第85話『Grooming cats chatting』
ダイニングテーブル越しに頭を突き合わせ、声を潜めて話していた玲音とジェンミが、二人同時にハッと階段を仰ぐ。
バチッと視線が合い、首をすくめる二人の様子に、階下のテーブルを覗き込む有紗が吹き出した。
「ぷっ! あはは」
「な、なんだよ」
「どうしたの? 二人同じ顔して! やだ、
「はぁ?! 懐かしい??」
有紗が笑いながら階段を降りてきた。
ジェンミが首をかしげる。
「アリサ、懐かしいってどういうこと?」
有紗はETのとなりにゆったりと腰かける。
「ああ……実家でね、猫を二匹飼ってるんだけど、あの子たちが若かった時は、もうしょっちゅうじゃれ合ってて……夢中で遊んでるから私が近くにいることに気が付かないんだろうね、別にそっと近付いたわけでもないのに二匹が同時に私に気がついて、すっごくビックリしたようにフリーズするの! しっぽをぼわっと太くしちゃってさ。それが可愛くて……ふふふ」
「は?」
玲音が呆れ顔で固まる。
「それが……ボクたち?」
「うん、だって、二匹が同時に私の顔を見てビクッて」
「おい! どさくさに紛れて〝二匹〟って言うな! 俺らはネコと同等ってわけか?」
ジェンミが頷きながら玲音の肩に手をやる。
「まぁレオは確かにネコっぽいけど、ボクは違うよ?」
玲音はその手を払いながら抗議した。
「はぁ!? 思い付きで行動するお前の方がよっぽどネコっぽくねぇか?」
「いや、ボクは〝矢神家の犬〟だから」
「は! つまんねぇ皮肉言ってんじゃねぇよ!」
そのやり取りを微笑ましく見ていた有紗が、少し視線を強めた。
「っていうか……なんか私に内緒の話してなかった?」
二人が一瞬、閉口する。
「し、してねぇわ! ネ、ネコと一緒にすんなよな!」
「えー怪しいなぁ?!」
「な、なにいってんだ!」
焦りを見せる玲音とは逆に、ジェンミはにっこりしながら有紗に囁いた。
「ネコじゃらしでくすぐってみれば? すぐ吐くかもよ?」
「いいわね」
「ジェンミ! お前裏切るなよ! 一体どっちの味方だ!」
「そりゃ女の子の味方さ。ねぇアリサ!」
有紗は意味深な笑顔で、隣に座るETの肩に近付く。
「じゃあ、そばで聞いてたこの
「ふふ。じゃあ、白状するよ」
ジェンミは微笑みを返す。
「レオがさ、アリサが泥酔してミッキーに噛みついたりしてないかって、心配しててさ」
「ええっ! なによそれ!」
玲音がガタッと立ち上がる。
「このやろう! いい加減なことばっか言ってっと、また落とすぞ!」
「わぁ怖っ! じゃあボクは〝矢神家の犬〟としてリモート会議に参加してくるよ」
「お前はまたそんな言い方を……おい! 逃げる気かっ!」
「あはは。ホントに野良猫みたいにビビっちゃって!」
ジェンミはおどけるように立ち上がり、有紗の
「あのねアリサ、ツカサの子供たちにお土産買っただろ? だから近々ウォーレンファミリーを家に招待したらいいんじゃないかって相談してたんだよ」
「そうなんだ! いいね!」
「だろ?」
ジェンミは玲音にウインクを投げた。
ETの頭にポンと触れ、更に有紗に耳打ちをする。
「レオにこの旅のこと、色々話してあげて。アトラクションの大きな音とか暗転とか、まるで雷みたいだろうから大丈夫だったのか、って心配してたよ」
「え……そうなの?」
ゆっくりと玲音に視線を向けると、玲音は居心地悪そうに新聞を広げた。
ジェンミは更に有紗の耳に唇を寄せ、声を落としながら追い討ちをかける。
「だってさ、ホントのところはアリサが人並みならぬ
有紗は声を潜めながら抗議する。
「もう! 強靭って言わないでよ!」
スッと立ち去るジェンミを睨む有紗に、玲音は不思議そうに視線を上げる。
誤魔化すように苦笑いし、さっと
「……おっ、サンキュー」
ぎこちなくカップに手を伸ばす玲音を、有紗はじっと見つめた。
「あの……色々心配してくれて……その、ありが……」
「な、なんだ!? もしかしてホントにミッキーに噛みついたのか?!」
有紗はバッと顔を上げ、目を見開く。
「はぁ!? そんなわけないじゃない! ネコじゃないんだから!」
その言葉に、二人は同時に顔を見合わせた。
「フフッ」
「フフッ」
有紗は香りを
「楽しかったよ、ウォルト・ディズニー・ワールドの取材旅行」
「そうか。何よりだ」
「ええ。堪能したわ、最後まで」
玲音が新聞を脇に置きながら不可解な表情をする。
「〝最後〟って? なんの?」
有紗は一瞬、焦った表情を見た。
「えっ? あ、ああ……まだ行けなかった所もあるけど、見ておきたいと思ったところには……行けたから」
「ふーん……そっか。なんかよくわかんねぇけど、よかったな」
「うん」
それぞれコーヒーを
「今日は一日ゆっくり過ごすのか?」
玲音の質問に有紗は首を横に振った。
「いいえ。これからシャワーを浴びて、ランドルフに出社することにしたから」
「は? これから?」
玲音は大きくため息をついた。
「だから〝
有紗はその言葉に目を見開く。
「ちょっと! なによそのワードは!! どこから聞いたのよ!」
「え! あ、いや……その……」
「失礼ね! 違うわよ! 仕事じゃなくて、
玲音は呆れたように両手を上げた。
「あのおばさん連中に、一体なんの土産だ? ディズニーって柄でもねぇだろ?」
「知らないの?! お二人ともリトルマーメイドの大ファンなのよ!」
「はぁ! 知るかよ!」
「あなたのお母さんとおば様でしょ!」
「おばさん連中の趣味なんざ、興味もねぇわ」
「ひどーい! 最低な息子ね!」
「うるせぇ!」
二人がやりあっている中、二階からジェンミが下りてきて、やれやれと言わんばかりに大きなため息をついた。
「なんだよ! 賑やかに旅の話で盛り上がってんのかと思ったら、どうして吹っ掛け合いになってんの?! ホント、二人して子供じみた会話しちゃってさ、おちおち席も外せないよ」
ジェンミは呆れ顔で椅子に座ると、大袈裟に腕組みをしながら二人を交互に見る。
「もう……いい加減さぁ、夫婦喧嘩はやめてよね!」
「ちがうでしょ!」
「ちがうだろ!」
二人の同時反論に、ジェンミは表情を色めき立たせた。
「おおっ! 懐かしい
玲音と有紗は、しばらく閉口しながらジェンミの笑い声を聞く羽目となる。
「もう……ジェンミったら、またそんなことを……」
「ったく! いつまでもいじってんじゃねぇぞ!」
二人がそうボヤくと、ジェンミは更に愉快そうに笑った。
「あははは」
「ホント、お前は……うるせぇヤツだよなぁ」
明るい食卓で陽の光を浴びながらちょこんと席についたETが、和やかな表情で三人のやり取りを見守っていた。
第85話
『Grooming cats chatting』-終-
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