第149話 裏切りの氷地獄
俺は〈潜伏迷彩〉で姿を隠しながら、雪女アルラウネの側面に回っていた。ただ、巨大なアネモネの周りは、昨日と同じくクロユリの花畑になっている。そのため、クロユリの索敵範囲に入らない様にすると、これ以上は近付けない。
しばらく身を潜めていると、空に花火が咲いた。
俺とは反対側、丘の上に隠れたローガンさんの作戦開始の合図だ。
まず第1手、雪女アルラウネの正面の奥から、火の手が上がった。村の人達から提供された薪や燃料で森の樹々を燃やした陽動だ。
村から提供された薪や燃料を使い、火計の準備を全員で行ってから、配置に着いたけど、火付け役はフルナさんだ。21層の雪の下には落ち葉が積もっている。それを〈フォーズドライジング〉で乾かせば、火の廻りも早い。開始まではスキルを連打して、広範囲に燃え拡がるようにするって言っていたが、想像以上に燃え拡がっている様な……本人が火に巻かれていないといいけど。
そんな山火事が2箇所。雪女アルラウネは火が嫌いなら、これを放っておく筈がない。
雪女アルラウネが腕を掲げて魔方陣を出した。
そうだ、気軽に動けないなら、魔法を使うしか無い。なんか、昨日より魔方陣の完成が早い気がするけど……
魔方陣が完成し白い光を放つと、山火事の1つが吹雪で覆い隠された。外から見ても内側が見えない程、吹雪の勢いが凄い。装備品まで氷漬けになる訳だ。中級属性の氷魔法を羨ましく見ていると、2回目の魔方陣が展開された。
1回目を見ていたので、完成までの時間は分かる。2回目が完成する直前に、作戦の2手目、爆炎ボム改を〈投擲術〉で遠投した。
【魔道具】【名称:爆炎ボム改】【レア度:C】
・爆裂玉を火晶石で強化し、火力を上げた爆弾。爆発した地点から一定範囲を焼き尽くす。その威力は初級属性ランク3魔法に匹敵する。火精樹の油が使われており、範囲と威力が広がっている。更に、内包したラードを巻き散らすことで、周囲を延焼させる。
・錬金術で作成(レシピ:火晶石+爆裂玉+油系(火精樹の油+ラード))
そして、爆炎ボム改が爆発するのに合わせて、雪の中で充填していた〈フレイムスロワー〉で雪女アルラウネの背後で発動させた。
魔方陣は光るので目立つ。範囲魔法の魔方陣は大きいので体の後ろに隠す事も出来ないが、地面に積もった雪にワンドをぶっ刺してしまえば良い。それに、魔方陣を出して〈潜伏迷彩〉が解除されても、毛皮のマントのフードも被っているので、早々見つかる事はない。
爆炎ボム改は俺だけでなく、囲む様に隠れた他のパーティーメンバーも投擲している。それらが一斉に爆発し、花畑が炎に包まれて行く。
唯一、火に巻かれなかった雪女アルラウネが頭を抱えた後、両腕を掲げて巨大な魔方陣を出す。それを見届けてから、俺は走り出した。
作戦の3手目は、花畑の炎に対処している雪女アルラウネへ、聖剣で直接攻撃だ。〈フレイムスロワー〉で焼き尽くした背後だけは、炎が残っていない。斜め後ろから走り寄ると、別方向からレスミアが疾走して来るのが見えた。走っている内にフードが脱げたのか、銀髪が風を受けてたなびいている。顔が見える距離まで近付くと、頷き合って、歩調を合わせて、獲物目掛けて駆け抜けた。
焼け焦げた落ち葉や下草を踏みしめ、近付く。雪女アルラウネは魔法の充填に集中しているのか、こちらに気付く様子はなく、無防備な背中を見せている。ただ、攻撃するには巨大なアネモネが邪魔だ。
アネモネの手前で跳び上がり、聖剣を居合切りの如く切り上げる。そして、掲げていた左腕を断ち切り、そのまま首を斬り飛ばした。
着地と同時に、悔しそうな顔のレスミアの腕を引いて一旦離れる。鑑定文から、本体がまだ残っているからな。地中にいるなら、近くにいるのは危ない。
「すみません。〈不意打ち〉でも両断出来ませんでした」
レスミアの言葉に振り返り、雪女アルラウネの状態を観察すると、片手と首を無くし、胴体の心臓辺りが2/3くらい切り裂かれている。丁度、着物が切られて下乳がまろび出ているので分かりやすい。いや、俺にリョナ属性は無いし、傷口から緑色の血を流しているので、エロくは見えないけどな。
「半分以上切れているし、首を斬り飛ばしたから倒せただろ。次の本体を……」
「待って! あの魔方陣、消えてません!!」
腕を引かれて、レスミアが指差す方を見上げて見ると、片腕の先に展開された巨大な魔方陣が完成するところだった。
「レスミア!伏せろ!!」
魔方陣が白く光ると同時に、レスミアの着ているフードを被せ、自分もフードを被ってから、背を向けてしゃがみ込んだ。
毛皮のマントは大きめに作ってあり、前合わせが二重に出来て非常に暖かく。更に、フードも被り頭を抱える様にしゃがみ込めば、全身を隠す事が出来る。魔法による装備品の凍結を防ぐ為だ。
何の魔法か分からないが、吹雪の魔法の上位版でも装備品の凍結は防げるし、事前に飲んでいるヴァルムドリンクの効果で状態異常の凍結も無いはずだ。
次の瞬間、世界が凍った。
魂まで凍り付く様な冷たい衝撃が、全身を駆け抜けていく。
身体中に痛みを感じ始めた頃、毛皮のマントで真っ暗な筈の視界が明るくなる。痛みを我慢して顔を上げると、毛皮のマントだった物がサラサラと崩れ落ちた……雪?いや氷の粒か?
視界に映るパーティーのアイコンに目を向けると、俺のHPが半減、レスミアは7割減。雪だるまのアイコンは無いので凍結の状態異常には掛かっていないが、ダメージがデカ過ぎる。
目の前のレスミアもマントだった氷の粒をサラサラと零しながら、苦しそうに胸を押さえ、蹲っているのが見えた。腕の痛みを我慢してポーチからポーションを2本取り出し、レスミアの口元に寄せる。
「レスミア、ポーションだ。飲めるか?」
頷き口を開けたので、そのまま飲ませてやり、自分も1本飲みした。
体の痛みが少しマシになったところで周囲を見回すと、辺りは一面氷と雪の世界になっていた。燃えていた炎など見る影もなく、雪原に戻っている。離れた場所に生えていた木は丸ごと氷漬けに……いや、風が吹くと氷漬けの木が雪の様に舞い散り始め、次第に崩れ去った。
毛皮のマントと同じだ。氷漬けにして粉々にする魔法か?!
そう言えば、雪女アルラウネはどうなった?
慌てて後ろを振り向くと、大きなアネモネが目に入る。その中心の雪女は頭と左腕が無いまま……あれ? レスミアが切った胴体の傷が無い。着物も元に戻って下乳が見えなくなっている。心なしか胸が小さくなった様な気がするけど。
掲げていた右腕は降ろされ、自分のお腹を撫でている。その行為に何の意味があるのか分からないが、動いている以上、まだ倒せていないのは確かだ。
次の魔法が使われる前に、無理を押してでも聖剣で倒しに行くか? いや、動くのがまだキツイ。HPはまだ55%、先に〈ヒール〉をした方が……
そんな葛藤を数秒した時、雪女に変化が現れた。頭と左腕の断面から肉が盛り上がり始め、瞬く間に形作られていく。再生が終わると、幾分若くなった雪少女が右手を振る。
すると、雪の上に落ちていた左腕と古い頭が、長く太い氷の蔦2本に変化した。
プラナリアかコイツは!?
首を切ったせいか、既に目を付けられている様だ。雪少女は俺に指を指している。おそらく攻撃指示、氷の蔦が動き始めた。
痛む身体で、レスミアを抱えて逃げるのは無理そうだ。吹雪の魔法の射程は長いし、充填も異様に早い。万が一、粉々になる魔法を打たれたら、次は耐えられない。
そして、切り札を切るには少し遠く、蔦が邪魔だ。
覚悟を決めるしかない。足元に落ちていた聖剣を拾い、痛みを堪えて立ち上がる。〈プリズムソード〉を使用し、雷属性の光剣を召喚した。
太い氷の蔦が2本、叩き下ろすように振るわれる。1本を紫色の光剣を迎撃して、もう1本の攻撃を、聖剣で切り払おうとした時、
「〈カバーシールド〉!」
オルテゴさんが割り込み、大楯で氷の蔦を受け止めた。そして、手にしたホーンソードで反撃する。
「すまん、遅くなった。フノーの奴が氷漬けに、成りかけてたもんでな」
「〈ヒールサークル〉!」
身体が光の粒子に包まれ、痛みが消えていく。助かった、HPバーがググッと回復し、8割を超えた。駆け付けて来てくれたフノー司祭も毛皮のマントが無い、先程の魔法に巻き込まれたのだろう。
「フノー司祭、もう一度レスミアの回復をお願いします」
「おお、任せろ! 我が祈りを捧げ、神の慈愛の奇跡を賜らん……〈ヒール〉!」
紫色のカーソルを動かし、光剣で氷の蔦を牽制する。その合間に横目で見たが、回復の奇跡を受けても、まだ顔色が良くない。
「レスミア!一旦後ろに下がって、休憩してろ!」
「……分かりました。ついでにフルナさんから予備のマントを借りてきます。皆さんもお気を付けて」
レスミア自身も体調不良を感じているのか、いつものように身を翻すのではなく、ゆっくりと近くの森に歩いて行った。
「よし、野郎ども! 作戦Bで行くぞ!」
作戦Aの奇襲は失敗したが、まだ戦える。フノ―司祭の号令で、ワンドに魔法陣を出して充填を開始した。
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