『Ray of sunshine』 - Stunning sky in Florida -

第3話 『Blowing a kiss to my best friend』

ディズニー・ワールドのオフィシャルホテルの一室で、ルームサービスでとった夕食を片付けてもらった彼女は、所々にミッキーが隠れているファンシーな部屋をゆったりと見回した。

一人には広すぎる空間だった。

「ようやくベッドで寝られるわね」

長い一日だった。

そして、ちょっとしたアクシデントから数年ぶりに蘇ったあの思い出……

その根源となるあの香りが、気を緩めた瞬間にスッと心に入り込み、支配し始める。

その懐旧（かいきゅう）の念を振り払おうと目を伏せたと同時に、あのサングラスのオトコが頭の中に現れた。

不自然に口角を上げて笑う、皮肉めいた顔が脳裏に浮かぶ。

彼女は息をつきながら目を見開いた。

「イヤね……ああいうタイプのオトコ。イタリアのバイヤーに多いタイプよね？　でも……髪色はダークだから、南米？　いや、肌は白かったからアジア系かな？」

最初に声をかけてきたシーンを思い出す。

「あの時はただ親切な人だなと思ったけど……いや、もう少し素敵にも見えたかな。スタイルは……まぁいいわね、身長は6ft（フィート）2in（インチズ）(188cm)ってところかな？　それより！　彼が着ていたあのニットよ！　驚いたわ……」

そこまで口にしたとき、彼に抱きしめられた感覚がよぎる。

柔らかい素材のその奥のあった硬い胸を思い出し、息を飲んだ。

「えっと……確かにあの素材は『Frances（フランセス）　Georgette（ジョーゼット）』だわ。あのNew Year's Partyの時のショーに出品されてたものと同じだった。間違いないわ」

年の始めに日本で開催される『F G』のパーティー。

親日家のオーナーによって毎年開催され、catwalk（キャットウォーク）でショーが行われる傍らでは、お披露目されたアイテムを手に取る機会がある。

実際にその生地に触れてみたので、あのニットが間違いなくその時のものだとわかった。

「まぁ、さすがに顔をうずめたりまでは……しなかったけどね……」

ここへ来て何度苦笑いしただろうと、彼女は不甲斐なくため息をつく。

「それにしてもあのオトコ、わりと若く見えだけど？　でもあのニットは金額も含めて子供の手が届くようなものじゃないわ。靴もあのデザインからして多分、フェラガモね。それも新作じゃないかしら？　一体何者なの？！」

そう言いながら純白の手帳を取り出した。

この表紙の『F G』という大きな刻印。

『Frances　Georgette』は今やイタリアのハイブランドとして一流となった。

編集者として招待されているこのブランドのNew Year's Reception Partyには毎年テーマカラーがあり、それがその年のドレスコードとなっていた。

そしてそれに伴（ともな）った色の手帳を手にすることが出来る。

今年のテーマカラーはホワイト。

大規模なパーティーには、あらゆるデザインの白い服装に身を包んだ各界の重鎮やスターが多く参列し、その会場は明るく華やいでいた。

仕事柄、彼女の手元には何年にも渡って、この『F G』のあらゆる色の手帳がコレクションされている。

手帳を開こうとした時、スマートフォンが振動し始めた。

深夜にコールしてきた相手はまたもや親友で、その声は抗議を含んでいた。

「ねぇ、着いたら着いたで、ちゃんと連絡してよね！」

「ごめんごめん！　もう遅いし、子供達も寝ちゃってるだろうから、悪いかなと思って」

「そんなの大丈夫よ。それより、明日はまさかディズニーワールドでも観光しようなんて、思ってないでしょうね？」

「まさか！　さっき一人でバスに乗ったら……撃沈したわ！　確かに、一人で来るところじゃないみたい」

「あはは。そのうちちゃんと我が家のファミリーと一緒に楽しくディズニーワールドを堪能させてあげるから。ビジネスの方をとっとと片付けちゃいなさいよ」

「わかった」

「結局食事は？　どうしたのよ」

「今、ここで食べたとこ」

「あ！　この時間にまさか……お肉食べたりしてないでしょうね？！　アメリカに来たらまずは肉！　ナンテこの前言ってたけど？」

「あはは、食べちゃったわよ、リブステーキ。あとワインも。でも、4オンスにしたけどね」

「ったく……ま、あなたらしいわ。明日は？　こっち（パームビーチ）に来るのよね？」

「うん。一応、先方のアポイントメントは取れてるから、そっちに（パームビーチ）は出向くわ。本当に会ってもらえるのか、まだ半信半疑なんだけどね。とりあえず一週間はここ（WDW）に泊まるから」

電話口から溜め息が聞こえる。

「どうしてなの？　最初から最後までウチに来ればいいのに。日本と違ってここの家は広いのよ！」

「分かってるって！　だから来週からお世話になるじゃない？　不束者（ふつつかもの）ですがよろしくお願いします！」

「はいはい、お引き受けします！　じゃあ、時間が空いたら食事でもしよう。まさかウチに来る一週間先まで会わないとか言わないでしょうね？　もしそう思ってるなら、親友をないがしろにしすぎよ」

「そんなことないって！　近日中に一度会いに行くわ」

「OK、じゃあ連絡待ってるね！」

「うん、おやすみ」

何年かぶりに再会することになっている親友は、相変わらず心配性だ。

同い年でありながらも、長年自分の姉のように振る舞ってくれる彼女を、心底信頼していた。

「ようやく会えるのね。早く会いたいよ！　司（つかさ）！」

電話を切って、暗くなったスマートフォンの画面に向かって、キスを投げる。

部屋にあるファンシーな時計に目をやると、午前２時近くになっていた。

「ヤバい、明日はそんなにゆっくりとはしてられないんだった、早く寝なくちゃ！」

彼女はバスローブをクローゼットから取り出して、そのままバタバタとバスルームに駆け込んだ。

仕事柄、海外への渡航も多く、ホテルのベッドは大好きだった。

枕が変わろうが、このふかふかとした感触があれば、いつだって即刻眠りにつける。

静かに目を瞑（つぶ）って横たわる。

疲れていた。

ゆったり息をはきながら、段々と眠りに落ちていくのを感じる。

さらりとしたシーツの狭間で、冷たい足先からスーッと体が浮いていくような感覚のもと、意識が遠のいていく中で、またフッとアルマーニの香りが浮かんだ。

胸を熱くするその匂いは、安らかな眠りと共に心の奥底へと消えていった。

第３話　『Blowing a kiss to my best friend』- 終 -