第七章最終回 第511話 そして帰還へ…
※第七章最終回です。
プロットを練る為と正月休みの為、しばらく投稿をお休みさせて頂きます。
また暫くすれば再開しますので、しばしお待ちください(2024/01/08)
俺たちの前に顕現した存在、その凄まじい霊圧により、まるで周りの空気が個体となったような重苦しさに身体が動かせず、息をするのも困難になる。
そんな中、顕現した存在が何者なのか確認しなければならないが、それと同時に直接目で見てはならないという畏怖を感じる。
そう言えば最近のアニメや漫画、ゲームではホイホイと神が姿を現すが、昔のオカルト話で、写真でも直でも神の姿を直接見てはならないとか言ってたな… あと、クトゥルフ神話とかでは見たらSANチェックだった… 今になってその状況が良く分かる…
だが…どうする!? この状態で攻撃されたら避ける事が出来ない… いや、避けられるような攻撃なのか? いやいや…顕現しただけでこれだけの霊圧を噴き出す相手に戦うなんて手段を考えてはダメだ… 蟻やメダカが象や鯨に喧嘩売る…いやそれ以上の格差だ! 戦ってはいけない…敵対してもいけない、相手の機嫌を損ねてもいけない…
ただひたすらに敬意をもって敵対する旨が無い事を伝えるしか、この状況をしのぐ方法は無いであろう…
そんな感じに必死にこの現状をやり過ごして生き延びる方法を摸索していると、辺りに新海の水圧の様に重く圧し掛かっていた霊圧が和らいでいく。
帰ったのか…? いや、俺たちの為に霊圧を押さえてくれているのか?
その時、顕現した存在の方から声が響く。
「はぁ…こういう事でしたか…」
霊圧が弱まったのと、その言葉からすぐさま俺たちに対して害意が無い事が分かったので、俺は眼球だけ動かし、チラリと顕現した存在の姿を確かめる。
褐色の肌に妖艶な体型の女性の姿をしており、露出の多い天の羽衣の様な衣装を纏っている。そして艶やかな赤い長髪をしていて、何だろう… 何故か濃厚なバターの香りが漂ってくる…
「降神されるのは3000年ぶりだけど… 強制顕現させられるなんて思っても見なかったから驚きましたけど… まさか貴方様だったとは…」
貴方様? こんな高位な存在が貴方様なんて… もしかして俺の事を言っているのか?
「そうですよ… マスターイチロー様…」
高位の存在は俺の頭の中を見透かしたように答える。しかも俺の事をマスターイチロー様と呼んだ。
本当に一体何者なんだ!? 俺、こんな高位な存在に出会った事も無いし、マスターイチロー様なんて呼ばれる事をした覚えがないぞ!?
「まぁ、マスターイチロー様が困惑されるのも仕方ありませんよね… 初めてお会いした時から、かなりの歳月が過ぎましたから、その間に私もここまで進化成長していますから、初めてお会いした姿からかなり変わりましたからね… たしか、初めてお会いした時の姿はこんな感じでしたかしら…」
そう言って高位の存在は、その傍らに一人の少女の姿を作り出す。
「!!! それって!!! メスガキ!? もしかして、おま…貴方はアシュトレト!?」
ちんまいくせにエロい褐色の身体に、小悪魔ファッションのアシュトレトの姿が現れて、俺は思わず声を上げる。
「そうです… 時代によってはアスタルテだったりアスタロトだったり色々な呼び方をされましたが、マスターイチロー様と出会った時はアシュトレトでしたね…」
「で、でも…今の姿はかなり成長しているし、力と言うか霊格もそれこそ原初の神クラスはあるし… それになんて言うか…話し方に知性が感じられる…アシュトレトはもっとおバカだったはずだ…」
俺の知っているアシュトレトと今目の間に顕現しているアシュトレトにあまりにも違いがあり過ぎて、困惑して声をあげる。
「それは… こんな私がここまで進化成長できるほどの年月を経たからですよ… それこそ人間の生きている年月の尺度ではなく、天文的単位の時間を経ましたから… まぁ、その間、あのバカにつける薬を食べ過ぎたせいで、息がバター臭くなってしまって、息が臭いと言われるようになってしまいましたが…」
「バカにつける薬をまだ食っていたのかよ… ってかアレを知っているって事は間違いなくアシュトレトで間違いない様だが… あのアシュトレトが底まで進化成長出来る天文学的時間って…一体どれぐらいなんだよ…」
「凡そ、太陽系が銀河公転の半分を回ったぐらいの時間ですね… 数字で言うと1億2000万年程です」
アシュトレトはそう言って銀河系の映像を出して、指でくるりと半周回った動きを示す。
「1億2000万年!?」
という事は…俺が異世界だと思っていた世界は1億2000万年前の地球だったという事か…道理で今の大陸の形と全く違うはずだ…ってかよく考えたらゴンドワナ大陸に似ているのか…
「ところで、マスターイチロー様… 見た所、大変お困りの様ですね…」
アシュトレトが目を細めて俺を見つめてくる。
「あぁ…色々な…」
俺は色々な事に困惑しており、短く答える。
「あの時、マスターイチロー様とカローラ様が一時期消えたと思っていたら、こういう事だったのですね… まさか1億2000万年後に飛ばされていようとは… でも、ご安心ください」
