第9話
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子役から成長して有名になった女優は沢山いるが、いま若者の間で一番人気があるとすれば一躍、清涼飲料水の企業CMで有名になった「ミーキー」こと「西条未希(さいじょうみき)」だろう。東京オリンピック開催で俄然CMが増えてテレビに彼女の露出が増えたと言うこともさることながら、近年某テレビ局の朝ドラ「叱る娘」で一躍中年男性を一渇する場面がうけ、演技力も評価された彼女は今や誰もが知る押しも押されもせぬ若手ナンバーワンの女優だ。
佐竹の『答え』はその彼女だった。
つまり日本で今一番売れている女優が目の前にいるのだ。
そんなことあり得る筈がない、その否定的思考が『答え』を辿り着かすのを邪魔していた。佐竹は『答え』を口に出そうと唇を動かした。
「あなた…もしや…」
それを抑える強い口調の女の言葉。
「私が聞いてるのです、佐竹さん――アカシノタツは何をあなたに話したのですか?」
質問を遮られた佐竹は開いた口を閉じることができないまま、反射的に彼女が言った聞きなれない言葉を反芻した。
――アカシノタツ…?
(なんや、それ)
思わず自分に突っ込む。突っ込むしかない。意味も対象も何を指すのか、自分ではてんで意味が分からない。
「アカシノタツです」
彼女が焦れる。
「もう!!知ってて黙るんですか?佐竹さん!!」
昼下がりのカフェは人が疎らになっている。だから彼女のやや興奮した声に振り返る人はいないが、唯、吹き抜けの天井には届いたのかもしれない。僅かだが空調が動く音がした。
佐竹は十分間を取ってから、彼女に言った。
「…あのぉ、残念ですが、そのアカシノタツというのは何なのか自分には見当がつきません…」
その答えに彼女は「あっ」という表情をしたが、やや興奮を冷ますように爪を噛んだ。爪を噛み、やがて顔を向ける。鍔下から鋭い眼差しが佐竹を捉えて離さない。
「本当ですか?」
錐のような言葉が佐竹の瞳孔を突く。
「ええ、僕には」
「じゃ、彼は何と名乗りましたか?」
「彼?」
眉間に皺寄せる佐竹が彼女に問う。
「ええ、彼です」
「彼とは?」
そこで彼女は大きく息を吐いた。吐くと佐竹に言った。
「猪子部銀造ですよ」
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