第536話 被害状況

 カローラ一家が撤退した後、俺は暫くの間、警戒心を保ちながらずっとその方角を眺めていた。だが、各監視所に蟻族の交代要員がついたのを確認した処で、俺自身は警戒を解き、カローラ一家襲撃後の状態を確認する為、辺りを見て回る事にする。



「重傷者は教会へ運べ! 軽傷者は被害状況を確認して報告書を製作しろ」



 性格はかなりアレだが、ブラックホークは蟻族たちに的確な指示を飛ばしている。



「お疲れ様、ブラックホーク、俺がいない間もこんな感じに蟻族を指示して戦ってくれていたのか? ありがとな」



 俺は労いの意味を兼ねてブラックホークに声をかける。



「あぁ、イチローか… ヴァンパイアを討伐することは、妹ルミィを再会するための俺の意思だ。礼を言われるまででもない、誰の為でもなく俺の為にやっている事だ」



 言葉だけ聞くとスゲー有能ないい奴なんだよな… イマジナリー妹でさえなければ…



「そ、そうか? でも、その結果として俺や俺たちの仲間、ここの領民が救われているから、助かるよ」


「救われているか…では、なおさら礼を言われるような事では無いな… 今までの襲撃で死者や拉致者が0だったことは無い… だが、今日初めて死者も拉致者の数が0だった… 流石は聖剣の勇者だな」


「ちょとまて、その言い方だと今日がかなり善戦したように聞こえるんだが… 今日の戦闘で蟻族が結構重傷を負っていたように見えたぞ!?」



 ブラックホークの言葉が気になって食い気味に尋ねる。



「あぁ、その事を含めても善戦だ。今までに蟻族に死者が出ていないのは、ここの蟻族は非常に連携が巧みだったので戦死に至る前に仲間が救助し、すぐさま後方で治療を行っていた為だ」


「まぁ、蟻族はテレパスみたいなので情報共有しているからな…」


「しかし、死に至らないと言っても、重傷や四肢欠損などで戦線復帰が不可能な者の数が増えて来ていた所だったのだ… イチロー、お前が帰ってくるのがもう少し遅ければ、戦線を維持するのは難しかっただろうな…」


「負傷者はいるとは聞いていたが、そんな状態だとは思わなかったな…」



 カローラ城に到着し、簡単な説明を受け、夕食を摂った後、すぐに襲撃だったので、事細かい状況の報告を受けていなかったが… まさかあの蟻族の連中がそこまで被害を受けているとは…


 すぐに城に戻り蟻族の状況を知りたくなったが、襲撃が終わった事で外に出てきた領民たちに取り囲まれる。



「さすが、イチロー様じゃ!!」

「あのヴァンパイアの親分が血相変えて逃げて行ったぞ!!」

「イチロー様ならあのヴァンパイアを打ち倒してくれる!!」



 領民の言動からも今回の戦いが善戦だったのが伺える。聞いていた話では死者の数は少なかったが、そんな数には現れない怪我や物的損害、ストレスなどが大きかったのであろう。



「領民よ! 安心してくれ! 私が帰って来た限り、あのようなヴァンパイアを我が物顔にはさせない! 必ずや倒して見せよう!!」

 


 顔は領民向けのキラキライケメンフェイス、演説はギレソ総帥の口調で答える。すると総帥の演説に答えるジオソ兵のように領民が拳を突き上げて呼応する。



「ジークアシヤ!! ジークアシヤ!!」

「ジークアシヤ!! ジークアシヤ!!」


 

 すると領民に手を振りながら城に凱旋する俺に、背中のカローラが小声で話しかけてくる。



「イチロー様、一番最初の時は分かりませんでしたけど、これってガソダムのアレ…ですよね…」


「何だカローラ、お前現代日本でガソダムまで見てたのかよ…」


「えぇ、親衛隊の皆さんに是非とも視聴してくれと頼まれまして…」  



 推しには同じ趣味を履修しておいて欲しいという事か…



 そんな事を考えながら、領民にはキラキライケメンフェイスで手を振りながら城の中へと戻る。すると、マグナブリルとエイミーが玄関で俺の帰りを待っていた。



「イチロー様、お疲れ様でございます」


「キング・イチロー様、勝利おめでとうございます」


  

