第83話 美少女悪霊

 結果から言うと、食堂の食事はハズレだった。出てくるもの全て、猫獣人の猫舌に合わせて冷めており、カリカリについても… まぁ、ちょっぴり魚味風味のカップ麺の謎肉をそのまま食べている様であった。ちなみにネズミも魚も素揚げの物が出てきた… 衣ぐらいつけろよ… 


 その上、食前に料金の先払いを要求されたのであるが、カリカリがバカ高い金額になっていた。これも、人族の交易が途絶えたせいで、品不足になっているからだそうだ。うん、今度から、カリカリはミケの分だけだ…


「お客様は今日、お泊りなんですにゅ?」


後片づけをするウェイトレスの猫少女が聞いてくる。


「あぁ、そうだか、それがなにか?」


「あっ… いえ、なんでもないですにゅ…」


 猫少女ははっとした顔をして片づけを続ける。なんだか、マズイ事を聞いてしまったと言った感じだ。


「その様子からしたら、なんでもないって事はないだろ… 他には黙っておいてやるから、言ってみろよ」


 俺がそう言葉をかけると、猫少女はキョロキョロと周りを見渡し、宿の者の視線がないのを確認してから、俺の耳元に顔を寄せる。


「ここ… 出るんですにゅ…」


「出るって、何が?」


俺も小声で聞き返す。


「幽霊が…」


 その猫少女の言葉に、聞き耳を立てていたであろう、シュリ、カローラ、そしてカズオが肩をビクッとさせる… カズオもかよ…


「どんな幽霊なんだ?」


「女の子の幽霊だそうにゅ… でも、特に何か害を成してくる事はないみたいですにゅ」


猫少女はそう言って、洗い物を持って厨房の方へ戻っていく。


「ふーん… 女の子の幽霊か…」


 その女の子の幽霊は可愛いのだろうか? あっ、でも幽霊なら触れないか… 頼み込んだら、ストリップぐらいしてくれないだろうか… 


 俺がそんな事を考えていると、こんどは厨房のシェフがトレイに飲み物を持ってやってくる。


「こちらはサービスのたんぽぽ茶ですにぃー」


「おぉ、ありがとう、ところでシェフ、ちょっと聞きたい事があるんだが?」


「なんですにぃ?」


「ここの人はみんな、カリカリばかり食ってるのか?」


俺がそう言うとシェフは少し顔を曇らせる。


「昔は色々な物を食べていたにぃ… でも、カリカリが入って来てから、皆、カリカリばかり食べるようになったにぃ… 今では、魚もネズミもあまり食べなくなったにぃ…」


「なんか変な話だな… あれ、そんなに美味いものでもないのに…」


シェフは周りをキョロキョロと見回した後、俺の耳に顔を寄せてくる。


「お客様、知ってますにぃ?」


「何を?」


「ここ、幽霊が出るにぃ…」


お前もかよ! さっき、ウェイトレスに聞いたよ!って言いたくなったが、黙っておこう。


「なんで、出るんだ?」


「なんでも、女の子のお客さんが亡くなって、それから出るようになったらしいにぃ…」


ちょっと待て、それ、日本なら事故物件だぞ… そんな部屋に客を泊めるのかよ…


「そ、そうなのか…」


俺は無難に答える。


「まぁ、害をなさないそうだから、安心するにぃ…」


そう言ってシェフも厨房に戻っていく。もう、これは公然の秘密って奴だな…


「では、一応、腹も膨らんだし、もう部屋で休むとするか… 明日は情報収集とかあるからな、皆もしっかり休めよ」


 そうして、俺たちはぞろぞろと連れだって、食堂を出て、二階に続く階段へと向かう。その途中に階段前にある受付の宿の主が俺たちの姿を見て、近づいてくる。そして、宿の主は俺の耳に顔を近づける。


「お客様… ここだけの話ですが… ここ幽霊が出るんですにゃ…」


 それを宿の主であるお前が言うのかよ… というか、全員、幽霊の話をしてくるじゃねえか…


「でも、安心してくださいにゃ、害をなさないので… それどころか、可愛い女の子ですのでうちの名物となっておりますにゃ…」


 ほほぅ… これはいい話を聞いた… 可愛い女の子か… 誠心誠意を込めてお願いすれば… ストリップぐらい!