アシュトレトが僅かに口角をあげて微笑を浮かべる。
「もしかして、転移門を再起動するための電気代や設備を整える金を出してくれるのか!?」
俺は期待に満ちた目でアシュトレトを見る。
「そんなひち面倒くさい遠回りな事をしなくても、今の私の力ならば、朝バカにつける薬前に戻して差し上げる事が出来ますよ」
アシュトレトは苦笑しながら答える。
「マジか…」
「えぇ、マジですよ」
俺の知っている悪戯っぽいアシュトレトの笑みで答える。
「じゃあ…頼めるか…アシュトレト…」
「スタァァァップ!!!」
俺がアシュトレトに答えかけた時、俺の言葉に被せる様に後ろからカローラの声が響き、俺にカローラがしがみ付いてくる。
「ど、どうしたんだ!? カローラ?」
「も、もう、すぐに帰っちゃうんですか!?」
「そのつもりだが…それが問題なのか?」
「わ、わたし! まだクリアしていないゲームとか読破してない漫画とかアニメが一杯あるんですよっ!」
そう言って泣きそうな顔でしがみ付いてくる。
「いや、クリアしてないゲームっていっても、向こうに現代の物を持っていくのはどうかと思うし… 仮にステッキを持って行っても電気が無いだろ? それにお前の読んでいるアーチャー×アーチャーはいつ終わるか分らんし待ってられんぞ…」
「そこを何とか…何とか…お許しください…」
そう言ってカローラはアーチャー×アーチャーのネコピトーがゴソに服従するポーズを取り始める。ってかお前もそのポーズをとるのかよ…
すると、居間にいたはずの聖剣まで姿を現わし、その切っ先を俺に向ける。
「私もカローラと同感よ… 私にもまだまだ楽しめてないBL作品が山ほどあるの… あれらを置いて元の世界に変えるなんて出来ないわっ!!! もし、それでも帰るというのなら… 貴方を殺して私も死んでやるわっ!! そして、墓標にはBLをこよなく愛した貴腐人、ここに眠ると記してもらうわ…」
「おまっ! BLの為に心中なんて…どんだけメンヘラ拗らせているんだよっ!!」
そんな俺たちの様子にアシュトレトがクスクスと笑い出す。
「ホント、マスターイチロー様の周りは面白いですよね、こんなに笑うのは久しぶりですよ」
「いや…俺にとってはこの現状は笑える状況じゃ無いんだが…」
喉元に切っ先を突きつけられた俺は冷や汗を掻きながらチラリとアシュトレトを見る。すると、アシュトレトはカローラと聖剣に向かって声を上げる。
「カローラ様、聖剣様、ご安心下さい。今すぐに戻らなければならないという事はありません。お二人のご準備が終わるまで私は待ちますよ」
「「本当!?」」
アシュトレトの言葉にカローラと聖剣の声がハモる。
「えぇ、それに持って帰る機材も私が過去の世界に悪影響を及ぼさないか、検めるのでその中で選んでもらって結構ですよ」
「あっ そんな事まで出来るようになったのかよ… 流石、天文学的歳月を経た進化成長だな…」
アシュトレトの言葉に感心したところで、俺はカローラに向き直る。
「カローラ、アシュトレトがこう言ってくれているからゲーム機なんかは持って行ってもいい…だが、アーチャー×アーチャーの続きに関しては諦めろ… 俺だって完結まで読みたいが、あれはいつ終わるか分からない…」
「分かりました…アーチャー×アーチャーは諦めます… その代わり、欲しかったゲームや漫画は全部買ってもいいんですか?」
カローラが跪いた状態から、チラリと俺を見上げる。
「あぁ、転移門を起動するために用意した三千万の金の使い道が無くなってしまったからな、好きなだけ買ってもいいぞ」
「本当なの!! イチロー!!! それは私に対しても言っているのよね!?」
聖剣が興奮した声をあげる。
「あぁ…構わんが… 家の床が抜ける重さの量は買うなよ?」
「分かっているわよ! 今は電子書籍化がメインよ!!」
コイツ、完全に現代日本に馴染んでいるな…
「では、お二人の準備が終わるまで、私もこちらで厄介になりますね」
そう言ってアシュトレトがミュリの家の方に進んでいく。
「はぁ? えっ? 準備が終わるまでの間、天界や魔界で待っているんじゃなくて、私の家にいるの!?」
その様子に、今まで沈黙を保っていたミュリが声を上げる。
「えぇ、今は特に神として信仰されていませんし、私を呼び出せるような魔術師もいませんから暇を持て余しているんですよ、だから、暫しの間、厄介になりますね」
アシュトレトは微笑んで答える。
こうして、数日の間、高位存在になったアシュトレトとの共同生活が始まった。
カローラと聖剣は話が終わるや否や、ジャングルで買い物を始める。その途中、ただ買い漁ればいいのではなく、メンテ修理の出来ない異世界で出来るだけ長期間データが保存できるようにRAIDの補完システムを導入したり、PCもサブ機のサブサブサブ機まで購入し、電源問題を解決する為、ミュリから魔力電力変換を教わったり、異世界でも燃料を集められそうな発電機まで購入していた。
もしもの為に電気工学の本も購入していたようだが、アシュトレトは恐らく理解できる者はほとんどおらず、世界の知識として定着しないので大丈夫と言っていた… 本当に大丈夫なのか?
