第125話 地下に潜む蔭
現在、ここの食料備蓄所に本隊が到着し、ここで隠れて潜伏生活をしていた避難民を保護して回っている。本来、食料を積み込む筈であった荷馬車には、次々と避難民が乗り込み、どれだけ食料が積み込めるのか分からない状態だ。
食料の積み込みに関しては、シュリがドラゴンの姿になって、食料運搬専用となっている。それでも、予定していた量を積み込むことは困難だ。
その状況を眺めていた俺を、サイリスはなんともいえない重々しい顔をして見てくる。
「サイリス… 気持ちは分かるが、言葉にするなよ…」
俺の言葉にサイリスは瞳を閉じた後、はぁ~っとため息をついて、再び俺に顔を向ける。
「分かってますよ、そんな言葉を口にしたり、食料優先で積み込みをしようものなら、あっという間に暴動が起きる事でしょう…」
「だな…」
ここに来ていたトップの人間が配慮の出来るサイリスで良かった。これが横暴なは配慮の出来ない人物であれば、暴言を吐いたり、食料の積み込みを優先したりして、あっという間に暴動に発展し、その物音を聞いて敵が襲来したかもしれない。
「しかし、どうする? 一度、避難民をハニバルに送り届けた後、もう一度食料を運びに来るか?」
「そうですね… 今はそれしか方法はありませんね、ただ、ドラゴンの姿になったシュリ殿の足音で敵が集まって来ないかが心配ですが…」
ん~ 今は無人だと思われているから、虫どもはいないが、人がいると分かれば、ここに集まって溜まるかも知れないか。
「では、もう始めてしまっているが、ドラゴンのシュリで食料を運ぶのを止めるか?」
「いや、それも出来ませんね…再び来れるかどうかも分かりませんので、ある程度は運んでおきたいです」
俺とサイリスがそんな話をしていると、避難民の中から、痩せこけた衛兵の姿をした人物が近づいてくる。
「貴方が、この救援隊の責任者のサイリス様ですか?」
「あぁ、そうだ。私が第四騎兵隊副団長のデミアル・ルド・サイリスです。そして、こちらが我が国の救援に駆け付けてくれた認定勇者のイチロー・アシヤ殿です。貴方は?」
衛兵の言葉にサイリスは自分と俺とを紹介する。その紹介に衛兵はさっと敬礼して、自己紹介を始める。
「私はここ第三農場守備隊隊長のバンク・コートであります! この度は我々の救援に駆け付けて頂き誠にありがとうございます! 避難民を代表して感謝の意を捧げさせていただきます!」
「いえいえ、我々も救援に駆け付けるのが遅くなって済まなかった。それよりもコート殿は避難民をまとめ上げ、よくぞここまで耐え忍んだものだ。賞賛に値する」
「はっ! そのようなお褒めの言葉を頂き、至福の極みにございます!」
サイリスの言葉に衛兵は直立不動の敬礼のまま、瞳に涙を浮かべながら答える。その様子から察するに、ここでの潜伏生活で色々な苦労があったのであろう。その苦労がようやく報われた涙なのである。
「コート殿、詳しい話を聞きたい、楽にしてもらえるか?」
「はっ!」
衛兵のコートは敬礼の姿勢から、手を後ろでに組んで休めのポーズを取る。
「で、ここでの潜伏生活はどれほど続けてこられたのだ?」
「はい! おおよそ三か月ほどです!」
「三か月も!」
三か月も潜伏生活を続けてきたことか、もしくは三か月分の食料が減っている事か、それともその両方かは分からないが、サイリスは目を丸くする。
「では、三か月前に、虫がここを襲撃し、その日から今まで、潜伏生活を続けられたのか」
「はい、そうです… 三か月前に突如として虫の群れが現れて、多くの被害者を出しましたが、なんとか頑丈な食糧庫の中に逃げ込み、耐え忍んでおりました。また、時々、もっと北から逃げ延びた者がやって来た時がありましたので、その者たちも受け入れて過ごしてまいりました」
いやいや、凄いなこの衛兵。この戦火が収まったら、ここに銅像建ててもいいぐらいの活躍じゃねえか。
「そうか、三か月と言う長い間、かなり苦労されたのだな… しかし、避難民は皆、食糧庫の中に立て籠っていたというのに、やつれている様だが、もしかして、食料が尽きたのか? それともただ憔悴しきっているだけか?」
サイリスは上手い事言って、食料について聞き出す。確かに避難民は皆、薄汚れてやつれている。食べ物の中にいたはずなのにこれはちょっとおかしい… もしかして、食糧庫に詰みあがっていた袋の山は食品じゃないのか?
