第18話 二人の刻
王都六番街で最も大きな宿であるハイルングアルベルゴズに泊まることになったマリカ達一行は、部屋に案内されて一息つき今後の予定を話し合う。
「お宝を売り捌くのは明日にするとして、今日はどうするマリカ? 案外スムーズに王都まで来られたから時間は結構あるぞ」
フリーデブルクからの道中に魔物と遭遇することを想定していたが、運良く一度も出会わずに到着することができた。それによって時間が余り、ならカティアを連れてこの周囲を観光するのもアリだなと思う。
「六番街を見て回ろうかな。カティアはどうする?」
「わたしはマリカ様の行くところなら、どこへでも付いていきます!」
ワクワクとしているカティアは子供のようで、マリカは母親のような優しい微笑みでカティアの頭を撫でてあげる。カナエはその様子を見て、いつか自分も敬愛してくれるメイドを雇おうか真剣に考えていた。
「よかった。私も久しぶりの王都だから楽しみだよ。カナエも行くよね?」
「あたしはカジノで賭け事をしようかなと。前は大損したから今度は儲けたいんだ」
「アンタってヤツはまったく・・・・・・少しは健全に・・・」
「金儲けってのは汚いことをするヤツほど成功するってね。まあ見てなって。今日の夕飯はあたしの奢りになるぜ」
「はいはい。期待しないでおくよ」
財布を握りしめて部屋を飛び出したカナエを見送りつつ、マリカ達も出かけることにする。ちなみにお宝の入った木箱は残したままだが、コンテナパックに収容されていてカティアでなければ開錠できない。しかもコンテナパックは接続したアンドロイドに位置情報を知らせる機能付きなので盗まれても追尾できる安心仕様である。
娯楽地として知られる王都六番街は多くの人出で賑わっており、建国記念日が近づいていることも相まってお祭りのような雰囲気だ。基本インドア派であるマリカもこの高揚感を誘う感覚は好きで、道沿いに立ち並ぶ店舗のセール情報などを見ながら散策する。
「何か欲しいものとかある? 買ってあげるよ」
「いえいえそんな! ありがたいことにお給料も頂いておりますし、マリカ様に買って頂くなど滅相もありません!」
両手をブンブンと振りながら遠慮するカティア。主に物をねだるなどメイドとしてあるまじき行為だと思っているらしい。
「まあまあ遠慮しなさんな。好きなコにはプレゼントとかしたくなるものでしょう? ってことでカティアが欲しいものを・・・」
「すすすすすす、好き・・・!? わ、わたしを好きと仰いました!?」
「う、うん」
「うひょー!! マリカ様に好きと言われて頂けました! うへへへへ・・・・・・」
「ど、独特な喜び方だね」
体をくねらせながらニヘラ笑いを浮かべるという変わった喜び方をしていて、それがカティアなりの嬉しさの表現らしい。むしろ旧世界ではそれが普通だったのかとマリカは考察するが、確認のしようがないのでとりあえずスルーすることにした。
「でも困りました・・・わたしには物欲は無いので、欲しいものが思いつかないのです」
「そっかぁ。じゃあ私が見繕ってあげよう。色々お店を見回ってみてさ」
この六番街には多くの店が出店されているので、カティアに似合う物を探すのには困らないだろう。マリカはカティアの手を引いて人混みの中で迷子にならないよう先導する。
「欲を言うならば、わたしはマリカ様を・・・」
「ん? 何か言った?」
「いえ。行きましょう!」
カティアの小さな呟きは喧噪に紛れてマリカには聞こえなかった。だがそれでいい。メイドでありながらも、主に対してよく分からない感情を向けていることなど知られないほうがいいからだ。
マリカの手の温もりを感じながら、案外自分は欲深いアンドロイドなのかもと内心自嘲するのであった。
大通りに出たマリカとカティアは露店や商店を覗き、お互いに似合いそうなアクセサリーや服を見繕う。フリーデブルクよりも品揃えが豊富だが、もともとオシャレに疎いマリカはデザインの違いをよく分かってはいないし、むしろ派手な物よりシンプルなほうが好みである。
「新しい服を買うってのはどうかな? カティアはいつもメイド服だし、フツーの服も持ってた方がいいんじゃない?」
「メイド服以外、ですか?」
「元々着ていたメイド服と私があげたタンクトップ以外持ってないでしょ? それじゃ洗濯している時とか不便かなって。あとは下着もさ、さすがに私のおさがりじゃあね・・・・・・」
「いえ! マリカ様の下着を付けさせて頂いてから調子がいいんです! むしろこれ以外着用したくないほどです!」
「そ、そうですか・・・・・・」
