第19話

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 僕は腕時計を見た。まだバスがやって来るには十分の時間がある。

 いや正直、今の僕の気分はほっといてもやって来るバスなんかよりも、馬蹄橋を臨んで隣に腰かけている老人とのこれからの語らいの方が自分にとって愁眉の事であると言っていい。

 この馬蹄橋を囲む様に配置された七灯篭を臨むこのベンチこそ、東京オリンピックの前年1963年の在る事件について語らうには最もふさわしい場所と言えたからだ。

 僕は老人と腰かけ、古びているこの七灯篭を順に眺めた。煉瓦造りの馬蹄橋下には川が流れている。小さな川面を滑るような涼風が吹きあがり、それが僕の縮れ毛を揺らして去って行った。

 そこで僕は思うのだ。

 七つの数と言うのはキリスト教では大罪を示すが、それは人間を死に至らすものだと謂われている。ひょっとしたらこの七つの灯篭はそんな西洋の宗教が有する訓戒的的な人間への戒めを東洋の修験道によって呪術的封印を施された聖地だったのではな いかと。

 ではもしそうであるならばそれを施して呪術的聖地に仕上げようとした人物はそれなりの教養を有していた人物に違いにない。 

 根来動眼という人物は人の『欲望』には鼻の利く機敏な人物で在ったという事は自分の調べで分かっている。しかし彼は一方で若い頃は遠くシルクロードの果ての『楼蘭』という邦を夢見ていた仏僧だったというのも分かった。

 シルクロードは古の過去、洋の東西を一帯にする路であったし、それは唯一、当時の地球上に張り出された東西を結ぶ一本の糸であっただろう。その糸を手繰り寄せれば他方を手繰り寄せる。そんな一本の糸なのだ。

 馬蹄橋の七灯篭、この場所もそんな一方を引き寄せる場所なのだ。…いや、もう全てが過去ならば、それは『場所だった』のだ。


 ――正と邪


 ――聖と魔


 僕は縮れ毛を揺らした風を掴む様に手を面前に伸ばした。その手に風が当たって、やがて僕の指をすり抜けようとする。だが僕はそれを掴んで力強く引き寄せた。

 自分が得た『解』を逃さぬよう、いや『解』から見えた事件の全てを逃さぬよう僕は力強く引き寄せたのだ。それは魔に振り回された聖者を憐れむ悪魔をここに引き寄せて、白日の空の下、嗤う為に。

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