第11話 事実とワイファイジャー
出社してWEB部を覗いたら橘が居なかった。
そうか、昨日引っ越したから今日は有給を取ったのか。
なるほど。ちょうど厄介な仕事が落ち着いて今日は暇だし、俺も午後休取って家に帰ろう。
そして届いたけど作ってない棚でも作るか。
部屋の片づけも手伝ってやりたいし、一石二鳥だ。
そう思って帰ってきて……橘が話していた子どもを見て俺は動きを止めた。
あの子は学校近くのマンションに住んでいる子だ。
出勤と学校に行く時間が似ていて、いつもマンションを出た所の交差点で一緒になる。
そして……。
俺は荷物を持った状態で説明を始めた。
「会ったのは数か月前だ。あそこの大通りあるだろ。一番車通りが激しい道。あの道の横断歩道で、あの子含めて四人の子が信号待ちしてたんだよ。それでさ、赤信号なのに飛び出して渡っていくんだ」
「ええ?! あの道、車通り激しいですよね」
俺は頷いた。
うちの目の前は小学校で、そこから少し歩くと四車線と四車線……合計八車線の、ものすごく太い道がある。
上に高速道路があり、常時トラックが走り抜けているような道だ。
そして赤信号がめちゃくちゃ長い。
かなり離れた場所に歩道橋があるのだが、そこに向かい半分くらい渡ったタイミングで青になるので、みんな待つ。
そういう場所だ。
その太い道を渡ると中学校があり、四人はそこの制服を着ていた。
遅刻ギリギリの中学生が信号無視して飛び出して事故になったことは何度もある。
でも女の子四人が飛び出していたのは、遅刻なんてしない、まだ早い時間だった。
肝試しや遊びのような感覚で飛び出しているのがすぐに分かった。
俺は続ける。
「勇気を試すみたいに三人で渡ってさ、あの子が呼ばれたんだ。『怖いの?!』ってさ。それであの子が飛び出そうとするんだ。俺、襟首掴んで『死にたいのかバカ!! あんな奴らのいう事聞くんじゃねー、自我を持て、何考えてるんだ?!』って怒鳴ったんだよな」
「あーーなるほど……」
「悪くないだろ?! あの子、めちゃくちゃ足が遅そうだったし、どう見ても危なかった。だから『自分の意思で生きろバカ!!』って怒鳴ったんだ」
「あー、はい……」
橘は俺の話を聞きながら、ものすごく悲しそうな顔になりため息をついた。
最近、残りの三人は見るが(そしてまた同じように信号を無視していたので怒鳴ったら、俺が居る時は渡らない状態になっていた)、あの子は居なくなっていた。
だから登校時間を変えたのかと思ったが、昼間からあの公園に居た所をみると学校に行ってないのかも知れない。
あの三人を見るたびに、あの子がまた何か強要されてないか気になっていた。
だから危ないだろ! 死ぬぞマジで。ふざけんな!
