第12話 ハーフェンに潜む巨影
乾いた風の吹く荒野の中、一台の四輪駆動車が車体を跳ねさせながらハイスピードで進んでいく。旧世界のような速度制限も無く、アクセルを踏み込んで思いのままに加速していくのはマリカの一種のストレス発散になっていた。
「コレに乗るのひさしぶりだ。なあマリカ、あたしにも操作させてくれよ」
カナエは車に乗ることを楽しみにしていて、馬車のような原始的な乗り物とは違う機動性に目を輝かせている。
「ダメダメ。結構難しいんだから」
「足で板を踏んで、舵で左右に動かすんだろ? そんくらいできるよ」
「コレは私の大切な移動手段なんだから壊されたら大変だもの。カティアになら任せられるけどね」
「壊れたら直せるだろ?」
「お姉ちゃんと同じことを言う・・・・・・」
直せるから壊していいというわけではないし、特に自分の大切な物なら尚更壊れる場面など見たくない。
子供のようにねだるカナエに首を振りつつ、マリカは徐々にアクセルを抜いて減速していく。間もなく目的のハーフェンに到着する距離まで迫っていた。
「一応確認しておくけど、もしお宝を見つけたときは折半ということでいいんだよね?」
「なんだマリカ? もしかして四分の三を寄越せって言うんじゃないだろうな?」
「いや、後でそういうことをカナエが言い始めないか心配だったんだよ」
「おいおいおい。あたしがそんなセコい人間に見えるのかよ」
「でなけりゃ言わないよ」
「ですよねー!」
ケラケラと笑うカナエをジト目で睨むマリカ。守銭奴と言って差し支えないカナエのことだから、海に沈んだお宝を見つけた瞬間態度を変えないか不安だった。
「学生時代を思い出すよなぁ。昔もこうして一緒にトレジャーハンティングしたけどあの時は楽しかった」
「そんな懐かしむほど時間は経ってないけどね。てかカナエが今回みたいに私達を強引に巻き込んでいただけじゃ・・・・・・」
「でもいい思い出でしょ?」
「まあね。あの時はエーデリアもいたし・・・・・・」
「・・・懐かしい名前だな」
エーデリアという名前が出て二人はしんみりとするように神妙な面持ちになっていた。それが何故かをカティアは知りたかったが、ハーフェンの街が見え始めたことで会話は一旦終了する。
「街の外郭も酷い有様だね・・・・・・」
車から降りると海の匂いが鼻につき、街の外郭部分の崩れた建物を見渡す。どうやら街の半分は海に沈んだようで、残った区画も魔物の攻撃による被害を受けて竜巻が直撃したように破壊されていた。これでは到底人の住める環境ではなく、生存者などもいるとは思えない。
「待って、アレを見て」
マリカの指さす先、街の入口に数台の馬車が止まっていた。手綱を握る者はおらず、貨車を牽引する馬達は木にロープで繋がれている。
「誰かが先乗りしているみたい」
「くっそー! 宝はあたしのだぞ!」
「待て待て!」
今にも飛び出してハーフェンに乗り込もうとするカナエをマリカが押しとどめた。
「きっと私達と目的は同じだろうし、そうなれば挨拶を交わして仲睦まじくできる相手ではないでしょ」
「最悪の場合、殺し合いになるな」
「そうならないように慎重に行こうってこと」
マリカとカナエは魔具に手をかけ、いざという時に戦えるよう神経を尖らせる。こういう時に素早い反応をできない人間は死ぬのみだ。
「カティア、馬車の周囲に人はいる?」
「いえ、望遠モードで観測しましたが人影は見当たりません」
「よし、ならば手始めに馬車を調べてみようか」
馬車まで近づいたマリカ達は、馬を刺激しないように忍び足で貨車に回り込む。幸いなことに馬達は足元の草を食べることに夢中でマリカ達に反応を示すことはなかった。
「やっぱりね。救助隊とかそんなヤツらではないな」
貨車の中には酒瓶が散乱し、いくつかの宝石や装飾品が木箱に収められていた。これが正規の救助隊なわけがなく、とするならばカナエと同じ思想の人間達が乗ってきたと見て間違いなさそうだ。
「おっ、イイもんあるじゃーん。いっただきー!」
「ちょっと! それじゃあコソ泥と変わらないよ」
「盗るか盗られるか・・・トレジャーハントの世界は甘くないってことよ」
「カッコつけんな」
カナエはマリカの苦言も聞かずに宝石と装飾品を鷲掴みし、腰の鞄に仕舞いこんだ。これでは立派な泥棒であるが、そもそも倫理観にズレがあるカナエは何も気にしていないらしい。
「そんじゃあ一回退散して、街の中の様子を見てみよう」
「この馬車の持ち主がいるだろうから充分に警戒してね」
「あたしに任せい。修羅場を何度もくぐり抜けてきたんだもの、こんくらい余裕だよ」
「フラグかな?」
馬車から離れ、建物の残骸に身を隠しながらハーフェンの中心部に向けて進んで行くマリカ達。すると、海鳥の鳴き声に交じって人の声が聞こえてきた。
