1−23 覚醒、

 戦場に軍歌は必要だろうか、行進曲マーチは必要だろうか。

 戦場に旗印は必要だろうか、武器を持たぬ旗手は果たして必要なのだろうか。


 否、それは必要不必要の物差しでは決して測り知れない事案なのだ。

 現代社会ではもはや骨董品扱い、荒唐無稽の精神論。


 特に、この日ノ元帝國というガチガチの武士道精神サムライスピリッツを叩き込まれて戦火の中を己が命と駆け抜けてきた者達には。


 嗚呼、今日も何処かの空で、その馬鹿げた大音量が降り注ぐ——。




 緊迫した空気の中を、一直線に飛んでくる大型輸送機。

 そのスピーカーからこの雰囲気に似つかわしくない大音量と鐘の音、ラッパの音色が響き渡る。


「お前の兄だと? ありゃなんだ?」

「まぁ、最終勧告みたいなもんですよ」


 軍の行進曲か? その間の抜けた音楽に、ルードルマンは不可解そうに眉をひそめた。

 

「知りません? 日ノ元で昔放送してた子供向けアニメーションの曲なんですが、台所を前進しジャガイモを叩き潰し玉ねぎを切り刻み、肉を焼き払う……」

「並べる言葉の割に表現が物騒だな」

「最終的には捕らえた其奴らの視界を奪い、油で揚げるという曲です。続きも、お聞きになりますか?」

「……いや、もういい」


 何だかいちいち調子が狂う。ルードルマンは頭を抱えた。


「まぁ上空に目線を誘導できれば、何の曲でもいいのです。この状況で、ガッチガチの"インゲランドの歌"を選ばなかったあたり、兄上らしいですがね」


 では、こちらもイーグル狩りといきましょう。そう一息に呟くと、直がその大空へと銃を抱えたまま躍り出た。


 くそっ、信じきったような目で落ちていきやがって。

 落下していくその身体に掛かる重力を緩めてやるとニコーッと直が笑い返したのが見えた。


 その小さな身体は一直線に眼下に見えたF-15イーグルへと向かい、落ちていく。


「……いやぁ、キョウレツというか」


 熱烈でしたね。そう笑いながら声をかけてきたガードナーに仏頂面で返す。


「言っとくが、俺は泣いてないからな」

「表面上は、でしょ?」


 その物言いにますます顔が不機嫌になる。


「医者と致しましては、今後の経過観察に余念がない状況と判断しましたので、」

「……お前、絶対楽しんでるだろ」


 長年の付き合いになるガードナーには、その不機嫌ヅラも照れ隠しだということはもうバレバレで。その揶揄い口調にため息が出る。


「アルフレッドも、きっと笑ってこの顛末を見ているはずですよ。仇討ち、感謝します」


 そこでこうくるか。嫌味に逃げさせてくれない部下の言葉に、ルードルマンは観念したように空を見上げ、言葉を返した。


「ああ……そうだといいな」




***




 空へ飛び出し、その身一つで降下する。

 手には出立直前にノーラが渡してくれた、小ぶりのショットガン。試作品だが実戦で使ってやらねば友の誠意に失礼というものだろう。

 狙いは先頭の一機、そのコクピットに向けて引き金を引く。


 ビシィィイイッ!!!


 空気を一直線に裂く電撃の音。

 まさか生身の人間がその目前に迫ってくるとは予測もしてなかった哀れな合衆国のパイロットは、不幸にも反応が遅れた。


 幾筋もの束になった電気の弾丸が、その外装を撃ち抜く。そして——。


「おらァ!!!」


 自分の降下するスピードと合わせて自分の身体を思いっきり捻った直は、そのショットガンのグリップでヒビの入っていたコクピットの外装をブチ破る。

 飛び散った強化ガラスを物ともせず、コクピットに転がり込む。間髪入れずに電撃の乗った引き金を数度引いた。

 ビカビカとした光と、バババババッという連続した射撃音がそのコクピットに充満した。


「一機、制圧完了っと」


 ニヤリと嗤った直は、気絶したパイロットのベルト類を引き剥がすと、パラシュートを開き、その身体を機外へ放り出す。

 鹵獲成功、F-15には乗ってみたかった、任務中とはいえ至極満足である。


「さて、ここからが本番だ」


 足で操縦桿を操りながら、編隊を乱し一歩後ろに遅れた他の機体を見やる。


 おまじないの本当の色。

 思い出したそれは、私の本当の稲妻の色。


 直は息を吸い込み、手を天上へかざした。


「食らいやがれ、ハイテク野郎」


 刹那、空気の震えがぶわりと周囲に拡がる。


 ドォォォォォォォオン!!! ビシャァァァァァァアアンンッ!!!!


