第81話 カズオ再び
「本当に簡単に町に入れたのぅ~」
右隣を歩くシュリが周りの町並みを見渡しながら言葉を口にする。
「ねぇ!ねぇ! イチロー様! カード買いに行こ!」
左隣のカローラが深々と日よけのフードを被りながら、俺の手を引っ張る。
「あぁ、この様子なら買いに行ってもいいが、先ずは宿を確保してからだ」
俺はその言葉の通り、道を歩きながら宿屋の看板を探している。
「しかし、主様よ… なんか、わらわたち、注目されておらんか?」
シュリが少し小声で言ってくる。
「やっぱり、シュリもそう思うか…」
俺は眉を顰める。注目される理由は分かっている… 俺はその理由に向き直る。
「おい! カズオ!」
「へいにゃん! 旦那様にゃん!」
「にゃんをつけるな!! 俺を旦那様と呼ぶな!!! 別の意味に思われるだろうが!!! それと…」
俺は、苦々しく思いながら、カズオの姿を改めて見る。
「お前! なんでそんな恰好をしてんだよ!!」
カズオはどこから用意したのか分からないが、黒いメイドのエプロンドレスを纏い、手足に猫の肉球手袋と肉球ブーツを履いて、頭には猫を形どった被り物をしている。
「へいにゃん! ここに来るためにホノカさんとノゾミさんに手伝ってもらって、慌てて作ったにゃん!」
「おまっ!! お前にその恰好は許されん!! ゲーマー達と焼きトンボ先生に謝れ!!」
くっそ! カズオの奴、ポーズまであのキャラみたいなポーズを決めやがる…
「なぁ… 主様よ… カズオの奴、また、例の発作を起こし始めたのでは無いか…?」
「あぁ、そうだな… 最近、大人しくしていると思ったのに… ここに至って発作かよ…」
町を通り過ぎる人々は、皆、カズオの事を二度見していく… 目立つのも避けたいところであるが、こいつと仲間と思われるのはもっと避けたい…
「兎に角、さっさと宿を見つけてカズオを隔離するぞ!! こんなのと一緒に歩いて仲間だと思われるのは嫌だ!!」
「そうじゃな… わらわもカズオと一緒に歩くのが恥ずかしい…」
そう言ってシュリが耳まで赤くして顔を伏せる。
「しかし…ミケ…」
「なんですか? イチロー」
俺たちの前を珍しく自分の足で歩くミケに声をかける。
「逆にお前は全然、注目されとらんな… 本当に王族だったのか?」
「そうですよ、ただ、面倒だったから、部屋に引き籠って、公式の場には全然出たことがありません」
という事は、こいつが奴隷落ちしたのは、厄介払いされただけじゃないのかと思う。
「それと、占領されたはずなのに、行き交う人々も普通の生活をしているように見えるのだが…」
「その辺りはもともと猫ですから、上の者が変わったぐらい、なんとも思わないのです」
「いや、それ… もう、国を守るとか取り返すとかどうでもよくないか?」
俺はそう言うと、ミケが立ち止まり振り返って俺を見る。
「それでは、ダメなのです… 譲れないものがあるのです…」
ミケにしては真剣な顔をする。
「そうか… 分かった…」
俺は小さく答える。まぁ、王族としては譲れないことがあるのだろう。深い話は聞かないことにする。
「人間と交流を止めたらカリカリが食べれなくなる~」
ミケはそう言って、前を向いて歩き始める。ちょっと、待て! それが本当の理由じゃないだろうな…
そして、しばらくそのまま進み、ある所でミケが立ち止まる。
「宿屋ありましたよ」
そう言って看板を指さす。その看板を見ると猫が眠っている絵が描かれている。
「これは、俺たちだけでは分からんな…」
そう漏らしながら、中へ進む。中に進むと受付で暇そうにしているミケと同じ程度の獣人具合の宿の主の姿が見える。本当に猫獣人と言うのは皆、のん気でやる気のない連中ばかりなのであろうか…
俺たちの物音に、主がぴくりと猫耳を動かすと、やる気のない姿勢から、身体を起こして、こちらに見る。
