第10話 カティアの願い
灯台の階段を昇っていくが途中で途切れていた。先程倒したカノン・オーネスコルピオの砲撃を受けて損壊したようで、粉々に砕けた階段の残骸などが散らばっている。
「ここからはジャンプしていくしかないな」
しかし魔導士ならこの程度は障害とはならない。上のフロアに向かってジャンプし、半分崩れている辺りの床を見渡す。
「篝火台のパーツか・・・あそこにも」
陽の差し込んでいる上部フロアには壊れた篝火台の一部が転がっていた。リペアスキルを使用するためにはある程度のパーツが揃っている必要があり、それらを拾いあげる。
「マリカ様、わたしがお持ちします」
「そう? じゃあ頼もうかな」
「はい!」
マリカに頼られることが最上の喜びとなっているカティアは嬉しそうに頷く。まるで犬のように付き従い、敬愛の眼差しを向けるカティアは人間以上の愛らしさがあった。
そんなカティアを連れて屋上へと上がり、半壊した篝火台へと辿り着く。土台部分は健在なので修復は案外すぐに終わりそうだ。
「じゃあカティア、運んでくれたパーツを土台の上に置いてちょ」
「了解です。これでいいですか?」
「おーけー。後は私のスキルで・・・・・・」
マリカが手をかざし、リペアスキルを発動する。淡く青白い光が瞬いて、その光に篝火台全体が包まれていく。
「何度見ても神秘的な光景ですね」
「リペアスキルにそんなに見惚れるのはカティアくらいだよ」
「そんなのおかしいです! これはもう芸術の域に達している事象なのに」
「ははっ、なら芸術家に転職しようかね」
冗談を言いつつも目の前の修復作業は順調に進んでいるようだった。バラバラになっていたパーツ類が光に導かれて合体していき、足りない細かな欠け部分が精製されていく。リペアスキルは多少の喪失部分なら補うことが可能で、大元さえあれば元の形を再現することができる。
そうして五分程経った後、篝火台は新品同様に復元された。全高約二メートルにもなるこの台こそが市民の生活を守る要なのである。
「おお! 元通りになりましたね!」
「はい。機能にも問題はないハズです」
「良かった! 本当にありがとうございます」
バタムはマリカの手を握ってブンブンと振り感謝を伝える。生きた心地のしなかった仕事ではあるが、一件落着して心底安堵しているようだ。
「あとは魔導士と兵を再配置すれば、魔物の接近を街に知らせるという通常業務を再開することができます。しかし此度の人的被害は甚大と言えます・・・・・・マリカさんやカティアさんのような強い魔導士が防衛隊入りしてくれるとありがたいのですが」
「規律正しい生活は不慣れでして。私には兵隊というのは向いていない職ですよ」
マリカは割と自堕落な生活をしているタイプなので、私生活まで干渉されるような職では大きなストレスを抱えるのは目に見えている。なので以前にも街の防衛隊にスカウトされたことがあるのだが断っていた。
「私はこのスキルで役に立てることを探したいんです。今回の仕事のように。まあ魔物が街に襲来した時は防衛隊に協力させていただきますから」
「助かります。できればアオナさんもご一緒してもらえれば」
「姉の重いケツを引っ叩いてでも連れていきますよ」
ともかくこうして与えられた仕事を完遂することができた。その手助けをしてくれたカティアの手を握って灯台から降りるマリカの顔は充実感に満ちていた。
「二人共ご苦労さん、遅かったね?」
「仕事が終わったあとに役所に寄っていたからね」
店舗兼自宅へと帰ったマリカ達をアオナが出迎える。店員とは思えないラフな格好で、しかもおやつを頬張っていたようだ。
「お姉ちゃん、食べながらの接客はダメだよ」
「もうすぐ閉店の時間だしいいじゃんよ~。ていうか二人とも砂まみれだね。砂遊びでもしてきたの?」
「サソリの怪物との砂遊びレクリエーションがあってね・・・・・・」
事情を知らないのん気なアオナに今日の出来事を報告する。特にカノン・オーネスコルピオとの死闘は少々盛って話し、特別報酬が支払われることも伝えるが、これは言外に報酬から小遣いを抜いてもいいでしょというアピールが含まれている。基本的に二人の稼ぎは家に入れることになっていて、そこから小遣いとして分配しているのだ。
「カノン・オーネスコルピオだって!? 死骸はまだ残っているの!?」
「あ、あると思うよ」
「こうしちゃいられないぜよ!」
