・・・」


「旧世界でもメイドをしていたんでしょう? どんな感じで働いていたの? てか、なんであんな場所に倒れていたの?」


「えっと・・・・・・」


 カティアはメモリーに保存されている記憶を呼び起こす。そして、自らが機能停止になった理由をゆっくりと話し始めた。






 まだ世界の文明が栄えて先進的だった時代、カティアは世界的企業の日ノ本エレクトロニクス社の製品として生産された。あくまで量産された中の一体であり、彼女自身が何か特別な個体かというと全くそんなことはない。他のアンドロイドと同じように出荷されたカティアは受注先のオーナーの元へと送られて働くことになる。


「AS-06F、メイド型アンドロイドです。よろしくお願いします」


 数あるアンドロイドシリーズの中でも汎用メイドとして設計されたカティアは、自らが仕えるべき相手のために精一杯尽くす。しかし思考制御に問題があるのか焦って失敗をすることがあって、よく主から叱責を受けるのであった。これは極めて人間的であり、アンドロイドの思考が人間を模倣してプログラムされたことが原因なのかもしれない。

 ポンコツという蔑称で呼ばれながらも、とにかくメイドの仕事に励むカティア。そんな彼女に運命の時が迫っていた。


「お逃げくださいお嬢様! ここはわたしが!」


 周囲に響き渡るは爆発音。カティアの住む街は戦場と化して、巻き込まれたカティアと主は脱出を試みていたのだ。

 

「くっ・・・もうここまで来ている・・・!」


 倒壊するビルの向こう、何体かの異形の怪物が姿を現す。その怪物達こそが街を破壊する原因で、人々を殺戮しながら移動している。

 主を守るという使命を帯びるのがメイドであり、カティアも使命に従って魔具を装備した。そうして怪物達と交戦して時間稼ぎをするのが今できることだ。


「やらせません!」


 魔導士、いや旧世界では適合者と呼ばれていた魔力持ちの人間の戦列に加わり、防衛線を構築するが劣勢であった。次々と適合者が死亡して、魔道保安庁のマークが刻印されたヘリが落着して爆散する。

 もはや防衛線は崩壊してしまったが、カティアは使命は果たせたと安心していた。位置情報によると主は街から離れられたようなので、支援にやってきたレスキューにでも保護してもらえることだろう。


「お嬢様・・・・・・」


 閃光が迫りくる。怪物の放った魔弾が至近距離に着弾し、カティアは吹き飛ばされて意識がブラックアウトした。




 次に再起動した時、既に戦いは終わっていた。どうやらあの後、援護に駆け付けた適合者達によって形勢が逆転し、怪物達を撃退することができたらしい。臨時避難所となったビルの一角で人々が身を寄せ合い、運ばれたカティアは床の端で放置されている。


「体が・・・動かない」


 状況を確認しようとしたが立ち上がることができない。何故なら足がひしゃげて歩行能力が失われていたからだ。しかもダメージは体の全体に及んでいて、左腕は千切れて無くなっていた。


「お嬢様、無事だったのですね」


 かろうじて生きている視覚センサーが主の姿を捉える。戦闘が終わって街に戻ってきたようだ。

 主は友人との再会を喜んでいるようだったが、カティアに気がついて近寄ってくる。


「まだ生きていたのね」


「申し訳ありません・・・ダメージを負って動けなくなってしまっていまして・・・・・・」


「でもまだ使えそうね」


 主はカティアの背後に回り込んで背中のカバーを開いた。人間とは異なる機械の骨格が現れ、丸みを帯びた金属球へと手を伸ばす。


「よかった、無事ね。これなら問題ないわ」


「直していただけるのですか? 嬉しいです。またお嬢様のために働けるなら・・・・・・」


「何を言っているの? アナタじゃなくて、魔道エンジンのことよ」


 主はカティアの動力源である魔道エンジンを引き抜いた。これは人間で言うなら心臓を抜かれたようなもので、カティアは動力を失って機能が次々と停止していく。予備動力を蓄えておくコンデンサーも内蔵されているのだが、肝心のユニットそのものが死んでいた。


「魔道エンジンさえあれば、他の魔道兵器に転用できる。アナタなんかどうでもいいのよ」


 主はそう言い残して友人と共に去っていく。


「お嬢様・・・・・・お役に立てず、申し訳・・・・・・」


 後ろ姿に呟くが聞こえてはいないだろう。

 こうしてカティアは完全にシャットダウンした。街が放棄されて人々がいなくなった後も取り残され、やがて訪れる世界滅亡を見届けることもない。もう二度と目が覚めることがないと定められたように凍てついた廃墟都市の一部となっていたが、しかし一筋の光が差し込んだ。


 マリカという希望の光が。






 事の顛末を聞いたマリカはギュッとカティアを強く抱きしめた。その健気な献身が報われずに捨てられてしまったことに悲しみと怒りを感じ、自分はカティアをそんな風に扱わないと心に誓う。


「頑張ったんだね・・・よく頑張ったんだ」


「それがわたしの役目ですので・・・・・・」


「だからって・・・それでも辛かったでしょう?」


「確かに落ち込みはしました。でも、もういいんです。今は幸せですから・・・・・・」


 アンドロイドは人間の道具にしか過ぎないという考えが旧世界では普通だった。それに対してカティアは疑問を持ったことはないし、意思そのものを持っていても押し殺して務めを果たしていた。

 しかしマリカはカティアを道具としてではなく人間のように見てくれていて、こうして想ってくれることが嬉しいのだ。だからこそ自らの能力や性能を活かしてマリカに尽くしたいと考えているし、実際にアンドロイドとしての機能がマリカの手助けになっていることが至上の喜びになっている。


「できれば、ずっとマリカ様のお傍にいたいです。一生あなたにご奉仕することが、わたしの目標となっていて・・・・・・」


「ずっと一緒だよ。それで私の最期を見届けてほしい。死ぬ瞬間に一人なのは寂しいからね」


 寿命を全うするなら、間違いなく生身の人間であるマリカが先に死ぬことになる。その時に見送ってくれる相手はカティアであってほしかった。それならきっと満足して逝けるだろうから・・・・・・

 

 二人が密着したまま時間が過ぎていき、寝落ちしたマリカを優しく包み込むカティア。過去は過ぎ去り、新たな時代の中でマリカと出会えた奇蹟を噛みしめながら朝を待つのであった。



  -続く-








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