第4話
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「そうや、あいつは日々犬鳴山だけやなく日本中のあちらこちらの山野を歩いた修験者や。だからかもしれんが自然と山下を流れる水や温泉を探る『感』が磨かれていったんやろうな。事実その磨かれた能力で馬蹄橋を見下ろす山上で源泉を見つけよった。昔から修験者にはそうした稀有な能力を持つ奴がおる。それだけやない。あいつは人の心の中が見て取れた。馬蹄橋を行き交う人々の『欲望』を」
「行き交う人々との『欲望』とは?」
「阿保かぁ、そんなん簡単やがな」
(簡単…?)
老人がせせら笑う。
「休みたいっちゅう欲望や」
「…えっ、それは??」
困ったような表情で老人が語り出す。
「兄ちゃん、分からへんか?重荷を引いて歩いて大変なんわ馬だけちゃうで、人や、人も足腰疲れてしまうがな。せやろう?もしやな、馬も蹄鉄を直して休ませるんやったら自分達も骨休みしたいと思うのが人情や。それでもしそこに温泉があってみぃ?どない思う?」
ああと頷きながら佐竹が答える。
「そりゃ、温泉で休みたくなりますね」
「せやろ?それにそこで温泉だけやなく小料理や…」
言ってから老人は急に小声になる。
「…男を愉しませてくれる…妙技を持つ女達が居たら…ほら、たまらんやろう」
『妙技』と湾曲して言う老人の唇からちらりと舌が伸びた様に見えた。それが唇を濡らして照かる。だが老人は直ぐに自分の下卑た様を隠す為に居直ると咳払いした。
「…『東夜楼蘭(あずまやろうらん)』とその動眼が開いた温泉宿を言った」
「『東夜楼蘭(あずまやろうらん)』?」
聞きなれぬ名を佐竹は手早く手帳に書き込む。
「ああ、山上に立つ『山楼』という意味と、なんでも動眼が若い頃旅したシルクロードにある滅んだ邦の名で『楼蘭』ちゅうのがあってな、その『楼蘭』のはるか『東』で滅んだ邦の『夜』を思い出させるって言う意味もあるらしい。動眼はどうも修験者やなく学もある修験者やったんやろうな。気取った名を高々と掲げてるが、まぁ分かり易く言えばいかがわしい温泉宿や。まぁええねん、そんなことは」
「そんなことは…」
要点を書き残す佐竹のペン先に苦笑が混じる。老人は話を続ける。
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