第22話 妄言

「おやおや? もうお帰りですかなあ?」

 前、事情聴取した時と同じように、バルコニーに彼はいた。

「いえ。少し気になることがありまして」

「ほう? それはなにかなあ?」

 不思議がる彼ーーウースター卿に響子さんはテーブルに手を置いた。

「貴方がこの事件の黒幕なのではないですか?」

「!? 響子さん、何を!?」

 突拍子のない話に俺は驚くが響子さんは続ける。

「まず、談話室における時間差トリックですが、あれは大波海斗だけではなしえません」

「ほお?」

「まず、チャンドラーはいつも時計を持ち歩いています。あの時だけ時計を持っていないのはおかしいのです。きっと、貴方が時計を隠したのでしょう。……第一、時計が鳴る前に貴方が時計を確認すればこの計画は意味をなしません」

「ふむ。確かに不可能に近いですなあ? しかし、それだけでどうして私が犯人と言えるのでしょうかなあ?」

 ウースター卿はニヤニヤとそう尋ねた。

「大波海斗が私に化けたという話ですが、これも不可能です。いくら彼が子供体型だからと言って、メイドの横山さんは欺けません。彼女がお客を間違えるはずがない」

「ずいぶんと横山くんを信用しているのだねえ? それでえ?」

「だと、すると横山さんが見た『私』は完全に私だったのです」

「……響子さん、よくわからないです」

「つまり、外見上は完全に『朱音響子』だった、というわけですわ」

 頭を抱える俺に神坂さんが優しくフォローしてくれた。なるほど。そういうことか。でもそれって……。

「『変幻自在』。どんなものにも変身できる魔術……。それを使ったとしかありえません」

「でも、それってもう使える魔術師がいないんじゃ……」

 俺は先ほどの話を思い出して反論するが……。

「いいえ。一人だけいるわ」

 響子さんはウースター卿を指さした。

「『戦乱の狐』と呼ばれた天才魔術師、ウースター卿。いえ、夢想妄言」

 聞いたことのない名前に混乱する俺。神坂さんを見ると酷く驚いた顔をしていた。

「夢想妄言……。確か戦時中にスパイとして暗躍していた『夢想機関』を指揮していたあの妄言夢想!? しかし、それは八十年前のことですわ。生きているわけが……」

 突然、高笑いがする。音の主は当然ウースター卿だった。

「妄言夢想! 傑作だあ! 素晴らしい! 面白い! あはははあ! 響子くん、君は笑いの天才だあ!」

「……」

「第一、私が妄言夢想だという証拠はなにかねえ? どうなんだい朱音響子くん?」

「それですよ」

「へえ?」

 響子さんは周りが凍りつくような冷たい目をしていた。

「そうそう、言い忘れてました。……初めましてウースター卿」

「ふえ?」

「実は私、ウースター卿と直接話すのは初めてだったんです」

「響子さん!? どういうことですか!?」

 ウースター卿と会うのが初めて!? いったいどういうことなんだ!?

「確かにウースター卿とは知り合いです。しかし、本物の彼は私が『朱音響子』だということを知らないんです。偽名である『大泉怜子』としか名乗ってないのですよ。しかし、昨日パーティーで私のことを本名で呼んだのです」

「……」

 突然、ウースター卿はガチこちに固まってしまった。それが図星だと言わんばかりに。

「最初は私の名前を調べあげたのかと思いました。しかし、貴方の不可解な行動を見て本人ではないのではと疑いを持ちました。そして『変幻自在』が使える唯一の魔術師、夢想妄言だと推理したのですが……いかがですか?」

 そういえば、以前魔術のインターンみたいなもので友達がいるとは言ったが……。それがウースター卿だったということか。

「……」

 ウースター卿はさっきまでが嘘のように黙り込んでしまった。

 冷たい風が通り過ぎていく。木の葉が風にのり空を舞う。ちょうどそれが終わるのを見届けるようにウースター卿はぼそりと漏らした。

「やれやれ。歳を取ると細かいところを見落としてしまって、かなわないのお」

 突然、紫色の煙がウースター卿を包む。しばらくして煙は晴れ、そこには軍服を着た白い髭をぼうぼうに生やした老人がいた。手には長い軍刀を杖のようにして座っている。

「ほほっ! 見事じゃ、朱音響子」

「あなたが夢想妄言……!」

「如何にも。しかし驚いた。儂の調査じゃ、君はこういうのは『面倒くさい』のではないのかのう?」

 確かにそうだ。響子さんは極度の面倒くさがり。どうしてウースター卿の正体を暴くなんてことをしたのだろう。

「そうね。確かに面倒くさいわ。でもね……売られた喧嘩を放っておくほど、優しい人間じゃないのよ」

「ほほほっ! 愉快愉快」

 夢想は楽しそうに笑った。

「……目的は私を貶めること?」

「如何にも。君は我々の目の上のたんこぶ。そして面倒くさい道元めも排除できるまたとない機会。使わない手がなかろう?」

「そう……。弓削、ライター」

「え? あ、はい!」

 突然、ライターを要求された神坂さんは慌てて、暖炉にあったマッチを持って響子さんに渡した。響子さんはマッチを擦り、火を着けると煙草を吸った。

 ぶはっあと白い煙が空を舞う。

「奏多くん、時間」

「えっ! はい!」

 突然、呼ばれた俺は慌ててスマホを見る。

「えっと、十九時十七分です!」

「……ありがとう」

 すると、響子さんは夢想と距離を取った。それはまるで……これから戦いがあるようだった。

「私と戦うつもりかのう? しかし、魔術が使えない今、丸腰で何ができる?」

「響子! 私も戦ーー」

「弓削。これは私と夢想の戦い。邪魔しないで!」

 あまりの迫力に思わず黙り込む神坂さん。俺もいつもと違う響子さんに震えていた。

「そうじゃったなあ。道元はお前にとって父親のようなものじゃったなあ。復讐ということかのう?」

「復讐? 違うわ。私はただ目の前の存在に我慢できないだけ……来なさい」

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