第42話 青木コール
それからほどなくして、私は綾乃の家に引っ越した。
私の荷物で殺風景だった部屋は少し生活感が出てきた。
綾乃の人生に私が加わった。
やっとそう思えた。
玄関にはあの時のクマが2匹並んで座っている。
同棲する前にお互いの両親に挨拶に行った。
綾乃の両親に会いに行くのはものすごく緊張したけれど、綾乃は全く心配していない様子だった。
「大丈夫だよ。ウチの親、私が男性と付き合えないの昔から知ってるから。私の結婚とか諦めてる」
「いつ頃から知ってるの?」
「高校生の時さ、女の子と部屋でいちゃついてるの見られちゃったんだよね」
聞かなきゃよかった。
綾乃の両親は「これで綾も落ち着くならいいんじゃないの」とあっさりしていた。
問題は私の両親。
南綾乃は最初から完璧だった。
「かっこいい」の度が越えていた。
お陰で私そっくりなお母さんは終始綾乃に釘付けで目がハートになっているし、お父さんは「いいの?! ウチの美穂なんかで本当にいいの?!」と動揺していた。
そして実家に住んでいる弟は「俺、男としての自信なくなった」と言っていた。
そんな度を越した綾乃に私が正常でいられるはずもなく、実家から帰る途中、待ちきれなくてホテルに寄った。
そして度を越してかっこいい綾乃に抱かれた。
今思い出しても恥ずかしくなるくらいに乱れてしまった。
抱かれた後に綾乃に聞いた。
「同棲の前に親に挨拶って、結構ちゃんとしてるんだね」
「絵理子さ、弥生ちゃんにプロポーズしたでしょ?その後ご両親にご挨拶しに行ったじゃない。その話聞いた美穂が『かっこよすぎ』って騒いだって絵理子が自慢してたのよ」
「絵理子さんと会ったの?!」
「ううん。たまに電話とかしてるの」
呆れた。
いまだにこの二人つながってる。
呆れたけれど安心した。
「で、またお互いの彼女のこと惚気あってるわけ?」
「んふふ〜。もう彼女じゃないよ。私の奥さんだよ〜。んふふ〜。もう一回しよっ」
度を越したかっこよさは影をひそめ、デレデレにデレまくった綾乃がだらしない口元で抱きついてくる。
それがかわいくてたまらない。
抱きつく綾乃をひっくり返し、ベッドに押し付ける。
「次は私ね」
結局二時間ではすまなかった。
三月上旬。
もうすぐこの病棟ともお別れ。
六年間過ごしてしまった。
気がつくとあっという間だった。
新しい、全く違う分野に今から飛び込むのは正直怖い。
でも、綾乃も挑戦する。
綾乃の挑戦に比べたら私の挑戦は小さなものだ。
それに、綾乃と離れてしまうけど心は強く繋がっている。
それがあるだけで頑張れる。
綾乃が最初に心配していた事柄は、今は落ち着いているけれど、もしかしたらまた不安として顔を出すかもしれない。
でも、綾乃とだったら乗り越えられる。
私のこれからの幸せに綾乃は不可欠だ。
同じように私のことも想ってくれているのが今充分に伝わる。
それが何よりも心強く幸せだ。
「青木さーん。南先生から電話! 一番ね!」
今日、最後の勤務の増田から呼ばれた。
「はーい」
青木コールはあと何回かかってくるだろうか。
最後の青木コールまでのカウントダウンが始まっていることに少し寂しさを感じる。
近くの電話をとる。
あなたが癒されるというこの声に精一杯の愛情を込めて、受話器の向こう側のあなたに伝える。
「お待たせしました。青木です」
おわり
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