第62話 暇つぶしの読書

 馬車はイアピースの首都を離れ、ガタゴトとフェイン国に向けて進んでいる。クリスが戸棚に天岩戸しているのと、そのクリスの為に骨付きあばら肉が続いているぐらいで、これといった問題もなく順調に旅の行程は進んでいる。


「おい、シュリ」


「…なんじゃ、主様…」


そっけない声がシュリから帰ってくる。


「なんかしゃべれよ」


「なんか」


「いや、そうじゃなくて、俺が暇だから会話しようぜって事だよ」


シュリは最近、読書にはまっているようで、暇を見つけては本を読んでいる。


「わらわは読書で忙しいのじゃ、クリスにでも話をすればいいじゃろう」


シュリは本から目を離すことなく答える。


「クリスっていってもなぁ…」


 俺は戸棚に目をやる。クリスはあれ以来、一切戸棚の中からでてこない、食事の時も出てこないので、お供えのように戸棚の前に食事を置いておくと、いつの間にか食事を食べている。その食事も骨付きあばら肉しか食べないから、結構面倒である。


 その上で、戸棚の前から話しかけても返事はしないわ、夜な夜なすすり泣く声は聞こえるわで、お供えのことも相まって、まるで地縛か霊なにかが戸棚に住み着いたようである。


「あのまま放って置く事も出来んじゃろ… 主様の好きなおなごじゃぞ?口説き落とせばよいじゃろう… ほぅ…ヤリスギはシャイコを選んだのか…」


シュリはそういって本のページをめくっている。


「お前、本当にこちらの世界の小説を読んでいるんだよな? 時々、俺の知っているキャラの名前が聞こえるんだが…まぁいいや… 俺も薄幸そうな女の子は、十分ストライクゾーンの範疇なんだが… あそこまで不幸なのはなぁ… 可哀そうなのは抜けないというか勃たない」


「では、ミケの相手でもすればいいじゃろうが、じゃれ合う位ならわらわも文句はいわんぞ」


シュリは本の挿絵を見てニヤニヤしている。


「ミケはなぁ~」


「なんじゃ? ミケはダメなのか? 城で致そうとしておったではないか… ミケとじゃれるのは気持ち良いぞ、あの毛並みが気持ちよくてさわさわして」


「それだよ!それ!」


俺は正面に座るシュリに向かって、前のめりになる。


「何のことじゃ?」


シュリがようやく本から顔をあげる。


「ミケの奴、猫の気まぐれで、俺にもじゃれてくる時があるんだが、めっちゃ毛並みが気持ちいいんだよ!」


「ならよいではないか」


「それが良くないんだよ」


シュリは首をかしげる。


「あいつ、毛並みで気持ちいい体で散々さわさわして、人をその気にさせといて、自分が飽きたらさっとどこかに行ってしまう… 捕まえたとしても、貞操帯付きだしなぁ~ ほんと生殺しだよ…」


 俺は脱力して背もたれに身体をだら~んと預け、首だけポチにもたれかかって寝ているミケを見る。


「主様は本当にそればかりじゃのう… これでも読んで、少しは普通の男女の色恋を覚えたらどうじゃ?」


そういってシュリは自分の読み終わった本を差し出す。


「いや、恋愛小説を読んで色恋を覚えろって… しかも俺がアブノーマルな恋愛しかしたことないような言い方しやがって…」


 俺は身体を背もたれから起こして、本を受け取る。表紙にはいかもに女の子向けの恋愛小説ですと言わんばかりの目が大きくてクリクリ、まつ毛ぱっつん、髪はさらさらの女の子の表紙絵が描かれている。タイトルは…『とらみちゃん』… とりあえず、読んでみるか…


 えぇっと、教会の学校に通う、とらみちゃん11歳は転校生のスネタに一目ぼれ…って、これあれか?日本の国民的アニメのキャラの名前じゃ… でも挿絵は全然違うな… とらみちゃん、金髪ツインテールだし… スネタも口尖ってないし… でも、名前のインパクトが強すぎで、挿絵じゃなく、あのアニメのキャラに置き換わっていくな… まぁ、そういうものとして読んでいくか…


………


……



 上の寝台から物音が聞こえ、昼寝の終わったカローラが梯子を使って降りてくる。


「おはよ~二人とも。 イチロー様、カードの続きする?」


「いや、俺は本読むので忙しい」


 カローラとは昼寝が終わった後、カードをする約束であったが、予想以上にこの本が面白い。低学年向きの恋愛小説を装って、結構、ドロドロの恋愛模様が描かれている。


 とらみちゃんは最初、ヤリスギに惚れられているが、スネタに告白し両想いになる。しかし、スネタが再び転校し、とらみちゃんを諦めて、シャイコと付き合っていたヤリスギがとらみちゃんを狙い始める。振られたシャイコはシズクと付き合っていたとらみちゃんの兄のジャガーエモンに告白。シズクはノビオに告白されるがこれを断り、シャイコの兄のシャイアンと付き合う…


 こんなドロドロな内容のものが本当に低学年向けでいいのか? 大人でもこんなドロドロした恋愛はしてないぞ? これのどこに普通の恋愛を覚える要素があるんだよ…


「イチロー様、何読んでるの?」


カローラが欠伸しながら俺の隣に座ってくる。


「ん? 『とらみちゃん』だ」


「あぁ、あのドロドロした奴…」


カローラが俺の読み終わった本を手に取ってぺらぺらとめくる。


「カローラ、お前、読んだことあんの?」


「はい、でも、なんか私の趣味じゃなくて… それよりもイチロー様、『消える初恋』なんてどうです?」


そういって、カローラが別の本を進めてくる。


「だ、だめじゃ!! あの本はだめじゃ!! 主様が変な事を覚えたらどうする!!」


シュリが慌てて声をあげる。


「俺が変なことを覚えるって、どんな事が書いてあるんだよ」


俺が尋ねると、シュリは顔を真っ赤にして押し黙る。


「シュリ、お前、なんで顔真っ赤になってんだよ」


「いや…あの本は、妻子がある身のマスオが、同僚のアナゴと…その始めたのを切っ掛けに、甥に手を出したり、その甥が友人に手を出したりと… あれは主様の教育上良くない本じゃ!」


シュリは顔を真っ赤にしながら必死に叫ぶ。


「俺の教育上って、お前いつから俺の母親になったんだよ… それに話を聞く限り、その『消える初恋』ってBL本か… カローラも何を俺に薦めてんだよ…」


カローラは口元を隠してニヤニヤしている。


「『とらみちゃん』にしろ『消える初恋』にしろ、一体どこに普通の恋愛要素があるんだ… アブノーマルばかりじゃねぇか!」


「えっ? これが人族の恋愛ではないのか?」


「これが普通なら、どこもかしも人間関係ギスギスし過ぎるわ」


そう俺が声をあげた所で馬車が停止する。


「ん? 馬車が止まったぞ? もう、野営の時間か?」


すると御者台の方からカズオの声が響く。


「旦那ぁ! 人が道端で

倒れてやす!!」


「えっ? 人が道端で倒れてんの?」


 俺はカズオの言葉で、馬車の外に出る。すると御者台のカズオが視線を促す。俺はカズオが視線の促す先を見る。すると道先の脇に古代ギリシャのキトンのような服を着た美少女が倒れていた。



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