「いえ、違います。我々の潜伏生活は、日が昇っている間は、倉庫内で息を顰め、夜、日が暮れてから、数名が倉庫から出て、水を汲みに出ておりました。その水で倉庫内の豆をふやかして食しておりましたが、一週間ほど前から、突然、井戸が枯れてしまいまして、水を手に入れる事が出来ず、ふやかさない豆は喉が渇くのであまり食べられない状況になっておりました」
「井戸が枯れるだと?」
確かに食べ物があっても水が無くなれば、厳しいな。食料は一か月が限度、水は一週間が限度というからな、結構、ぎりぎりの状態だったんだな。
「しかし、井戸が枯れるなんて大変だな… ここ最近、干ばつが続いていたり、地震があったりしたのか?」
俺はサイリスとコートの二人に尋ねる。
「いや、干ばつなど起こっていないな、今年は例年通りの天候であったが…」
「地震も起きてはおりません」
サイリスとコートの二人が答える。干ばつも地震も起きてないのに井戸が枯れるなんておかしいな、ちょっと調べた方が良さそうだ。
「井戸はどこにあるんだ?」
「ここの倉庫の横手にあります」
そういってコートが指さす。
「ちょっと、嫌な予感がするから、調べてくるわ」
俺は二人にそう言うと、コートが指し示した食糧倉庫の横に歩いていく。そして、倉庫の角を曲がると、離れた場所に井戸が見える。しかし、そこまでの道には、まるでモグラが土の中を移動したように地面がもこもこと盛り上がった場所が幾つもある。
これ、なんか地面の下でヤバいことが起きてんのじゃねえのか?
俺は背中に冷や汗を流し、何か悪い予兆の様なものを感じる。俺は一歩一歩、地面を確かめる様に歩きながら井戸へと向かう。
すると、別の方角から、フィッツが馬を連れて現れる。
ヤバい、あれは走らせた馬に水をやるつもりで井戸の所に来たのであろう。
「おい! フィッツ!!」
俺は慌ててフィッツに声を飛ばす。
「あっ! イチロー様!」
フィッツは俺の声に気が付いて、こちらに駆けてくる。
「馬鹿! 走るな! こっちくんな!」
俺が叫んだ瞬間、フィッツの足元の地面が崩れ落ち、フィッツは馬とともに、地面に開いた穴に吸い込まれるように落ちていく。
「フィッツゥ!!」
俺は即座に飛行魔法を使い、フィッツの落ちた穴目掛けて飛翔する。穴の上まで飛翔すると、穴の深さは墜とし罠程度ではなく、日が暮れたこともあって、黒々をしており、そこの深さが見えない。これはかなりの深さだ…
「フィッツゥゥ!!!」
俺は再び、穴に向かって大声でフィッツの名を叫ぶ。俺の叫びはただ、穴に吸い込まれて掻き消されたかともったら、隣の井戸から俺の声の反響した山彦のような声が聞こえる。
「この穴、井戸に繋がっているのか?」
俺は、井戸の石組みを足で確認しながらゆっくりとその淵に着陸し、井戸の中も覗き見る。
「どうされたのだ! イチロー殿!」
俺の叫びに気が付いたのか、サイリスが倉庫の角から姿を現す。
「サイリス! 来るな!! ここの地面は崩れる!」
今度は間に合ったようで、サイリスはさっと立ち止まる。
「地面が崩れる!? 一体、何があったのですか!?」
サイリスが倉庫の角から、声を飛ばしてくる。
「地面が崩れて、フィッツが落ちた! 恐らく、井戸が枯れたのも、何者かが、地面の下で何かやっているからだ!!」
「も、もしかして…虫どもですか!?」
「おそらくそうだろう!! こんなことをする奴らはあいつらしかおらん!!!」
俺の言葉にサイリスは蒼白な顔になり、辺りの地面を見渡す。
「イ、イチロ…様…」
その時、井戸の中から、かすかにフィッツの俺を呼ぶ声が聞こえる。
「フィッツ! フィッツ!! 無事か!? 生きているか!?」
俺は再び、井戸に向かって叫び、そして、井戸の中に耳を傾ける。
「イ、イチロー様… 馬が下敷きになってくれたので… なんとか生きています… しかし、周りが真っ暗で何も…見えません…」
馬には気の毒だが、それでフィッツの命が助かったのか… 俺はその事に胸を撫でおろす。そして、サイリスに向き直って叫ぶ。
「サイリス! お前たちは避難民の収容が終わり次第、ハニバルに戻れ!」
「イチロー殿はどうなさるのですか!」
俺は、ちらりと見えるはずのない井戸の底を見る。
「俺は、落ちたフィッツを拾ってくる! 大丈夫だ! すぐに合流する! お前たちは急げ!」
サイリスは俺の言葉に一瞬、目を見開いて固まる。しかし、すぐに険しい顔をして頷く。
「分かりました! イチロー殿も御武運を!!」
「おう! 任せろ!!」
俺の返事と同時に、サイリスは本隊の方へ駆け出し、俺は井戸の中に飛び込んでいった。
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