「俺、悪いか?!」
「悪くないです、正しいです。これは五島さんが正しい。めちゃくちゃ危ないです。私でも止めると思います」
「だろ?! 友達欲しさに死んだら元も子もないだろ。俺は悪くない」
後ろを付いてきている橘は「そうですね、それは悪くないです……そっか」と小さな声で何度も言っている。
そしてため息をついた。
「同じように悪いことをしないと保てないような友情は間違ってます。でも自分に自信がないんですね。だから必死だったんです。あの年齢は世界が学校のみなので、友達が居ないのは本当に辛いことです。お仲間だけに胸が痛みます……」
「なるほどな。お前と同じ系統か」
「知ってますか? ワイファイジャー。今期一番熱い戦隊ものです」
「お前、戦隊ものも守備範囲なのか」
「好きなスーツアクターさんが居て、その方を追ってる状態です。さあさあ、有給を取った私に作業させたいなら一緒に見ましょう。今なら全話配信にあります!!」
「……なるほど?」
俺に対してずいぶん強引な手口を使えるようになったものだ。
本当に素を見せられる相手だと強く出られる性格に笑ってしまう。
だって今日橘の机に寄ったら『本日は私の身勝手な事情により有給を取らせて頂きます』って丁寧な張り紙がしてあった。
まさか家で戦隊もの見てるとは、会社の誰も想像できないだろう。
俺たちは荷物を橘の部屋に入れて、すぐに店に向かった。
届いたけど全く作ってなかった本棚が四個もあり、週末には冷蔵庫も届くので作らないと間に合わない。
ばあちゃんは今日は病院の日なので、かえってきたら一緒に作業すれば週末の連休には間に合いそうだ。
古い棚は橘の部屋に持って行こう。
橘は店につくなり、奥のテレビを付けてワイファイジャーを流し始めた。
それは戦隊ものなのだが、Wi-Fiを通じて世界中から仲間たちが集まり戦う戦隊ものだった。
みなどこかに孤独を抱えているヒーローだが、同じ世界に仲間がいなくても、ネットワークで仲間を見つけ、敵を倒していく。
見ながら納得した。
「配信がメインの作品だから、世界中にヒーローが出てくるのか」
「そうなんです!!」
橘はドライバーを振り回しながら語った。いや、危ないぞ?
戦隊ものなんて、もう何十年も見てなかったが、Wi-Fiをネタにしているだけあって、ネットワークのネタに富んでいた。
これは本当に子ども向けなのか……? と思うほど深い知識に満ちている。
大人がハマるのも理解が出来る。
橘はドライバーを振り回しながら熱く語り始める。
「これはネット配信専用の戦隊もので、日本国内でオモチャを売ることに特化してないんです。でも私はオモチャで財源を作る従来のフォーマットもものすごく好きで、ほとんど全ての作品を見てるんですけどね。あのオモチャを買った時に、あああれを手にしたってなるのが好きです。子ども心にあれがすっごく欲しかったんですけど、結局言い出せなくて大人になってからプレミアが付いたのを買ったんですけど、やっぱり嬉しいんですよね。そういうのがあるからオモチャは賛成派なんですけど、これは全く別で! この作品は中国を強く意識してて、とくにこのチュンチュンがめちゃくちゃ可愛いんですよね。今中国では戦隊ものが熱いらしくて、中国では日本の数倍オモチャが売れてるんです。だから世界同時公開という手法が一番適してるんです……聞いてますか?」
あまりにドライバーを振り回しながら語るので、さりげなく手から取った。
というか橘はさっきから、奥のソファーに座ってワイファイジャーを見て「はあああ、どれに加藤さんが入ってるか秒で分かる。腰の位置が違うんですよね。あと太ももとお尻の形が特殊なんです」とか叫び、少しするとこっちに戻ってきて俺に語り、何もせずソファーに戻り、見ているだけだ。
こりゃテレビがついてると橘は使い物にならないな。
切ろうかな……と思ったら、引き戸が開いて、よく店に来る小学生の男の子が顔を出した。
「ワイファイジャーだ!」
その声に橘はクルンとふり向いて笑顔を見せた。
「一緒に見る?!」
「見るーーーー! あ、ちゃんとポテチ入れてるじゃん。これくださいーー」
「……ありがとうございます」
男の子はお金を置いて橘がいるソファーの席に座った。
その後も続々と小学生が来店して、ワイファイジャーを覗きながらお菓子を買い、何人かは俺が作っている本棚作りを「これ楽しそう」と手伝ってくれた。
橘にやらせるより早く作業が終わり驚いていると、引き戸がカラララッと開き、ばあちゃんが帰ってきた。
「ワイファイジャーやないか!!」
……ばあちゃんも好きなのか。
俺は誰よりも楽しそうに見ている橘と、おばあちゃんを見て、俺がいない間の店はこんな感じなのか……悪くないなあ……と思った。
しかしまあ、作業の役には全く立たない。
橘、仕事をしてくれ、ばあちゃん店の菓子を食うな、おい小学生そこは椅子じゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます