第100話『Day after the party』

フロリダ、ウエストパームビーチ。

ダウンタウンにあるクレマチスストリートは、今日も晴天に包まれていた。

昨夜のパーティーで遅い帰宅となった有紗アリサも『ランドルフ』の次期コレクションのモデル選定会議には意気込みを見せ、早朝から気合いをいれて準備に取りかかっていた。


通りを歩いてくる人影に向かって手を振る。


「おはようございます、アキノブさん!」


「おお霧島、おはよう。昨日はお疲れさん」


彰信は速度を早めて有紗に近付くと、彼女を押し込むように、自分もスタジオの建物に入った。


「暑いんだから外で待たなくていいだろ? 日焼けするぞ! なんだ? 早いじゃないか」


「当然ですよ。売れっ子カメラマンをお待たせするわけにはいきませんから」


「またまた調子のいいことを。なぁ霧島、昨日だいぶん飲んだんだろ? さすがに今日は疲れてるんじゃないか?」


ニヤリとしながら顔を覗き込まれ、有紗はギョッとする。


「えっ?! な、なんで知ってるんですか?!」


「噂になってるぞ。ニールF・Gのワイアットデザイナーが日本の雑誌編集者と豪遊ごうゆうしてたって」


その言葉に青ざめた有紗は口を尖らせた。


「ちょっと! なんですかそれ! 豪遊なんかじゃありませんよ!? れっきとした、接待なんですから」


彰信は朗らかに笑った。


「あはは、実はそれも聞いてるよ。誤解を招かないようにって思ったのか、ランドルフの専務がわざわざ俺に言いに来てくれてさ」


「え、翼さんが? そうだったんですね」


有紗はホッとしながら昨夜の状況を話し始める。


「ミセスランドルフがニールを紹介して下さったんですけど、その際に『月刊ファビラス』についても話を振って下さって。そのお陰で、今度『ファビュラス』としての取材も取り付けることが出来たんですよ!」


「ええっ! あのニールが『ファビュラス』の取材を受けるって?!」


「そうなんです! 凄いでしょ?! 彼が所属する『Francesフランセス Georgetteジョーゼット』のオーナーって親日家しんにちかで有名でしょ? なので、日本でのニューイヤーパーティーには毎年参列して、その度に『月刊ファビュラス』で特集も組んでるんですって話したら、喜んでくださって」


「そうか、やったな! 確かに、他の国をおいて必ず毎年日本で最初にパーティーを開くようなブランドだから、よっぽど日本贔屓びいきだろうとは思ってたけど……デザイナーもそうか?」


「ニールは就任以来、毎年日本には来てるみたいでした。ショーの目玉だったあのオーロラカラーのニットが素敵だって話で意気投合しちゃって」


「なるほどね。霧島の戦略にはさすがのニール・ワイアットもイチコロってわけだ?」


「もう! またそんな言い方を……人を詐欺師みたいに言わないでください! すっごく頑張ったんですから、ねぎらってほしいぐらいですよ」


「ははは、よく頑張ったな」


彰信は有紗の頭に手を置いて、その顔をまた覗き込んだ。


「しかし、いくら戦略家の霧島でも、相手も相手で世界的に有名なプレイボーイだぞ?  誘われたりしなかったか?」


有紗は胸を張るように余裕の笑顔で頷いた。


「ええ。私にはすごい保護者がついていたので」


「すごい……保護者??」


「昨日アキノブさんも会ったでしょう? 会場でも目立ってましたよね? 〝ジャパニーズビューティフルキモノ〟って、みんなにもてはやされてて」


「ああ! 川原……じゃなくて、 ツカサ・ウォーレンか! え? アイツもついて行ったのか?」


「ええ。ニールもオリエンタルスタイルの中でも着物には前々から興味があったそうで、司の京友禅きょうゆうぜんに魅了されてましたよ。カラーコーディネートについての話にも花が咲いて、いい交流ができました」


「そりゃ良かったな。さすがやり手だ」


「ふふ。せっかくおめ頂きましたけど、実はまだあるんですよ?」


「なんだ? おいしいネタでも転がってたか?」


「『ファビュラス』のインタビュー撮影の際のカメラマンに、アキノブさんをしておきましたんで!」


彰信は大袈裟に胸を押さえる。

「わぁ! また俺にデカイ仕事をくれるのか? もう霧島には 足を向けて寝られないな」


有紗はそんな彰信を上目遣いに睨んだ。


「またまたご謙遜けんそんを! 引く手あまたなことはわかってますよ。でも、ファビュラスの仕事でアキノブさんをおいて、一体他に誰にお願いすると?」


「ほぉ。敏腕びんわん編集長との太いパイプがあれば、俺もアメリカでやってけそうだ」


「なに言ってるんですか。もう充分すぎるくらい売れっ子なクセに! 今日だって……本当はスケジュール調節、大変だったんでしょ? 無理して来てくださってありがとうございます」


有紗は丁寧に頭を下げた。


「いやいや、霧島のためなら何のその!」


照れ臭そうに頭をかく彰信に、有紗は微笑みを返す。


「あはは。だったら早く準備なきゃ。ちょっと待っててくださいね」


きびすを返して走り去る有紗から、何かが床に落下した。


「おいおい、なんか落としたぞ! ああ……行っちまった。モノを落としても気付かないなんて、小学生かよ!? 落ち着きのないヤツだ」


彰信は落ちたものに歩み寄る。


「アイツって、いつも走り続けてるって感じだよな」


スティック状のものをゆっくり拾い上げると、それは扇子せんすだった。

夜明けの空を模したようなグラデーションの蒼い和紙と、繊細な竹ので作り込まれた上品なものだった。

彰信は目を丸くしながら開いたり閉じたりしてみる。


「は? こんなものを日常的に使ってるのか? 面白いヤツだな」


彰信は開いた扇子をヒラヒラさせながらスタジオの外に出て、街並みを眺める。

比較的観光客が多くなってきた通りを何気なく見ていると、こちらに向かって歩いてくる一つの人影に目を奪われた。


「ん?! あれは……」



第101話『Day after the party』- 終 -

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