第122話『Medicinal Mocktail』

ヒューストン空港の『ANA VIPラウンジ』にて、日本人ウエイターがサーブしたモクテルのグラスをあおった玲音は、口に含むなりいきなり顔色を変えてむせ始めた。


「ゲホ、ゲホゲホ」


「あれ? レオ、どうしたの?」


「ううっ!! お前……コレ……」


「シーッ!」

苦しそうに訴える玲音を、ジェンミは制して言った。


「静かにしなよ。ボクの行動が目立つとか言っといてさ、レオも人のこと言えないじゃん?」


玲音は口を押さえながら声を潜める。

「う……ってかなんだ! コレは!!」


「え? モクテルだよ、わかる?! ノンアルコールカクテル!」


涼しい顔でそう言うジェンミに、玲音はグラスを突きつける。

「おい! 飲んだことねぇ味だぞ、これ!」


「え? そうなの? ほら、これから長いフライトだからさ、体調を整えるために滋養強壮じようきょうそうくモクテルをオーダーしたってわけ! 柑橘かんきつ系フルーツにハーブ、スパイス、野菜も配合してるって言ってたかな? 名前は……なんてったっけ?」


「どーでもいい! 予想を上回る味だ! ひでぇぞ」


ジェンミは玲音からサッとグラスを取り上げた。

「そう? 見た目はそんなに……うわぁーーっ!」


大きな声をあげるジェンミの肩をつかんで、その姿勢を低くする。


「しっ! 騒ぐなよ! お前が注文したんだろうが!」


ジェンミは口を押さえながら顔を歪める。


「うげーっ! なんだコレ!? もはや薬膳やくぜんじゃん! う……この味は……コリアンダーかな?」


「知るかっ! ったく! 変なもん注文すんなって!」


ジェンミが額の汗をぬぐいながらドサッと椅子に座り直す。

「ふうっ……とんだアトラクションだったねぇ」


玲音は目をつり上げる。

「は? 自爆してんじゃねぇか!」


「ふふふ。御曹司様はフライト後もスケジュールがタイトだろうからさ、バーテンに〝時差にも対応できて、しっかり体調を整えられるモクテルを〟ってオーダーしたんだよ。有能なセクレタリー  秘書  だと思わない!? けど……〝美味しいものを〟って付け加えるのを忘れたみたい。ふふっ」


玲音は呆れたようにくうを仰ぐ。

「チッ! 余計なことを……メシがマズくなんだろ!」


ジェンミは笑いながらフォークをくわえる。

気を取り直して食事をすすめながら、ジェンミは腰を据えて有紗を観察し始めた。


玲音はソファーから腰を浮かせる。

「もう食欲も出ねぇから、シャワーでも浴びてくる。どうせ搭乗とうじょうしたらすぐに機内食だろ?」


「そうかもね? いってらっしゃい」


玲音はジェンミをおいて席を離れた。

有紗に見つからないようにぐるっと回り込んでシャワールームに向かう。

奥には落ち着いた個室ブースがあり、そこでしばし静寂を堪能した。


スッキリ身支度を整え、廊下を進むと、正面から見覚えのあるプラチナブロンドが見えて、玲音は慌てて顔を伏せた。

スマートフォンを耳に当てたその人物が横を通りすぎるとき、その会話から女性の名前と歯の浮くようなセリフが聞こえてきて、玲音は肩をすくめる。


「Honey,You are always on my mind.」

《ハニー、いつも心の中に君がいるよ》


玲音はゾッとしたように自分の腕をさすった。

「うわ……とんでもねぇヤツだな。なるほど、ジェンミを越えたプレイボーイってか?」


そう呟きながらロビーに戻ると、一人手帳に何やら書き込んでいる有紗を遠目で確認する。

そしてまた離れた場所から一人、彼女に熱い視線を送るジェンミの姿をとらえると、何故か妙な気持ちになった。

そのまま見ているわけにもゆかず、席に戻る。


「あ、レオ、おかえり。さっきからニールが席を外しててさ」


「ああ、個室ブースに来てた」


「そっか。ニールもシャワーに行ったんだ?」


「ま……それだけじゃないみたいだったけどな」


ジェンミが興味津々で玲音にすり寄る。

「え? なになに?!」


玲音がニールと遭遇そうぐうした時の話をすると、ジェンミの表情がみるみるうちに渋くなってくる。


「やっぱりそうなんだ! とんでもないプレイボーイだね!」


そんなジェンミを、玲音は目をぱちくりさせながらまじまじと見つめる。


「何度も言うが……お前が〝そのワード〟で他人をなじるのは、しっくり来ないと言うか……どうかと思えてならないんだが?」


「はぁ? なんだよそれ! だ・か・ら! ボクは純粋にアリサを……」


「はっ!」

「はっ!」


有紗がサッと立ち上がったのが見えて、二人は顔を伏せると同時に口をつぐむ。


ジェンミが声を潜める。

「アリサもシャワーかな?」


「まぁ、フライト前だからな」


「ならボクも行ってこよう!」


「お前……マジで気を付けろよ!」


「大丈夫大丈夫! 女性用のPOWDERパウダー LOUNGEラウンジは逆方向だし、ニールはボク達を知らないからニアミスしたとしても問題ないしね」


「それはそうだが……とにかく、目立つ行動はするなよ!」


「はいはい、心配性の御曹司さん!」


「チッ! てめぇ!」


「あはは」


後ろ手で玲音に手を振りながら個室ブースに消えていくジェンミと、逆サイドに歩いていく華奢な有紗の後ろ姿を交互に見つめながら、玲音はこれからは始まる奇妙な旅を思い、大きくため息をついた。



第122話『Medicinal Mocktail』- 終 -

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