 二人して祝いと労いの言葉を掛けてくる。



「あぁ、なんとか撃退した、マグナブリル、今日の被害状況を纏めた物を後で渡してくれ、そしてエイミー」


 俺はエイミーの前に立ち止まる。するとエイミーはビクリと肩を震わせる。


「はい! 何でございましょう…キング・イチロー様…」


 エイミーは少しビクビクして目を泳がせながら答える。


「今までの襲撃で戦線復帰が不可能なほどの負傷した蟻族がいるそうだな…そこの病室へ案内してくれるか?」


「あっ、はい! わかりましたこちらです」


 エイミーはオドオドせず、しっかりとした口調と仕草で答えてすぐさま病室へと案内する。どうやら、被害の事を隠していて脅えていたのではなく、マイSONがエイミーの魂に刻み込んだ恐怖を思い出しての事だったようだ… うーん…我が息子のやったことながらかなり気の毒になってくるな…


 そうして、負傷した蟻族のいる病室へと案内されたのだが、そこにいる蟻族の数とその状況に俺ははっと息を止めて驚く。


 50名近くの手や足のかけた蟻族が欠損した身体にも関わらず、片手で又は片足もしくは両足が無く、椅子に腰を降ろして、弓矢の作成やそのた軽作業に従事していたのである。



「こんな身体で作業させていたのかよ…」


「はい、傷に関しては回復魔法で治療できますが、流石に部位欠損に関しては治療できませんので、皆自分の身体で出来る限りの事をしておりました」


 人間の感覚ですればかなり酷い状況であるが、エイミーはさも当然のような口調で答える。この辺りは人族と蟻族の習性の違いであろう… そこを俺の感覚で口を挟むべきでないだろう… だが…この状況は捨て置けん…


「カローラ、ちょっとすぐさまミリーズを呼んできてくれないか?」


「分かりました、イチロー様」


 カローラは俺の口調から空気を読んだのかすぐさま駆け出していく。


「イチロー様、ご説明してもよろしいでしょうか」


 マグナブリルが俺の後ろに一歩進み出てくる。俺は振り返らず蟻族たちの様子を見たまま答える。


「説明してくれ」


「はい、ヴァンパイア襲撃による被害を鑑みるに、ミリーズ様にご連絡して呼び戻すべきでしたが、そうする訳にも行きませんでした」


「というと?」


 俺は肩越しにマグナブリルを振り返る。


「ホラリスにおけるイチロー様消失事件でございます。カーバルによる原因追及の証明や、イアピース、ウリクリを初めとする教会への非難声明もございましたが、教会がイチロー様の人格に問題があったと責任問題を翻す可能性も大いに御座いました…なので、教会側が責任問題を翻さないようにする為にも、ミリーズ様がホラリスを監視しつづける必要があったのです」


 淡々と述べるマグナブリルの口調に、俺はホラリスで対面した前教皇アリスの事を思い出す。


「確かにあの若作り婆さんならやりそうだ…」


 実際、俺はアイリスという釣り餌に見事食いついた。それぐらいの策士だ。


「イチロー! カローラちゃんに呼ばれて… 何これ!? みんな酷い状態じゃない!!」


 部屋に入ってきたミリーズは蟻族たちの様子を一目みるなり顔を曇らせる。


「ミリーズ、済まないが蟻族たちを元の健康体に戻してやってくれないか? その為ならいくら魔力の回復薬を使ってもいい…」


「分かったわ! 私も全力を尽くさせてもらうわ!」


 ミリーズは曇らせていた顔を引き締めて、すぐさま蟻族の治療へと取り掛かっていった。


 


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