009
海にいたはずだった。
若狭湾の底にいたはずだった、のだが。
そこでは会話ができないからなのか。
どこかにいた。
多分、どこでもいい。
隣にケイがいるのだから。
「お初に。
「
「取引⁉」
大きな声だった。そんなに驚いたのか。仮面で分からないが『そんな馬鹿な人間がいるのか』とでも言いたげな、焦りかただった。
「書ききったんだよ、ハイイロ。『僕たち昭和アクト』を書き終えて予約でアップデートを完了した。
一九六四年東京五輪、一九七〇年大阪万博。そして二〇二〇年東京五輪、二〇二五年大阪万博。
バブル崩壊を頂点とし、これら二つの時代の狭間に生きる俺らの将来を予測した小説を書ききった。
俺、心音経は役割を全うした。違うか?」
「違います。まったく全うしていません」
えっ。
じゃあこの自殺の意味は。
「なんで自殺したのですか? ケイさんの推理はほぼ当たっていたのに。それなのにたかが一か月程度の人間の頑張りで役割を全うできるはずがないでしょう?」
「じゃあ二つの世界が滅んだだけ……」
私がつい口を挟んでしまった。悲愴な現実を述べてしまった。
「そんなわけないでしょう。選ばれたにしては考えが浅いですね。今この瞬間も役割は続いているのですよ。だから取引という言葉ではなく、お願いでしょうね。ケイくん。君は何しにここに来た?」
「メル・アイヴィーをラーベルへ返してほしい。俺の役割やったことの分の報酬とでもいうべき何か。対価とでもいうべき何か、を使って」
「使わなくても返してあげます。
メル・アイヴィーがラーベルへ戻る条件
心音経が地球へ戻る条件
それは、二人が同時に自殺すること」
「俺の頑張りは無意味かよ……」
「それは違いますよケイ君。人生で欠けていい時間なんて一つもないんだ。これは大切なことだから覚えておいてほしい。
欠けていいことなんてひとつもない。
覚えたかい? 多分、もう二度とワタクシ、ハイイロは君らの前に姿を現すことは無いだろうから」
「さようなら、メル・アイヴィー。
ハイイロは遠くへ離れていく。
私とケイとの間に稲妻が落ちた。
それと同時に空間が割れ始めた。
「ケイー!」
「メルー!」
互いに手を伸ばすが届かない。
それぞれに落ちていく空間に引っ張られていく。
「ケイー! 私、絶対ケイのこと忘れない。あなたのおかげで私は、世界は救われた!」
「メルー! もう一度でいい! もう一度だけでいいから、あの歌声を響かせてくれ!」
互いは言いたいことを叫びあった。その後、その空間は闇に閉じられた。
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