「ちょ、お姉ちゃん!? どこに行くの!?」
アオナは目の色を変えて店を飛び出そうとしている。その活き活きとした目は純粋な子供のようだ。
「決まってるっしょ! カノン・オーネスコルピオを解剖してくるのさ!」
「今から!? もう夕方だし陽が暮れちゃうよ」
「早くしないと誰かに盗られちゃうかもでしょ! カノン・オーネスコルピオなんてレア種は滅多にお目にかかれないのだから、この機を逃すわけにはいかん!」
魔物の生態調査もしているアオナにとってはカノン・オーネスコルピオの死骸はお宝である。通常とは違う体内構造をしていて、それを調べたいという欲求を止めることはマリカにもできない。
「車を借りるよ!」
「いいけど壊さないでよ」
「壊れたってマリカちゃんが直せるでしょ?」
「あのね・・・・・・」
アオナはマリカの四輪駆動車に乗り込んで走り去ってしまった。
それを呆れながら見送り、どっと疲れてマリカは店仕舞いをする。もう陽は沈みかけて閉店時刻が迫っているので、もう今日はいいだろうと判断してのことだ。
「しかしカノン・オーネスコルピオは体内を損傷して死亡したので・・・恐らくアオナ様はがっかりなさるでしょうね」
「そうだね。多分内部はグチャグチャだから・・・・・・まあ外骨格や皮膚を調べるくらいはできるだろうから、それで我慢してもらおう」
マリカは自室に入り、カティアが持ってきたキャノンパックを預かって消耗具合を確認する。
「特に痛んでいる箇所とかはないけど一応リペアスキルをかけておこう。常に良い状態を保っておくのは大切なことだからね」
魔弾は高熱を帯びていて、まるでビームのようなものである。それを連続発射すれば砲塔に負荷がかかるのでメンテナンスは欠かせない。
「カティアにもリペアスキルを使おうか?」
「いえ、わたしは今のところ不調はありませんので大丈夫ですよ」
「まあまあ、遠慮しなさんな」
マリカはカティアの手に自らの手を重ねてリペアスキルを発動する。柔らかな光を帯びるカティアは心地良さそうに目を閉じマリカに身を委ねた。
「凄く気持ちのいい感覚です。人間で言う性的快感のような・・・・・・」
「そ、そうなの・・・?」
「はい。ずっと感じていたいです」
リペアスキルを受けるとそういう感覚になるのかとマリカは初めて知った。というのも生身の人間や生命体には効果がないため、道具や機械類にしか使ってこなかったためである。
しかしアンドロイドに性的感覚は必要な機能なのだろうか・・・・・・
「これでカティアもリフレッシュできたね」
「全身が製造されたばかりの新品のような感じです。ありがとうございます」
「いえいえ。てかアンドロイドって他にもいたんだよね? 生産工場があったくらいだし」
「わたしのようなメイドモデル以外にもいくつかのバリエーションが存在し、それぞれが量産されていました。総生産数は把握していませんが多数のアンドロイドが稼働していましたよ」
「なら探せば見つかるかもだよね。カティアのようにさ」
もしかしたら稼働状態のアンドロイドが現代においても存在するかもしれない。アンドロイドの耐用年数が何年かは知らないが、壊れていてもマリカなら修復することが可能だ。
「・・・わたし以外のアンドロイドをご所望ですか?」
それを聞いたカティアが少し悲しそうな目をしてマリカに問いかける。自分が優秀な個体だとは思っていないが、マリカに見捨てられたくないという思考が無意識の内に表情に出ていた。
「同じアンドロイドの仲間がいたほうがカティアも嬉しいかなって思って」
「お優しいのですね・・・でも大丈夫です。わたしにはマリカ様がいますから。それだけで今のわたしは幸福なのですよ」
こんな感情を持つのは初めてのことだった。昔のカティアも人間に仕えていたわけだが、そこに使命感はあっても個人的な感情を持つことはなかったのだ。なのに、カティアはマリカという個人に特別な想いを寄せ、言うならば独占欲すらも抱いている。
しかし無垢なカティアは、それが思考回路の異常なのかとも疑ったがスキャンの結果は異状無しであった。
「マリカ様さえいれば・・・・・・」
フと口にした言葉はマリカには聞こえず消えゆく。
作業台でカティア用の機械を修復するマリカを傍で見守りつつ、この平穏な時間が続きますようにと願うのだった。
-続く-
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