カティアの圧に押し負けたマリカは手に持っていたシャツを置き、近くのアクセサリーコーナーに目を移す。マリカと縁が無いような装飾品の数々が並んでいて、これらで着飾る意味はよく分からないがプレゼントにするには最適なのだろうと思う。
「そういや学生だった頃、同級生達はこういうの持っていたな・・・・・・」
ネックレスやピアスなどは定番のオシャレアイテムであり、校則で禁止されていなかったことから学生の多くが身に着けていた。
「マリカ様も購入してみてはいかがです?」
「そうねえ・・・でもカティアのほうが似合いそうだよ。例えばコレとかどうかな?」
「シュシュ、ですか?」
シュシュは髪飾りの一種で、円状の布地の中心がくり抜かれた形をしており、主にポニーテールのようなヘアスタイルでの髪留めとして用いられる。カティアはいつも長い黒髪をポニーテールで束ねているので丁度いい物だと思ったのだ。
「その綺麗な黒髪に合うとしたら・・・・・・」
マリカの目に付いたのは純白のシュシュだ。フワッと広がる薄い布が柔らかさを演出し、カティアのほんわかとした雰囲気にもマッチするだろう。
「うむ・・・いいね。ピッタリだよ」
試しにカティアの後頭部にあてがってみて、自分のセンスもあながち悪くないと確信したマリカ。カティアの頭部の後ろに花が咲いたように見え、人形のような可憐さが眩しいくらいだった。
「すっごく可愛いよ! 地上に舞い降りた天使って感じ!」
「お、大袈裟ですよマリカ様・・・それに天使族はもっと神秘的ですもの・・・・・・」
「いやいや。カティアも充分に神秘的な存在だし、私にとっては史上最高クラスの可愛さ保持者だよ」
「はわわわ・・・・・・」
褒めちぎられるカティアの頬は赤く染まり、エネルギー回路がオーバーロードしそうなほどに発熱していた。それほどにマリカに認められるのが嬉しく、もし人間だったら涙さえ出そうな強い感情に揺さぶられる。
「じゃあプレゼントはこのシュシュでいい?」
「はい。ありがとうございます、マリカ様!」
会計を終えたマリカがカティアの髪を束ね直しシュシュを装着してあげた。メイド服の白黒カラーと反発することなく、むしろ清楚さが向上して正統派メイドとしてレベルアップしている。
「お姉ちゃんが見たら卒倒するかもね。あの人は可愛い女の子が好物だから」
もじもじと照れるカティアは人間の少女そのもので、彼女がアンドロイドであることをマリカは忘れそうになった。
陽が暮れて夜になったが街の活気は衰えず、それどころか昼よりも増している。どうやら今日は花火の打ち上げが行われるようで、建国日当日に先駆けたセレモニーが予定されているらしい。
「運が良かったね。たまたま来訪した日に花火があるなんて」
「旧世界でも花火大会は夏場によく開催される催し物でした。わたしも遠くから見たことがありますが、芸術的でありながらもどこか哀愁感の漂う特殊な雰囲気がありますよね。パッと閃光が煌めいて、直後に散りゆく様子は桜の花を連想しました」
「感受性豊かな感想だね。きっと大抵の人間は綺麗だなくらいにしか感じないものね」
「わたし変でしょうか?」
「全然そんなことないよ。カティアにはその純真さを失わないでいてほしいな」
かくいうマリカも感受性は低い方だ。昔の子供の頃にはあったのかもしれないが、成長する途中で世間の寒風に擦れて捨ててしまっていた。だからカティアの言葉でハッとする感覚があり、かつての純粋な心を少し取り戻せたような気持ちになる。
「始まったね」
星空にいくつかの光条が打ち上がり、破裂音と共に閃光を放つ。様々な色が交わる虹色の粒子がバッと散って王都上空を包み込んだ。
「こういう平和が一番だよな・・・・・・」
花火は平和のシンボルとも言われる。誰もが争いを忘れて見入る魅力があるからだ。かつての旧世界でも戦争が終わった後の祭典で盛大に花火を打ち上げて、今後の恒久の平和を祈ったとも言われている。
しかし世界は残酷さに溢れて人類に脅威をもたらす。その一つが魔物で、街の外には多くの魔物が跳梁闊歩し、時には集団で街を襲うことすらあるのだ。今も狙われている可能性はあるのだが考えても仕方がないことではある。
「カティアと一緒に観られてよかった」
「わたしもです、マリカ様」
お気に入りとなったシュシュを撫でるカティアの細い腰を抱き寄せ、マリカはその柔らかな感触と温かさを味わう。
二人にとって花火は演出の一つになって、互いの存在を感じ合うことがメインとなっていた。こうも自分を受け入れてくれる相手がいることが幸福だし、他に何もいらないという充足感で満ちている。
-続く-
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