「ん・・・あそこに何人かいるな・・・・・・」
カナエが様子を窺うと、十人程の人影が水没したエリアの手前に立っているのが見えた。それぞれが薄汚れた衣服に身を包んでいて、いかにも不審者といった雰囲気を醸し出している。
「何を話しているんだろう・・・・・・」
「あたしが偵察してくる。敵情視察はお手の物だからな」
「カナエならできそうだね」
しかしこの状況で接近するのは危険だとカティアは思う。何故ならターゲットとなる相手の周りには建造物や残骸は無く開けた場所になっているからだ。つまり身を隠すことができず、会話が聞こえる範囲に入るためには姿を晒す必要があった。
「大丈夫なのですか? わたしが行きましょうか?」
「安心しなカティアちゃん。これでもあたしは一級魔導士でさ、こういう場面で有効に使えるスキルを持っている」
「そうなのですか」
「ステルススキルってのをね。気配を遮断することができるから、人や魔物に認識されずに近づくことも可能なんだよ」
ステルススキルは姿を消すというわけではなく、使用者の気配を極小まで下げることによって存在を認識されなくするスキルである。それを持つのがカナエであり、潜入なども得意としていた。
「まあ欠点もあって、持続時間が短いことと、ステルス中は戦闘ができないってこと。あくまで忍ぶための能力なんだ」
戦闘時にはどうしても殺気を放出してしまうもので、せっかく気配を消せても殺気を漲らせれば感づかれてしまう。相手が一人で不意打ちをするには問題ないが、多数と対峙するのには向かない。
「というわけで行ってくる」
目を閉じて集中するカナエ。その直後、マリカはカナエの存在を見失った。
「もうどこ行ったか分からないな。便利だけどイザという時に位置を把握できないのが難点だよ」
「あの、カナエ様ならあそこに居ますよ」
「えっ? 見えているの?」
「はい」
どうやらカティアは気配を遮断したカナエを追跡できているらしい。カティアは指でカナエの居場所を示すが、マリカは何も感じ取れなかった。
「本当にステルススキルは発動されているのでしょうか」
「間違いなく発動してるよ。実際に私には見えないし、カティアだけが認識できているんだ。多分、アンドロイドにはステルススキルは効かないんだね」
アンドロイドの視覚センサーが人間のモノとは違うためにステルススキルを無効化しているのだろう。その明確な論拠などはマリカには想像もつかないが、さすがは旧世界の先鋭技術の結晶だと感心している。
「あとで教えてあげよう。例えステルススキルを使ってもカティアの目は誤魔化せないよって」
一方のカナエはカティアに見られているとも知らず、小走りでターゲットに近づいていく。その足音すらスキルによって掻き消されるため見つかることはない。
「姉さん、ここで間違いないんすね?」
「ああ。情報通りなら、この先に船が沈んでる。そこから金銀財宝を根こそぎ頂戴するって寸法さ」
「楽しみですねぇ。それらを資金源にすりゃあ一生遊んで暮らせるかもっすね!」
「なんなら国を買える程の価値があるかもしれん。そうなりゃアタイらが王族にもなれる」
「国家というお宝を手中に収める・・・すっげーカッコイイっす!」
などという頭の悪そうな会話をカナエは耳にする。どうやら彼女達もカナエと同じようにトレジャーハンターであり、ハーフェンの噂を嗅ぎつけてきたようだ。
「よしオマエら! 道具を持て!」
背の高い女性がリーダーのようで、取り巻きの部下達と目の前の海面を見ながらニヤついていた。
「へっ・・・口だけは一丁前だな。まあ確かにロマンはあるが・・・・・・」
一国を支配するというのも悪くないなと夢想するカナエだが、今はそんなことを考えている場合ではない。先を越されて宝を持っていかれては無駄骨になってしまい、カナエのプライドが許さないのだ。
「さて・・・どうやって先手を打とうか・・・・・・」
むしろ彼女達が宝を引き揚げたところを狙って強奪するかと考えていると、
「!?」
突如として海面が盛り上がり、水しぶきを吹き上げながら異形の巨影が姿を現した。その全高は何メートルになるのかカナエには分からなかったが、海面から出ている上半身だけでも山のような巨大さだ。
「なんだ!? このタコだかイカだか分んねぇヤツは!?」
見た目はタコとイカの特徴が混じり合ったような頭足類だ。しかしそれは単なる海洋生物というには異常過ぎる。
そしてカナエは直感した。これは魔物であり、ハーフェンを壊滅させた張本人であると。
-続く-
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