 俺はご機嫌になって鼻歌交じりに階段を軽やかに上っていく。


「あ、主様は幽霊が怖くないのか?」


シュリが眉をひそめて聞いてくる。


「いいや、それどころか、少し楽しみだな…」


 ストリップは無理だとしても、俺の上を通って行く時にしたからパンツぐらい拝めるかもしれん。まてよ? 3Dゲームとかでキャラが重なった時に、一瞬、服の中身が見える事があるよな… それと同じことを使えば、幽霊が服を来ていても裸が見えるかもしれん…


「では、おやすみだ」


 そうして、俺は部屋に入る。そして、すぐさまベッドの上に大の字になる。いつ俺の上を美少女の幽霊が通るか分からないからな… パンチラチャンスを逃すわけにはいかん!


「さぁ! 来い! いつでも来い!」


俺は思わず声に出して言ってしまう。


コンコン


おう、最近の幽霊はちゃんと扉をノックするのか…


「あ、主様! は、ははいるぞ!」


シュリが部屋の中にやってくる。俺はむくりと起き上がってシュリに向き直る。


「なんだ? シュリ、どうした?」


「ああああすの、じょじょっ情報収集のううう打合せをしておらんかったのでのう…」


シュリは無理に笑顔を作ろうとしているが、顔が強張っている。


「なんで、お前どもってんだよ…」


「べ、べべ別に、ゆゆゆ幽霊が怖いからでななないぞ!」


コンコン


「ひぃぃ!!」


扉がノックされ、シュリが驚いて俺の背中に隠れる。


「イチロー様! カードしよー」


といいながら、カローラが枕を持って部屋の中に飛び込んでくる。


「なんじゃ…カローラか…」


「あっ シュリもいる…」


二人はお互いの存在を知って、気まずい顔をする。


「お前ら二人ともそんなに幽霊が怖いのかよ…」


「だって! 幽霊って物理攻撃が効かないんですよ!! イチロー様!」


「そうじゃ! 奴らはわらわの牙が効かんのじゃ!」


カローラとシュリが大声で答える。


「お前ら、物理攻撃基準かよ… しかもカローラに至っては同じアンデッドだろ?」


「幽霊みたいな霊体化した連中は、何かに執着していて、頭のおかしいのが多いんですよ…」


「あぁ、生前にやり残した事があって、その事に狂っているというやつか…」


 俺の冒険している時に何度か出くわした事があるな… 確かに話の通じない連中が多かった。


カチャリ…


「「ひぃっ!」」


扉が勝手に開いたので、シュリとカローラが俺の背中に隠れて身を寄せ合う。


「なんだよ…今度はミケか…」


扉の陰からミケが姿を現すが、何もしゃべらず、ずっと部屋の角を見続ける。


「何か…見えるのか? ミケ…」


 俺が声をかけるがミケは部屋の角を見たままで、すぐに答えない。そして、そのまま無言で部屋を立ち去る。


 昔、うちでも猫を飼っていたが、うちの猫もたまに何もない処を見続ける事があるんだよな… もしかして、人間には見えないものが見えているのか…


「なんなんじゃ… ミケは… あんな事をされたら、なおさら一人で眠れんではないか…」


「イ、イチロー様… 今晩は一緒に寝てもいいでしょ?」


 シュリとカローラは身を寄せ合いながら、二人でガタガタと震えている。その様子を見て、俺は仕方なく頭を掻く。


「しゃあねぇな… では、寝小便たらさないように、寝る前にトイレに行ってこい」


 どうせ、いつも馬車の寝台で一緒に雑魚寝をしているのだ、宿で一緒に寝るのもいつもと同じだ。


「わ、分かった… あ、主様… ほれ、カ、カローラ… 手を放すでないぞ…」


「シュ、シュリも手を放さないでね… 一人だと幽霊にさらわれちゃうかも…」


そうして、二人は寒さに震える子猫の様に震えながらトイレへと向かう。


コンコン


扉がノックされる。おっ? 今度こそ、美少女幽霊か?


