第23話

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「田中竜二。彼はこの動眼温泉の下屋の盟主『田中家』の跡取りです。その彼ですが生まれもここではなく、いつの頃か不意に父親である田中良二に連れられてきたのです。それから以後は此処に住み、そしてやがて東珠子、火野龍平らと共にここで成長してゆく。しかしながら彼は成長するにつれ、人々の噂に乗るようになった。もし田中家の跡取りとしてだけの存在ならば、彼のそうした背景をそれ程囁く必要も無く、またこの集落における『田中家』の立場や家格を考えれば慎むべきことだったにも関わらず、あることが囁かれるようになった。何故それほどまでに彼にそうした関心が注がれるようになったか?それは思春期において彼の特徴極まる部分が見え始めたからです」

 僕はそこまで言うと老人を見た。老人は黙して何も語らず、ただじっと聞き入っている。僕はそんな老人の鼓膜を震わせようと再び話し出す。

「あれは…一体誰に似たのだろうか?」

 囁きが届いたのか老人の肩がピクリと揺れた。僕は続ける。

「つまり…そう、彼のあの…女に対する執着、いや、そのぉ…まぁ何というか、性的な行動、つまり思春期において急進的に現れた彼の性的衝動(リビドー)、それは一体誰に似たのか?」

 老人はピクリと動かした肩を、今度は固くしているのか、反応はない。僕は鼓膜奥に響いているだろう自分の言葉が老人の中でどんな化学反応を示すか、確認したくなる衝動を感じた。

 少し乾いた唇を舐めて僕は話を続ける。

「つまり彼の性的衝動(リビドー)は一体誰から受け継がれたものなのか?父親の田中良二は、それ程の切れ者ではないがそれでもごく一般的に欠落の少ない平凡な人物である。その彼から何故に彼のような特異性のある子供が生まれたのか、いやいやもしかしたら父親の中にもそうした隠れた遺伝性分子が在ったのかもしれないが、しかしながら父親の良識の中に竜二の姿を垣間見ることは出来ないから、それはきっと見も知らぬ…母親からの遺伝に違いない…そう、誰もが囁いたわけです。それらならばそれはきっと母親から受け継がれた遺伝性が潜んでいて、それが突如思春期を迎えた若い肉体の内からマグマの様に現れたに違いない、と…」

 老人はふぅと息を吐いた。吐くとやや肩を下げてそれから杖で地面をコツコツと音を鳴らした。その音に交じるように老人が語る。

「まぁ、良く分かる理論やな、子は親に似る。つまり竜二の特徴は誰から引き継がれたか、親父に垣間見られへんのなら、残りは片方になるっちゅうわけや。まぁ簡単な事やで」

「ええ、まぁ。そんな簡単な理論です」

 僕は答える。そして答えて、且つ僕は言う。

「つまり、事件をめぐる答えとしてのひとつのピース。それは彼の母親は誰なのか?そこなんです」

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