 空に響き渡る銅鑼ドラの音。呼び込んだのは数多あまたの龍のように空を、地上を、その海上を襲う、紫色の稲妻。

 電気系統がイカれ、そのコントロールを失った敵機に向けて、その通信機のボタンを叩いた。


『合衆国のパイロット諸君よ、貴様らに選択の余地を与えてやる。なに、遠慮はいらん、東方の空でお互いに銃弾と命のやりとりをした仲ではないか』


 空の上からは、引き続き間の抜けたような行進曲のラッパが響いている。


『選べ、今ここで丸焼きになって死ぬか。サメの蔓延はびこる海上を泳ぎきって同盟諸国に逃げ帰るか。選べ! さぁ! 地獄の釜が開いたぞ!』


 その叫びにまるで示し合わせたかのように、空から燃え盛る火の玉が降り注いできた。それに被せるように、やや気の抜けた明るい声がスピーカーを通して響いてきた。


『ハロー、ハロー! アテンションプリーズ! あっ、聞こえてますかね。えーっと勧告します。命が惜しくばすぐに尻尾を巻いて逃げなさい。コチラはおたくらの神様のように容赦ない訳ではないし、虐殺は好みじゃない。追い討ちなんぞ致しませんのでどうぞご自由に。ちなみに、本機は輸送任務明けなので手榴弾がたっぷりとございます。言ってる意味わかる? ドゥーユーアンダスタン?』


 ヘルボーイだ!! 誰かが叫んだその言葉がじわじわ感染していくと同時に、早速パラシュートで降下する兵が出だしたのが見えた。


 柔道剣道は師範代、白兵戦ではまず勝ち目がない。では銃撃戦では?

 それはコードネーム : 獄卒ヘルボーイと呼ばれる不破弘にとっては白兵戦も同じだった。

 無数の手榴弾を何倍もの火力に練り上げ火の玉のように操り飛ばす、歩く爆弾兵器。近場にあるものであれば、落ちている石ころでも彼にとっては銃弾と同じ。


 まさに火の玉男、火焔車かえんぐるま

 片っ端からその業火に放り込んでいく有様から、つけられたコードネームは獄卒ヘルボーイ

 敵が取るべき行動は一択。

 一個師団で迎え撃つ準備ができなければ壊走——以上だ。


『ちなみに我が愛する妹が稲妻を出したのが見えましたので、家族のピンチと判断し先行で複数の手榴弾を既に投下させていただいております。それについてはこちらより一言、"自力で逃げやがれメリケン野郎"』


 公私混同大いに結構! とでも言わんばかりの呆れた言い草だ。既に容赦など無いではないか。

 しかし数秒おいて、今度は先ほどの火の玉がご挨拶だったとでも言わんばかり。火山が噴火したかのような業火が敵機、そして海上で戦闘を続けていた艦隊へと降り注いでいく。


 "地獄から来た化け物"、とは誰が言ったか。

 たかが輸送機一機だ、知らぬブリタニアの兵の対空砲が火を吹くも、その業火に焼かれ輸送機に到達する前に無効化していく。

 それは圧倒的な、いや、もはやどちらが侵略しようとした側なのかわからないほどの圧倒的で残酷な攻撃力の差だった。


 審判を受けるのは果たしてどちらか。

 神か、神に楯突く小さき者達か——。





「見たかガードナー」

「えぇ、フワ曹長……あれほどとは」


 部隊の退避を通信にて促した後、ルードルマンはその様子を上空から窺っていた。


「我々も急ぎ退避を、」

「面白い、」

「……えっ?」


 後部座席からその顔色を窺えば、ひどく楽しそうなルードルマンの横顔が目に入った。何か、これは……非常にマズい気がする。


「あの、ルードルマン少尉、我々も退避」

「ははははははっ!!!!!」


 空に高笑いがこだました。可笑しくておかしくて堪らないというような嗤い声が。それは紛れもなくルードルマン本人の口から出たもので。


(おかしい! さっき飛び降りたフワ伍長の嗤い顔を見て、「あの嗤い方は悪役みたいだからやめたほうがいいだろ」と言っていたはずなのに! ……なのにこの人ときたらっ)


 その笑い顔はまるで、闘いの中に在ることに愉悦を覚えた悪魔のようで。


「行くぞガードナー! 我々もこうしちゃおれん!」

「えっ! ちょっと、何を、少尉殿っ!?」


 ガクンッとその機体の高度が下がる。


「頭は低くしとけ! ガードナー!!!」

「うっそでしょぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 分厚い翼を翻したJu-87 G2シュトゥーカは真っ逆さまにその海上で逃げ足を踏んでいた巡洋艦に向け一直線に落ちて行く。


 ドォオオオオオン!! ドォォォォォォォオン!!!

 ズォォォォオオオオオオンッ!!!


 海上に水の柱が上がった。

 意気揚々としたルードルマンは、そのまま巡洋艦四隻の弾火薬庫を機体でブチ抜き次々と炎上させていった。



 のちにクーゲル・ER・ガードナーはこうも語っている。

 あの時ほど、真剣に異動嘆願書を出すことを考えたことはない、と。




「あーあ! それ俺の仕事だったのに、誰だよアレ」


 ちゃぷん、と波間から海上に顔を出した蒼一が、煙を上げながら空へと舞い戻っていく機体を見ながら愚痴をこぼした。

 その隣に、彼に寄り添うかのように一頭のマッコウクジラがひょっこりと顔を出す。


「いやぁ、バカだねー。直以上にヤバい奴、やっぱおるんだなぁ」


 ゴーグルを外し、機体が遠くへと飛び去るのを見送る。

 キィーンという独特なエンジン音を出しながら、その機体のそばに寄り添うようについたF-15が一機、見えた。なんだか変な組み合わせだ、でもその寄り添う様子が妙に微笑ましい。


「俺達も帰ろっか、ホクサイ」


 ふぅと息を吐き、マッコウクジラのその頭を撫でる。

 煙と、炎と、海と空の青。


 闘いは思いもよらぬ形で終息したようだった——。

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