第11話
しばらくそいつと篠田は見つめあった状態になっていた。
が、突然そいつがものすごい勢いで上に飛んだように見えた後、そいつの姿は消えた。
そこで篠田はようやく我に返った。
慌てて自分の部屋に入ったが、気づけば外が騒がしくなっている。
頭の中は今見たやつのことでいっぱいだったが、やがて外の様子も気になってきた。
それでも外を見れずにいると、しばらくすると救急車、それにパトカーもやって来た。
最近このマンションでは連続して見かける光景だ。
――まさか!
そのまさかだった。
隣の部屋の桜井あんりが飛び降りたというのを篠田が知るまで、それほど時間はかからなかった。
篠田は隣の部屋と言うことで警察にも話を聞かれたし、人の心情よりも自分の好奇心が勝る人にも話を聞かれた。
だが誰に対しても、あのときに見たキメラのような女の話はしなかった。
そんな話を警察や近所の人にしたならば、後々とんでもないことになることを、篠田は十分すぎるくらいにわかっていたのだ。
篠田にはそれくらいの分別はあった。
大場さやが自分の部屋に帰ろうとしたとき、前方に女が立っているのが見えた。
――あの女だ!
何度となくマンションの入り口でマンンションをにらみつけているあの女がそこにいた。
そして誰に対しても徹底的に無視するのに、大場だけは二度会って二度とも大場をじっと見つめていた女。
その女が今目の前で大場を凝視しているのだ。
――どうしよう。
大場は考えた。
しかしこのまま逃げるというのも、あまりいいとは思えない。
おまけに女は大場の玄関よりもさらに奥に立っている。
女がそこから動かなければ、大場は何事もなく自分の部屋に入ることができる。
あの女がなぜこんなにも大場を見ているのかはわからないが、それは今後むこうの出方を見て考えよう。
大場はそう思った、
大場はそのまま自分の部屋に入った。
入ってしまえば女の姿は大場からは見えない。
大場はそのままテレビを見たりして時間をつぶした。
そして玄関から廊下に出てみた。
次に左右を確認したが、あの女はどこにもいなかった。
不安はまだ残るが、大場はそのまま自分の部屋に戻った。
今はそうするしかないと思った。
――そうか、あの女は大場さやというのか。
本部は調べて大場の名を知った。
もともと死んだ岡田たまきが住んでいた部屋に越してきた若い女で、マンション中の有名人になっているので調べるのにそう苦労はかからなかった。
――もっと視てみないとな。
本部はさっそく、大場の部屋に通ずる廊下で待つことにした。
待っていると、予想していた時間に大場が帰ってきた。
そして本部に気がついた。
あきらかに警戒をしている。
大場の中では本部はもともと不気味な存在なのに、このまるで待ち伏せのような行為だ。
警戒されないほうがおかしい。
しかし本部は視る必要があった。
大場の霊的な波動を。そしてその先のそのまた先を。
大場がそのまま部屋に入るのなら、視ていられる時間はそう長くない。
実際に大場は少し戸惑ったものの、そのまま自分の部屋に入ったのだから。
本部は全身全霊で大場を視た。
そして完全とは言えないが、視えてきたものがあった。
――よし、ある程度は視えたな。そうなると、あとは一人。
調べるまでもない。
全国ニュースにさえこの男は取り上げられていた。
そしてマンション中の有名人。
桜井健一。
死んだ桜井あんりの実の兄だ。
この男も視なければならない。
糸は一本よりも二本の方が断然いい。
本部はそう思い、決心し、実行した。
桜井が帰宅すると、部屋に通じる廊下にあの女が立っていた。
いつもマンションを睨みつけている女。
そろそろ不審者として通報されそうな女が。
しかも誰にも反応しないと聞いていたその女が、今までとは違って桜井のことを真っ直ぐな鋭い眼光で見ているのだ。
――なんなんだいったい。
女は桜井の部屋よりはむこう側にいる。
だから女に接することなく自分の部屋に入ろうと思えば可能なのだが。
だからと言っていつもどおりになにも気にすることなく自分の部屋まで帰れるわけではない。
桜井は変な緊張感を保ったまま女を見ながら部屋の前まで来た。
そして女がこっちに来ないことを確認してから部屋に入った。
入った後もあの女が呼び鈴を鳴らすのではないか、もしそうならどう対応すればよいのかと考えて、自分の部屋なのに気が休まらなかったが、誰も呼び鈴を鳴らすことはなかった。
――まったくどうかしてしまいそうだ。
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