そして、ミュリの方はと言うと…
「仏壇にお釈迦様や菩薩様を祭っちゃダメって話を聞いた事があるけど、今ならその意味が良く分かるわ… あんな神様みたいな存在との生活なんて気が休まらないわ…」
と愚痴っていた。それについては俺も同感である。ここまで高位の存在になるとメスガキの時の様に手を出しづらい…
そして、二人の買い物が終わり荷物が届いた日、俺たちはようやく元の世界に帰る事となった。
「本当に買い忘れがないか心配になって来たわ…」
「フィーラちゃん、そんなこと言っても、もう私の収納魔法はパンパンでこれ以上荷物を入れられないわよ」
二人はこの期に及んでまだそんな事を言っている。俺はそんな二人をほっといてミュリの元に近寄り手を差し出す。
「面倒を掛けたな…でもお陰でスゲー助かったよ、お礼と言っては何だが、二人が買い物をして残った金と、鹿ベーコンと鹿生ハムを貰ってくれ」
「ホント、騒がしい日々だったけど…でも、楽しかったわ… 鹿ベーコンと鹿生ハムは商売が出来る程残してくれている様だけど、まぁ、美味しいから良しとするわ」
そう言ってミュリも微笑を浮べ俺の手を握り返す。
鹿ベーコンと鹿生ハムは少しぐらい持って帰るつもりであったが、カローラと聖剣の荷物で俺の収納魔法もパンパンになったので全てミュリの元に置いていくことになったのだ。
「ミュリエールさん、お世話になったわね、貴方の家楽しかったわよ」
アシュトレトもミュリに手を差し伸べる。
「ハハハ、喜んでいただけたのなら…光栄です」
ミュリは強張った顔で握手を返す。まぁ、俺たちにすれば高位存在であっても顔見知りだが、ミュリからすれば初めて会う神様の様な感じだからカチコチに緊張しても仕方がないか。
「これから、色々大変な事が起きるけど、貴方なら大丈夫よ安心して、私、待っているから」
アシュトレトはそんな言葉をミュリにかける。ミュリは意味が分からずキョトンとしていたが、アシュトレトはそれ以上は語らず、俺の横に戻る。
「なんか思わせぶりな言葉だな… まぁ、アシュトレトにしたら、ミュリのいた時代も過去の事だから色々と知ってそうな素振りだよな… そう言えば、俺の時にも一時期消えたと思ったら戻ってきたって話をしてたけど、戻ってきた後の俺の事も知っているんだよな?」
俺がそう尋ねると、アシュトレトは突然、真顔になって俺に向き直る。
「そう尋ねられた時に答える様に、マスターイチロー様より御伝言をお預かりしております…」
「マスターイチローって…俺自身から?」
「えぇ、今のイチロー様にとっては未来のイチロー様よりです…」
未来の俺からの伝言… 一体、未来の俺は今の俺に何を伝えようとしているんだ?
俺はゴクリと息を呑み、未来の俺からの伝言を待つ。
「では、ほこんっ… ゲームはどんなイベントがあるのか、どんな装備をすればいいのか、考えて悩んで、解いていくのが楽しいのであって、攻略方法を見ながらするゲームはただの作業だ。だから、人生という名のゲームを精一杯、考えて悩んで、そして楽しめよ… だそうです」
俺は未来の俺からの伝言を受け取って、暫し唖然とする。だが、次第に笑いが込み上げて来て、俺は声を上げて笑い出す。
「ハハハっ! 確かに俺が言いそうな言葉だ! 先が分かったら面白くねぇもんな!」
「フフフ… 今も未来もイチロー様はイチロー様ですね」
伝言を伝えてくれたアシュトレトも笑みを浮かべる。そして、俺はまだあーだこーだ言ってる二人に向かって声を上げる。
「おーい! 二人とももう行くぞ! 何か問題が発生しても向こうで対処しろ!」
「えぇ~でも~…」
「おらおら! ここで出来た事が向こうで出来ないなんて事は無いはずだ!」
「うぅ~分かりましたよ…」
カローラと聖剣がしぶしぶ俺の元にやってくる。
「じゃあな、ミュリ! 元気でいろよ!」
「えぇ! イチローも頑張るのよっ!」
最後にミュリに言葉をかけるとミュリも手を振って応える。
「じゃあ、やってくれアシュトレト」
「分かりました、マスターイチロー様、向こうの私にもよろしくお願いします」
そして、俺たちは光に包まれていく。
「マスターイチロー様、途中、シュリナール様の事付けで立ち寄るところがありますが、用事が終われば元の世界に戻れるのでご安心下さい」
「シュリナールって… シュリが?」
そう尋ねた瞬間、俺たちの視界が揺らぎ、この現代日本から旅立っていったのであった。
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