「だ、旦那様… あ、あっしも一緒に寝ていいでやすか?」


カズオが枕を抱えてながら上目づかいで頬を染めながら俺を見てくる。


「なんで、お前まで、俺の部屋にくるんだよ!! しかも、ちょっと夜這いっぽい感じで!!」


「だ、だって、旦那ぁ~ ミケが… ミケが… 無言で部屋の中に入ってきて、何もない所をじっと見るんでやすよ!! あっしは怖くて怖くて…」


「あぁ… あれか… カズオの所にもいったのか…」


確かに幽霊の話をされた後にあれをされたら、怖いわな…


「あれ? なんでカズオまでおるのじゃ?」


「カズオも怖いの?」


シュリとカローラがトイレから帰ってくる。


「もう、いつもの馬車の中と同じ状態だな… せっかく別々の部屋を貰ったというのに…」


俺はふぅっとため息をつく。


「カズオ、もうお前も一緒に寝てもいいが、お前はソファーだぞ!」


「へ、へい! 旦那! ありがてぇ~」


 そういう訳で、俺たちはいつも馬車の中と同じように皆で一緒に眠り始める。皆と一緒という安心感の為か、シュリもカローラも、そして、カズオも寝息を立て始める。俺の方は、可愛い幽霊に会えるかもという興奮でいまだ眠れずにいる。


くっそ! デマだったのか!?


 そう思った瞬間、視界の端にうっすらと青白く光る物体が横切る。俺はすぐさま身を起こし、その物体を追う。そこには猫耳の可憐な美少女の幽霊の姿があった。


来たぁー!!! 


 俺は皆を起こさないように心の中で叫ぶ。その俺の心の叫びに気付いてか、美少女の幽霊が俺に気付いて近づいてくる。


(私の姿が見えるのですか?)


鈴を鳴らすような可憐な声が頭の中に響く。おぉ、声すら可愛い!


 あぁ、見えるし聞こえているとも…


(まぁ、声すら可愛いだなんて… 私、少し恥ずかしいですぅ…)


そう言って幽霊は顔に手を当てて照れる。


そこから聞こえていたのか…まぁいい、余計なことを聞かれないように平常心、平常心と…


 で、どうして君は、成仏しないで彷徨っているんだい…俺に出来る事なら協力するよ


(私、旅の途中で死んじゃったんですが…どうしても経験したい事があったのです…)


美少女幽霊は赤面しながら、俺をチラチラと見る。


(それは… あなたの様なカッコいい方と一夜を迎える事…きゃ、いっちゃった)


美少女幽霊は両手で顔を隠し、恥ずかしがる。


ヘイジョウシンダ,ヘイジョウシン! キターナンテサケンデダダメダ ココハシンシノヨウニフルマウノダ!


 ふっ、俺で良ければ喜んで…


 俺はそう言って、爽やかイケメンフェイスをしながら美少女幽霊の手を取ろうとするが、するりとすり抜ける。


(あっ、やっぱり、すり抜けちゃいましたか… 前にも何度かチャンスはありましたが、いつもこうなんですよね… でも、今日はなんとかなりそうですね…)


そう言って美少女幽霊は、眠っている他の連中を見る。


(ん~ この二人は小さすぎますね… まだ子供です…)


美少女幽霊は寝ているシュリとカローラを見て、首を横に振る。


(あっ! こっちの人なら大丈夫そうですね!)


「おい! ちょっと待て!」


俺は思わず声を出してしまったが、美少女幽霊はカズオの中に入っていく。


「うんしょっと、生身の身体は久しぶりですね」


 鈴を鳴らすような可憐な声で、カズオが起き上がる。そして、俺の顔を見て、頬を赤く染め、ぱちぱちと瞳を瞬かせて流し目をする。


「お、男の人って…こういうのが好きなのでしょ?(鈴を鳴らすような可憐な声)」


そう言って、カズオは俺に向かってM字開脚をする。


「成仏しろやぁ!!! この悪霊がぁ!! ホーリーウォータースプラッシュ!!!」


俺は全力で聖水魔法をカズオにぶち込む。


(あぁ! 男の人って カ・ゲ・キ(ハート))


そう言い残して、美少女幽霊… いや、悪霊は成仏していった…



次の日。


「カズオ! そなた、寝る前にちゃんとトイレにいかんから、おねしょなどするのじゃ!」


「カズオ… その歳でおねしょは…ちょっと」


「い、いや、あっしは…」


 昨日の聖水魔法でびしょびしょになったカズオが寝小便をしたと間違えられて、シュリとカローラから叱られている。


「おら、さっさと街に出かけるぞ!」


俺は昨日の事でむしゃくしゃしながら、階段を降りる。すると受付で宿の主を見つける。


「おい、宿の主。悪霊は退治しておいたからな!」


「は? あの幽霊は悪霊じゃないはずですにゃ…」


「あんなの悪霊だ! 悪霊!」


俺はそう言い残して宿を出た。


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