第570話 ヴァンパイアの心、クリス知らず

「イチロー、俺に用事とはなんだ?」


「僕に何か御用ですか? イチロー兄さん」


「イチロー様、私に… あっ!! タロウ!! 貴方、生きてたの!?」



 部屋に入ってきたブラックホークとディート・カローラは何の用事か聞こうとしたが、カローラはヤマダの姿を見つけて声を上げる。



「カローラ姉ちゃん! 会いたかったよぉ!!」



 ヤマダもヤマダ側でカローラの姿を見つけると立ち上がってカローラに駆け寄る。

 


「…お前ら、そんなに仲がよかったのか?」


「えぇ、なんでも本当の姉と私が似ているようで、私にとっても姉より優れていない弟が出来て嬉しいですから♪」



 姉より優れていない弟って…まぁ、襲撃しに来ているカローラの家族の言動を見ていれば、カローラが家族の中でかなり粗雑な扱いをされている事は分かるが…


 カローラの隣でディートが申し訳なさそうな顔をする。ディートも最初はカローラの弟分として扱われていて、ディート自身もカローラに忖度してカードゲームの勝利をカローラに譲っていたが、ディートは腹芸なんて出来る性格では無いので、接待で勝ちを譲られた事にカローラが気がついてしまったようだな…


 こんな面倒な相手にディートも良くやっていると思う。



「ところで僕に何の御用でしょうか?」


「あぁ、クリスがヴァンパイアから香水を貰ったらしいんだが、一応、何か仕込まれていないか調べてくれないか?」


 そう言って香水をディートに手渡そうとすると、カローラがその香水に目をつける。


「あれ? それってママが良く使っている香水と同じですね…」


「ママ? 確かセリカってヴァンパイアの事か?」


「えぇ、そうです、セリカママです。以前の私の様に、大抵の場合は金持ちや貴族を襲って品物を奪う私たちですが、この香水だけは、ママがお忍びで人間界に潜り込んで買ってきているみたいですね… なんでもこれだけ良い物をつくる人間は殺さずに生かしておかなければならないって、また、生産費用が無くなって品質が落ちるのも嫌だから脅して奪うのもダメだっていってましたね」


 カローラの説明を聞く限り、カローラママのセリカはいくらでもある物を気安くクリスに渡したのではなく、同じ女性として本当にクリスの事を憐れに思って大切な香水を渡した様だな…


「ヴァンパイアの心、クリス知らずか…」


「ところで私が呼ばれたのはセリカママの事ですか?」


 俺がポツリと独り言を呟いた所にカローラが聞いてくる。


「あぁ、そうだが、それ以外にもある」


「敵のヴァンパイア対策を行う上での何か新しい情報が手に入ったという事か?」


「そうだ…と言うよりかは情報の整理に近いかな? ブラックホーク、とりあえず、皆腰を掛けてくれ」


 後から来た三人はアルファーが用意してくれた椅子にそれぞれ腰を下ろす。


「それでどの様な情報の整理を行うというのだ?」


 椅子に腰を下ろしながらブラックホークがいの一番で聞いてくる。


「うむ、ブラックホークもそこのクリスが三週間の間、外で過ごしてヴァンパイアに襲われなかった事を聞いたよな?」


「あぁ、今まで何人か領外に逃げ出そうとしていたが、全て日が暮れるまでに領外に出る事が出来ず餌食になっていたから、彼女の三週間にも及ぶ生存は信じられなかったが、現に目の前にこうしているからな…」


 そう言ってブラックホークが驚いたような感心したような目でクリスを見ると、その視線に気が付いたクリスは何故がニシシとドヤ顔で返す。


「しかもクリスは一度だけ遭遇して見逃されたのではなく、何度も遭遇した上で全て見逃され、その上で香水までプレゼントされているんだ」


 そう言って、カローラママがクリスに渡した手紙をブラックホークに手渡す。


「なにぃ!? ヴァンパイアに何度も遭遇した上で見逃されただと!? しかもプレゼントまでされたとあっては…まさかっ!!!」


「あっ ブラックホーク、無言の腹パンは後にしてくれ、さっき飯を食わせた所なんだ、ちょっとここで上や下から漏れてくるのは勘弁してほしい」


 拳を握り締めて立ち上がろうとするブラックホークに釘をさしておく。


「…分かった後にしよう、今はこの手紙とやらを… これは本当なのか!? イチロー!! こんな事がありえるのかっ!?」


 手紙の内容に目を通したブラックホークが今度は驚愕して立ち上がる。


「確かにマジなようだ…一応、香水の方がディートに調べてもらうけど… その手紙の内容からすれば、何か仕掛けてあるとも思えんし…」


 香水を渡したディートの方を見ると、早速モノクルを付けて香水に怪しい所が無いか調査している様だ。


「それで…クリスがヴァンパイアに襲撃されなかった事と、ヴァンパイアから憐れまれる程の臭さだったと言う事は分かった… それが今後のヴァンパイア対策にどう繋がるんだ?」


「ブラックホーク、今までヴァンパイアの対処をしていて、アイツらが仲間や一般市民を人質にとったり盾にしたりするのが面倒臭くなかったか?」


 ブラックホークの問いかけに質問で答える。


「あぁ、確かに後もう少しと言う所で蟻族や一般市民を盾にされて討ち漏らした事もあったな… その事とクリスの事がどう繋がるんだ? イチロー、お前は何を思いついたんだ?」


「アイツらの目的の大前提は人間をとらえて糧にする事だ。勝つ為だけなら殺して回ればいい、でもそれをしないのは俺の予測が当たっているからだと思う、どうだ? カローラ」


「そうですね、イチロー様、私の家族の味の好みは生き血で死んだ人間の物は口にしませんから、その場で吸うのははしたないし臭みがあるので、出来れば根城に連れ帰ってから、血の香りのよくなる食事を摂らせることが多かったですね」


「なんかあさりの砂抜きや池や川魚の泥臭さを抜くために綺麗な水で暫く生かしてから捌くみたいな感じだな…」


 とりあえず、こんな例えをするのはどうかと思うが、あのヴァンパイア達は食べ物(人間)を無駄に殺すような粗末な事はあまりせず、勿体ない精神を持っている様だ。



「兎に角、本来なら人間を見つけたら捕えて生かして連れ帰り、後に食事にするのが普通だが、クリスの場合はそれをしなかった… 直で触ったり臭いから近づきたく無いっていうなら闇の手を使えばいいだろ? それすらしなかった… カローラなら理由が分かるだろ?」


「そうですね…闇の手も魔素を変化させて作っていますが、謂わば自分の身体の一部ですからね、闇の手も自分の手も似たようなものです。臭い物には触りたくなかったんじゃないですか?」


 カローラはクリスを見ながらそう答える。


「…それは…ヴァンパイアに対処する物だけではなく…一般人もヴァンパイアが触りたくない程の臭いを身につければ… 今後、捕まえられて盾にされる事は無いと…言いたいのか?」


 ブラックホークは凄く嫌そうな顔をして俺の考えを言い当てた。



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