「いらっしゃいませにゃ~!」
「男二人、女三人で宿を取りたいのだか… 部屋はあるか? 男部屋と女部屋の二部屋でいい」
マセレタに制圧されたフェインでは流石に勇者特権を使って、全員一部屋づつ取る訳には行かない、だから経費削減の為に、仕方がないが、俺とカズオの男部屋、シュリ、カローラ、ミケの女部屋で部屋を取ろうとする。
「あります! ありますにゃ!! 二部屋なんてケチ臭いことを言わず、同じ料金でみんな、個室を使ってもらって結構だにゃん!」
「えっ!? いいの?」
俺は宿の主の大判振る舞いに目を丸くして尋ねる。
「はいにゃ! 最近、人族のお客さんが全然来ないから、暇でしょうがないにゃ~ だから、今も全部屋空室にゃ~」
「人族が来ないって… マセレタに占領されたから、人族との交流を止めたんだろ? 来なくて当たり前じゃないのか?」
俺は他の人族との交流があるのではと思い尋ねる。
「えっ!? そうだったのかにゃ! 気が付かなかったにゃ!」
宿の主は耳をピンと立て、目を丸くする。俺はどういう事だよと言わんばかりに、振り返ってミケを見るが、ミケは目を逸らす。
くっそ! 本当にどうなってんだよ! この国というか、猫獣人というか… のん気過ぎるのも程があるだろ!!
「とりあえず、お客様~ これは部屋の鍵にゃ! 二階の階段を上がった廊下の並んだ五部屋にゃ! 素泊まりなら200にゃ 食事は一階の食堂での別個の注文になるにゃ」
俺は懐から財布代わりの袋を取り出し、中から銀貨二枚を主に渡し、鍵を受け取る。
「ほれ、お前ら部屋の鍵だ。荷物を置いたら、街中へ繰り出すぞ」
俺はそれぞれに鍵を渡していき、階段を上り二階の部屋に行く。そこで鍵を見て部屋番号を確認する。俺の部屋は201か… 廊下を見ると奥から201,202,203…と部屋番号の札が見える。
俺は一番奥に進み扉を開ける。部屋の様子はダブルベッドにローテーブルとソファーか、中々いい部屋じゃないか。ちゃんとクローゼットもあるな。俺は着替えなどが入った袋をベッドの上に投げる。
コンコン
早速、扉がノックされる。
「どうぞ」
「イチロー様! カード見に行こう! カード」
カローラがぱたぱたと足音を鳴らして部屋に飛び込んでくる。
「早速か、カローラ」
コンコン
再び、扉がノックされる。
「主様ぁ~ 一緒に町へ… って… カローラに先を越されておったか…」
勢いよく部屋の中に飛び込んできたシュリであったが、カローラの姿を見つけて気を取り直す。
コンコン
「旦那様ぁ~ あっしは市場にいきたいにゃん!」
今度はカズオまで飛び込んでくる。しかもあの姿だ。
「カズオ! お前は宿に残ってろ!!」
「なんでもするから、市場に行きたいにゃん!」
カズオは猫耳メイド服姿でおねだりポーズを取ってくる。
「なんでもするって…言われても… こんなに嬉しくない、なんでもするは初めてだ…」
俺の目のまえではカズオがおねだりポーズをしたり、流し目をしたり、指を咥えてみたりしている… これ、俺がOK出すまで続けるつもりなのか?
「おい、シュリ」
俺は小声でシュリを呼ぶ、すると、シュリは肩をビクつかせてゆっくりと俺に向き直る。
「な、なんじゃ… 主様…」
「お前、ちょっと、カズオと付き合って市場にいってくれ」
「なんで、わらわがカズオと行動せねばならんのじゃ」
シュリは口を尖らせて不平を言う。
「だって、お前、前の村で情報収集失敗しただろ?」
「そ、それを言われると… 言い返せんのう…」
シュリはしゅんとして項垂れる。
「まぁ… 今度、埋め合わせするから頼むぞ」
こうして、俺たちは、俺とカローラ、シュリとカズオで町に繰り出す事となった。
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